第11話 美濃に王手をかける
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1538年(天文7年)2月- 美濃(岐阜南部)大桑城の城下 -
- サイド 松永久秀 -
大桑城の城下に建設中の守護土岐頼芸が住む予定の守護所だが、冬の大雪の影響もあり遅々として進んでいない。更に守護所建設の賦役として動員した農民の内、凍傷から足の指を切断したり凍死した者も出ている。土岐頼芸への怒りの感情は、日に日に増えている。にも関わらず土岐頼芸は、農民を慰撫することもなく更なる賦役を課そうとしている。
今の上司である畝方元近はこの報告を聞くと、「毎日金の卵を産む時告げ鳥の腹を裂くのはバカのすることだ」と断言した。松永久秀は、不思議に思ったので詳しく聞いたところ、毛利領では農業改革の結果、農民の余暇の時間と収入が爆発的に増えたという。
余暇が増えれば、農業以外の収入源を求めて内職を始める人が出てくる。競合は品質と生産性の向上をもたらし、金に余裕ができれば必需品以外の購入に金を使うようになる。
毎日金の卵を産む時告げ鳥とは上手いことを言うと感心したものだ。なお毛利領では、もう10年以上も前から、時告げ鳥にとてもよく似た鶏という品種の鳥ということで、肉と卵が食料品として流通している。
ちなみに松永久秀の鶏のお気に入りの食べ方は、鶏肉をぶつ切りにして白菜、豆腐、ネギと一緒に水から鍋で煮込み、酢と醤油とキシュウミカンを絞った汁で割ったポン酢醤油につけて食べる水炊きという料理だ。冬の寒い日に清酒をチビチビ飲みながら水炊きを食べ、最後に雑炊で〆るのが究極だと思っている。なお、小姓を務めている三好利長は〆にうどん派だ。
「彦六殿。此度の食料支援、感謝いたします」
「あー気にしなくていいよ。うちの店は、今回の守護所の資材を売ってかなり儲けさせてもらったからね。こういうときに住民に還元しろって日曜殿から指示が出ているんだよ」
頭を下げる村の長に向かって、松永久秀はひらひらと手を振る。なお日曜とは畝方元近の臥茶七曜で活動するときの名前だ。
「奇特な・・・」
村の長は感動しているようだが、毛利にしてみれば、今回の食料支援は下心のあるものだ。畝方元近曰く、「人は食い物の恨みは忘れないけど食い物の恩も忘れないものだ」という言葉のもと実施されている。
尤も、食糧支援と同時に大量の武器も持ち込まれていて、今回、松永久秀が寝返り工作をしていない東美濃や南美濃の国人衆が治める領地の領民達にこっそり横流しをしている。「守護さまが食料を貯め込んでいるらしい」という流言と共に・・・。
1538年(天文7年)3月
- 南美濃 某所 -
村の外れに馬に繋がれた五台のリアカーが並んで置かれている。その一台のリアカーの上に、粗末な服を着た男が胡坐をかいて座っている。右手に持った徳利からチビチビと左手に持った盃に酒を注ぎ、飲んでいるのは誰あろう松永久秀だ。
「もう我慢できねぇ」
松永久秀の目の前には、十数人の男が集まっており、その中の一人が叫ぶ。
「畑作りや種まき、やることは一杯あるのに守護さまは死ねというのか」
先日、守護である土岐頼芸から三度目の守護所建設の賦役に従事せよと通達が来たことに憤っている別の一人が吠える。
「守護さまは儂等のことなどその辺に生えている草以下の存在だと思っているに違いない」
悔しそうにというよりは血を吐くような声が聞こえる。
「おっ母も子供も飢えと寒さで死んだ。何故だ!」
悲痛な声と、すすり泣く声が周りの同情を誘っている。
「こうなったら・・・一揆行かせていただきます」
村人の輪の一番外にいた、よく見れば鍛えられた身体の男が叫んだ。
「それ一揆!一揆!一揆!」
男の右隣にいた小男がリズムよく村人を煽る。
「近隣の村にも声を掛けるべ!」
男の左隣にいた男が叫んで走り出す。
「茶番だなぁ・・・」
盃をくいっと傾け松永久秀は嗤う。実は想定したよりも早く美濃の有力国人や商人や土岐氏の家臣が引き抜けたので、松永久秀は同僚の斎藤利政との連名で畝方元近に美濃乗っ取り計画を提出していた。
毛利では現場の指揮官の判断で臨機応変に動くことが許されている。ただし、例外がある。こちらから仕掛ける場合は相応の責任を負わされるのだ。なので、攻撃や調略を仕掛ける場合は事前に計画書を提出し、認可を受けて上司を巻き込むことが推奨される。
畝方元近は、計画書にざっと目を通すと「ちょっと早いけどまあ良いか・・・あぁ、守護殿は尾張(愛知西部)に押し付けるように」といって計画書に花押と茶釜狸の朱印を押した。
「美濃の守護さまを尾張(愛知西部)に追放とか、欧仙殿は上手く毒を仕込むなぁ」
松永久秀は更に深く嗤う。美濃を切り取った後、斯波氏に臣従を促す使者を送り、応じなければ美濃、伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)そして海上から尾張へ同時侵攻するというのは毛利では既に決定事項なのである。




