第2話 元就さまへの現状報告 その1
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- 1538年(天文7年)8月 -
- 摂津(兵庫南東部から大阪北中部)大坂城 -
今の尾張(愛知西部)と史実の尾張が違う所と言えば、織田信秀さんが既に尾張守護代の地位を掌握している事。尾張守護である斯波義統が遠江(静岡大井川以西)へ攻め込み大敗。斯波義統はその責任を取らされて寺に押し込められ、弟である斯波孫太郎が斯波統雅を名乗って当主になっている。
その際に織田信秀さんの庶子を嫁に取らされ、斯波氏は名実共に完全に乗っ取られてしまった。その後、織田信秀さんは俺のやり方を真似て商売に精を出した。伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)と三河(愛知東部)の一向宗、それに対する国人衆の勢力がこぞって食料を買ってくれたので大儲け。
で、手にした金で尾張の道と水路を整備し、検地を実施し、農地改革を行っている。どうやら毛利氏が遠江(静岡大井川以西)の今川氏や美濃(岐阜南部)の斎藤氏を対武田氏の緩衝国として支援しているように、武田氏も斯波氏を支援しているようだ。
尤も支援してくれと泣きついたのは斯波氏というか織田信秀さんのようだけど・・・
ただ、織田信秀さんの行動は遅い。既に毛利氏の御伽衆が多く潜入して、色々と工作している。例えば西から流れてきた浪人を雇って軍事力の増強をしているけど、数はともかく質が向上していない。逆に治安が悪くなっているのはこの工作のせいだ。
「種籾の選別。直接の種蒔きではなく苗まで育てて植える。耕作地を整備しての正条植え。毛利や武田の水稲耕作とほぼ同じです」
俺は書類を片手に、本当に久々に直接対面して元就さまに現状を報告する。
「情報提供したのは武田か」
「はっ。某と小山田虎親は時期は違いますが、同じ学舎で教えを乞うておりましたので恐らくは・・・」
「小山田虎親というと、近頃、武田宗家の娘と結婚し、一門に加わった男か。では武田にも銃が?」
元就さまの視線が鋭くなる。小山田虎親が俺と同じ仙人という話は重要機密情報として上げている。当初、小山田氏は甲斐(山梨)の有力国人で、その子が仙人というのはあり得ないとかなりのツッコミを受けたが、彼にしか使えない仙術の秘奥義だと説明し納得させた。仙術最強説。まあ、大体は司箭院興仙さんと俺の非常識な行動のせいだが。
「小山田虎親は自身が法術(魔法)の使い手であるせいか、道具の方には執着しておりません。それに・・・」
銃というか火薬を使った武器はこれまでの戦の概念を覆す力があるが、そのためには大砲や銃の数を揃え、火薬を潤沢に用意するだけの経済力が必要だ。
「ああ、火薬を戦で使うには大量の硝石が必要だったな」
元就さまの顔が、幾分か穏やかなものになる。もし仮に小山田虎親が俺が作ったなんちゃってライフル銃に触発されてこっそり銃を作っていたとしても、それは個人が使う武器が精々だろう。一方、毛利氏は既に軍隊で運用するだけの数を揃えた兵器だ。今後の武田氏の動きに注意する必要はあるけど、それだけだ。
「武田は情報収集と毛利への引き込み工作を引き続き継続いたします」
俺の言葉に元就さまも頷く。取り合えず尾張は様子見とし、三河(愛知東部)から東の状況を説明していく。
現状の三河は勢力としては三分割。西に織田信秀さん。東に今川元親くん。そして本證寺が今川と斯波の間に入って緩衝地になっている。本證寺が緩衝地帯になっているのは、数年前の水害からの復興が遅れていて領有しても全く旨味が無いのが原因だったりする。
次に遠江(静岡大井川以西)の今川元親くん。毛利氏の威を借りて三河の東や駿河(静岡中部から北東部)の西。信濃(長野及び岐阜中津川の一部)南部の国人を従えている。美濃(岐阜南部)が落ち着き次第、斎藤利政さんを動かして遠江へと続く道路を整備し陸路からも今川元親くんを支援できるようにする予定だ。
「駿河は酷いことになってるな・・・」
元就さまが駿河の状況が書かれている報告書を読んで顔を顰める。どさくさで今川当主の座と駿河と伊豆(静岡伊豆半島)と相模(神奈川の大部分)を乗っ取った今川氏虎だが、ここに来て家臣との間で軋轢が表面化している。そして家臣の間でも古参と新参者の間で分裂寸前である。
全部、結婚同盟をチラつかせて煽って事を起こさせるも、小山田虎親を親族に取り込んで梯子を蹴飛ばした武田信虎さんのせいなんだけどね。
「武田はどう動く?」
「陸奥守殿の目は北の伊達連合に向いておりますが、食客として抱えている北条新九郎(氏綱)殿が頻繁に相模に出入りしているようです」
事実、北条氏綱さんの手によって大量の食料と金と武器が相模に流れている。武田氏が伊達氏を攻める際に関東が脅かされなければいい。なんなら北条氏綱さんが小田原城を奪還して西からの壁になって貰いたいという思惑もある。この辺の仕込みは流石の武田信虎さんである。
まあ、今川氏虎が今川館を奪って今川氏の当主になったことで、今川氏虎は守りの薄い今川館から動けなくなっているからつけ込む隙になっているんだけどね。
「信濃と尾張より東の東海道は刺激しなければ事態は動かないということで良いな」
「御意にございます。では続きまして北陸の報告をいたします」
元就さまの問いにそう返事をし、話を続けることにする。




