第7話 北へ(毛利)北へ(武田)
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- 1539年(天文8年)5月 -
ー 越後(新潟本州部分) 但馬屋敷 ー
「伊達が性懲りもなく越後を狙っておると?」
上座に座る初老の男がギロリと見てくる。身体は痩せているが眼力は鋭い。先年、嫡男の長尾晴景さんに越後守護代を譲った長尾為景さんだ。
「毛利から提供された情報を信用できない・・・と正直に思ってもらって構いません。ただ、そちらとしては聞いた以上は背後に気を配って毛利と戦わなければならない」
一度言葉を切る。
「武田が伊達に攻めこんだとき、伊達は越後の戦力が欲しい。上杉が毛利と対決したとき、上杉は伊達の援軍が欲しい。その際、上杉の後継が伊達の血族というのはお互い都合が良い。そう思いませんか?」
俺の指摘に、長尾為景さんはうむと考え込む。越後は、長らく守護上杉氏と守護代長尾氏の間で権力争いをしていて、仲があまり良ろしくない。特に近年では長尾氏の力が強く、そのため他の越後の国人衆も上杉氏を軽視している。
上杉氏としては、伊達氏からの養子を受け入れてでも伊達氏の後ろ盾が欲しいのだが、その目論見は一度長尾氏の反対によって白紙になっている。しかしいま西から毛利氏の勢力が延びてきて、長尾氏は上杉氏に干渉することが出来なくなった。
そのため上杉では中条藤資を筆頭に反長尾氏勢力が息を吹き返している。まあ、俺が御伽衆を使って反長尾氏勢力にあれこれ吹き込んでいるからだけどね。
「毛利としては、長尾と開戦する前に決断してもらえれば、無駄な血が流れずに済みます。当然、それなりの見返りは用意させていただきます」
俺は長尾為景さんに向かって意味ありげに笑う。今回揺さぶるのはここまでかな?
「いますぐ弾正左衛門尉殿だけのお答えを聞くというのも酷でしょう。そうですね・・・回答の期限は、越中の長尾領以外を制圧するまでとしましょう。良き答えを期待しますね」
俺はゆっくりと席を立つとそのまま但馬屋敷からお暇する。そして但馬屋敷から出て暫く歩いた所で、道の脇から編み笠を被った今川貫蔵くんが姿を現す。
「上杉に長尾が毛利に接触したという噂を撒いてください。毛利は長尾の申し出に不可侵の密約を提案したと言えば、焦って事を進めるはずです」
「御意。伊逹は如何しましょう?」
「そうですね。上杉が長尾を通じて毛利に接触を試みている。上杉は毛利と伊達を天秤にかけるつもりだ、と噂を流しましょうか。あと、武田は陸奥(福島、宮城、岩手、青森、秋田北東部)ではなく信濃(長野及び岐阜中津川の一部)を狙っていると」
俺の言葉に今川貫蔵くんは小さく頷くと足早に去って行った。
ー ☆ -
ー 武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部) 江戸城 ー
ー 三人称 ー
「出陣せよ!」
武田信虎が軍配を振り下ろすと、法螺貝が辺りに鳴り響く。先ず槍を構えた一団が動き出す。続いて飯富虎昌を先頭にした赤備えの鎧を身に纏った騎兵がゆっくりと動き出す。ちなみに赤備えの騎馬隊は、義息となった小山田虎親の発案である。
「これは、気分が高揚するな」
道端で隊列を見物している領民を、輿に乗って見下ろしていた武田信虎は小さく身振るいをする。
「負けると悶絶間違いなしですが」
「それな・・・」
馬に跨がって併走していた小山田虎親の指摘に、武田信虎は苦笑いで返す。
「今回は攻めの戦ですし、これも見せる行軍ではありませんから、そこまで気負うことはないんですけどね」
小山田虎親も苦笑いで返す。
「で、毛利はどう動く?」
「長尾を懐柔して上杉は滅ぼすでしょう。あぁ、上杉は既に死に体ですから越後を狙っている伊達をどうするかですね・・・たぶん越後に来た伊達を蹴り出すぐらいで、国境を越えて東に出て来る事はないでしょうが」
渡り巫女を潜入させ、人材登用という一点だけ探らせた結果、畝方元近が戦国中期以降活躍する人間を優先的に集めていることが、同じ時代同じ世界から転生した小山田虎親には判っていた。なので、長尾為景を取り込みは後の上杉謙信の取り込みだと推測できてたのだ。
「是非そう願いたいものだ」
小山田虎親の予測に武田信虎はカカッと笑った。




