第1話 武田の先手伊達の後手
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- 1539年(天文8年)7月 -
- 陸奥(福島、宮城、岩手、青森、秋田北東部) 桑折西山城 -
- 三人称 ー
農繁期の最初の峠を越えたであろう、作物がある程度の生長した頃を見計らって、武田軍の先陣と思われる2,000余が陸奥への侵攻を開始した。率いるのは、旗指物の家門から最近の武田氏で最も勢いのあると噂の教来石景政という若武者。
この報告に、武田軍の先陣が信濃(長野及び岐阜中津川の一部)に姿を現したという情報を得て、陸奥の国境に駐屯してた隊に解散を命じていた伊達稙宗は頭を抱えた。
伊達氏の諜報が信濃で捕捉した武田軍だが、これは旗指物を掲げ葛籠を背負っただけの農民・・・所謂偽兵だった。しかし、遠目で確認するだけでは本物か偽物か判別出来なかったのだ。
伊達氏の諜報が武田軍本隊を捕捉出来なかった訳。これは、武田氏が1年前から陸奥侵攻の準備を進めていたのが理由。何しろ、江戸城で領民に披露した出兵式ですら参加した兵の大半は偽兵であり、出兵式に動員されたという兵士の数も武田氏の諜報である乱波たちによってかなり誇張されていた。
そして、伊達氏が情報収集に動いた時には既に出兵式の武田軍は解散しており、完全に捕捉する事が出来なかったのだ。
「武田め嫌らしい手を使う・・・」
武田軍の襲来で、急遽開かれた評定で報告される現状に、伊達稙宗は苦い顔する。陸奥に侵攻して来た武田軍は、城ではなくその周辺の田畑を徹底的に荒らしているというのだ。そして、それを阻止すべく城を出て戦いを挑む伊達軍だが、武田軍の騎馬兵を中心とした部隊に簡単に蹴散らされる。むしろ田畑を荒らすのは、城から伊達軍を釣り出すための策に見える始末。
しかし、このまま手をこまねいている訳にもいかなかった。陸奥は産出される金を筆頭とした鉱物資源とそれに付随するような形で発展した木工業により律令制で大国に位置付けられた国だが、北国である。元より作物の収穫量は少くなく、作物の収穫量を減少させるような事態は積極的に阻止しないといけない。領民を飢えさせるということは為政者としての威信を根幹を揺るがすからだ。
「どうしたもんか・・・」
伊達稙宗は顎を扱きながら唸る。今回起きるであろう飢饉は、自然災害による凶作が原因ではない。普通ならそれなりに金はかかるが、凶作でない地域からの買い付けで凌げる可能性もある。しかし今回は、船を使っての関東からの多量の買い付けがほぼ絶望的だ。何しろ他に多量に作物を売ってくれそうな所がないのだから。(現代こそ米の産地は北国に集中しているが、そうなるのは昭和も後半である。)
「父上。進言いたします」
伊達稙宗に顔を向けて、嫡男の伊達晴宗が重々しく語りかける。
「次郎か・・・如何した?」
「武田との和議を進言いたします」
伊達稙宗は片方の眉を跳ね上げる。
「正気か?先に仕掛けて来たのは武田ぞ?」
「国境を固めて、武田の陸奥への侵入を防いでいれば今回のこの事態は起きなかったはず」
「だからなんじゃ」
伊達晴宗の指摘に、伊達稙宗は面倒くさそうな顔をする。
「今回は明らかにこちらの負けです。理不尽であっても武田の要求を飲み、捲土重来を期すべきです」
「はっ!一度も本格的に刀を交えることなく武田の主張を飲めだと?何を寝ぼけた事を言っておる!!」
伊達稙宗は鬼の形相で睨み付ける。
「・・・あくまでも進言です。父上の最終的な判断には従います」
伊達晴宗は深く頭を下げる。
「なに、武田も長期に渡って陸奥で陣を張ることは出来まい。雪の降り出す冬を前には関東へと撤退するだろう。ならば、最上や上杉に頼んで冬の食糧を確保しつつ耐えるまでよ」
伊達稙宗はそう結論づけて断言する。だが、この判断は伊達氏にとって大きな間違いとなるのである。
実はこちらの方が先に書けてたのです




