第9話 長尾氏の決断
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- 越中(富山) 松倉城 -
「北陸方面軍戦目付、畝方殿。入室されます」
小姓が松倉城の評定の間に続く戸を開けながら少し大きな声で俺の入室を告げる。
俺は部屋の上座に近い所に座り長尾氏からの使者を見て驚く。長尾氏からの使者は、先日俺が会いに行った先代長尾氏の当主である長尾為景さんだった。
「北陸方面軍司令、北畠殿。入室されます」
一拍置いて北畠晴具さんが部屋の中に入って来て、部屋の上座、一段高い所に座る。毛利氏での地位は俺の方が上だけど、毛利の北陸方面軍に置いては司令官である北畠さんの方が上だからね。
「面を上げられよ」
一度俺の方に視線を流してから北畠晴具さんが声をかける。
「長尾弾正左衛門尉とお呼び下さい」
北畠晴具さんの言葉に長尾為景さんは苦笑いしながら顔を上げる。
「では・・・弾正左衛門尉殿は、本日はどのようなご要件で?」
長尾氏から先触れが来た時点で大方の予想はついているけど北畠晴具さんは敢えて尋ねる。
「我が長尾家は毛利家に従属したく」
長尾為景さんは一通の書状を差し出して、床に額を擦りつけんばかりに頭を下げて願い出る。
長尾氏も夜盗組とか聞者役、もしくはその前身となる諜報の組織を抱えているはずだから、毛利氏がどれくらいの勢力なのかを改めて調べて、その大きさに愕然としたのだろう。
長尾為景さん、主上の即位礼正殿の儀のときに京に来ていたから毛利氏の存在は知っていたはずなのにね。でもまあ、この時代だと自領とその周辺以外は京、もっと言えば朝廷の動向しか興味はないだろうから仕方ないかな。
「長尾家の従属願い、確かに承った。御館様に謁見出来るよう手配しよう」
北畠晴具さんはそこで言葉を切って俺を見る。
「そうですね。越後(新潟本州部分)から越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)。近江(滋賀)の淡海(琵琶湖)を船で行けば時間は大してかからないでしょう。あぁ、出来れば謁見には弾正左衛門尉殿か当主。それと主だった家臣の何人かを連れて来て下さい」
北畠晴具さんの言葉を引きとるように俺は説明を続ける。
「それはどういう?」
長尾為景さんは困惑したような顔をする。
「毛利の統治、軍事の運用方法は他家と毛色が違いますので、新たに傘下に入った人たちは研修を受けて貰う必要があるんですよ」
なるべく軽い口調で説明する。この時代、基本は一所懸命(武士的にはこちらの字が正しい)という自分の所領が一番大事で、手柄の最大の褒美は土地だ。この辺は矯正していかないといけない。鎌倉幕府は元寇で外敵からの防衛に対する報奨が十分に用意出来ず、貧困に喘いだ武士の不満から崩壊したからね。
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陸奥(福島、宮城、岩手、青森、秋田北東部)の伊達稙宗が三男伊達時宗丸改め伊逹実元に兵三百人を付けて中条藤資が居城とする越後鳥坂城に乗り込んできた。
名目は、伊達実元の上杉氏への養子入り。元々上杉氏側から持ち掛けた話であり、反対派だった長尾為景がこのところ上杉氏から距離を置いていた(長尾氏が毛利氏に従属したからだが)こと、毛利氏が越中に侵攻して来たという情報が上杉氏にもたらされたことで、養子の話が再燃したのだ。
「上杉がこの話に乗り気ということは、毛利に敵対する事だって気付いているのかね?」
北畠晴具さんは、越後の簡単な地図を眺めながらパチパチと扇子を鳴らす。
この仕草、俺が休み時間に将棋を指しているときの長考時のものが流行った結果だったりする。
見た目で如何にも考えている感じがするのがいいらしい。
「西の成りあがりに縋るより、甥孫(伊逹氏の当主である伊逹稙宗の母が上杉定実の姉)である伊達実元を養子に迎えて伊逹の支援を得る方が良いのでしょう」
苦笑いを浮かべて、そう指摘する。血統に拘ることが悪だとは言わないが、ここまで固執するのも何か違うって思うのは、俺が元は何百年先の未来を生きていたからだろうか?




