第7話 矢滝山愛宕司箭院の開山式
1523年(大永3年)9月
「お初にお目にかかります伊勢菊寿丸と申します」
司箭院興仙さんの隣りにいた深い鋭い目つきの修験僧がそう言って棒状の包みを差し出す。元就さまへの贈り物は別にあって既に挨拶が終わっているらしいが、なぜ俺にも?
「これは鉄砲ですか」
包みを開けて出てきたのは一丁の火縄銃。これ、四方鉄砲というやつか?
火縄銃というと、語呂合わせで覚える日本史の出来事「いごよさんかかる鉄砲伝来」というものがあるけど、1543年に嵐で遭難し、種子島に漂着したポルトガル人によって火縄銃が持ち込まれたというやつだ。
このとき伝来したのは、マラッカ銃もしくはアルケブス銃という、引金を引くとバネの力を利用して瞬間的に火縄の付いたアームを火皿の火薬に叩きつけて点火する瞬発式火縄銃。今回、今川氏が贈って来たのは、引き金に連動して火縄の付いたアームを火皿の火薬に押し付けて点火する緩発式火縄銃。火薬を発明した中国とその周辺国には1543年よりも前に存在していて、倭寇などの手により既に日本に伝来していたという説がある。
実際、「北条五代記」には「鉄炮と云物、唐国より永正七年(ちなみに1510年)に初て渡りたる」という記載が、「三河物語」には、1530年(享禄3年)に「松平清康が熊谷実長が城へ押し寄せた際に、四方鉄砲を打ち込む」という記載があるという。
緩発式火縄銃は暴発する確率は低いが、着火に若干の時間がかかるのでバネで素早く着火させる瞬発式火縄銃ですらお察しの命中率がかなり低い。殺傷能力は非常に高いけど、その他が絶望的に低いので珍品中の珍品である。
「はっ。今川修理大夫(氏親)さまより、刀のお礼にと」
伊勢菊寿丸さんは箱根権現院で修行している僧侶らしい。今回、今川氏親さんへの挨拶のお礼と司箭院興仙さんが開く愛宕司箭院の開山のお祝いを兼ねての訪問らしい。あれ?箱根で伊勢氏ってことは後北条氏に所縁のある人?でも後北条氏と今川氏って犬猿の仲だったような?
「しかし、畝方さまの手掛けた領地は予想以上に発展しておりますな」
伊勢菊寿丸さん。どうやら三入高松城と畝方村を経由してきたらしい。
「そうであろう、そうであろう。儂も畝方殿の内政にはビックリポンじゃ」
司箭院興仙さんが我がことのように自慢する。まあ、今年は宍戸領も俺の農業技術の導入で少なからず恩恵を受けてるらしいからな。
「ほほぉ。それは興味深いですな。拙僧も予定が詰まってなければ・・・うむ。そういえば司箭殿は子供に学問を教えているそうですな?」
「おお、畝方さまの発案でな。城下に住む子供を相手に読み書き算術、修験道も武術も教えておるぞ」
司箭院興仙さんは豪華に笑う。もっとも司箭院興仙さんが全部を教えている訳ではない。ここ半年のうちに司箭院興仙さんの伝手を頼ってというか頼られ、数人の教養人が京から来ている。
子供たちに勉強を教える代わりに彼らの一族を庇護してる訳だ。一応、矢滝城は対大内の最前線基地なんだけどね・・・
「ほぉ司箭殿の教えをね、ふむふむ」
伊勢菊寿丸さんが悪い顔をしている・・・
愛宕司箭院の開山式が執り行われた。寺院のある郭が既に郭じゃない。というか、矢滝城というより城壁のある愛宕司箭院とその門前町だ。
本堂に置かれるご本尊は愛宕権現。脇に、ちんまりと愛宕太郎坊天狗と勝軍地蔵 (別名を将軍地蔵)が鎮座している。というか、学校に通う子供たちが精神鍛錬の名目でいろんな仏像を彫って奉納しているから、本堂の両端に仏像やらお地蔵さまが並び始めている。中には芸術的なモノまであるのが恐ろしい。隣接する学舎もかなり立派だ。
立派と言えば参列者も数は少ないけど立派だ。というかヤバイひとの名代とかがチラホラ見える。お土産は奮発しよう。清酒と米と塩がいいかな?味噌と醤油は試作が始まったばかりだからお渡しできないのが残念だ。
愛宕権現の開眼式が厳かに行われ、開山式は厳かに終わった。
SIDE 三人称
蕎麦切を提供する「麺屋」にお忍びように作られた個室にて。
「面白い一手だ」
ずすすと蕎麦切をすすりながら尼子経久は呟く。
「ですな。これだけの寺院がある大滝城を攻めるのはよほどの大義がないと攻められません」
ぞそそと蕎麦切をすすりながら毛利元就は相槌を打つ。ふたりは愛宕司箭院の開山式の帰りにこの店で秘密の会談を行っていた。ふたりとも一見すると商人といった格好だが、纏っている気配でバレバレである。
「修験道の行者が堂々と出入りできるのも地味に恐ろしいな」
「しかりしかり。伊予守殿。早くヤツの嫁を用意してくだされ。ヤツが身内ではないというのは枕が高くできませぬ」
ぞそそと蕎麦切をすする音が部屋に響く。
「それはすまないと思っておる。もうしばらく待ってくれ」
ずそそと蕎麦切をすする音が部屋に響く。
同時刻、愛宕司箭院の開山式を終えて京からの来賓を歓待していた畝方元近が猛烈な悪寒と盛大なくしゃみで震えあがったという。




