第4話 大内義隆くんが大きな船に乗ってやってきた
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朝倉景紀さんと尼子詮久くんと合流した翌日、敦賀湊に弁財天級貨物艦と呼ばれる船が着岸した。元となったのは元就さまの御座艦である改角盤級と呼ばれる大型ガレオン船。
改角盤級よりは船幅が横に広く、積載量と船員の作業効率を特化させた船で速度を得るためマストも高いものが設置されている。史実で言えばオランダで開発されたフリュート船を意図した船である。フリュート船と違うのは、船の船尾近くに鉄のマストが鎮座し、マストの先には鋼鉄製の鉤がぶら下がっていることだ。
なおこの鉄のマストは、港に着いたとき45度の角度で船倉方向に傾斜し、鉤には定滑車と動滑車を組み合わせたカバーに覆われた複合滑車の装置が取り付けられる。そうクレーンだ。ちなみにこのクレーン。西暦を2000年超えても現役の技術だが、クレーンの原理そのものは紀元前3000年頃のメソポタミアに見ることが出来る。
そう。オカルト雑誌が定期的に読者の興味を煽る、巨大な石を積み上げた建造物の謎をなんとなく説明出来てしまう技術だ。ちなみに古代ギリシアの天才アルキメデスが、シラクサ防衛戦でクレーンを使って敵の軍船に一徹返しを行い見事転覆させ「シップ・シェイカー」とか「アルキメデスの鉤爪」とか無茶苦茶カッコイイ名前がついていたりする。
「大陸帰りか・・・」
船腹に「寧波→博多→温泉津→小浜→敦賀」と書かれた看板が掛かっているのを見て呟く。
「先生ご無沙汰しております」
真っ黒に日に焼けた筋肉逞しい青年、大内義隆くんが物凄い笑顔でこちらにやってくる。
「で、何を持ってきたの?」
「こちらをどうぞ」
そう言って大内義隆くんは手に持っていた取っ手のついた箱から一冊の冊子を取り出す。取っ手のついた箱は海に落ちた時のことを想定し、防水性が高くて必ず水に浮くように軽くしたもの。「鞄」と命名している。
「ふむ」
冊子に目を通すと、穀物として米が600石。小麦が200石。蕎麦が200石。唐芋が200石。単位がキログラムでなく石なのは、養える人間の数が一目で見られるから。つまりこの穀物だけで1年間1200人の人間を養える。
酒は米酒が4斗樽(一合升で400杯。約72リットル)で10樽。唐芋の焼酎が4斗樽で20樽。大根や青菜の漬物が4斗樽に2樽。毛利領では普通食になった動物の干し肉が4斗樽に5樽。それに砂糖と塩と醤油と味噌が4斗樽に2樽。長期保存技術はまだ無いので生野菜が無いのは仕方ない。
食料以外の荷物だと、建築用に製材された木材とセメント。あと道に敷き詰める用のコンクリートブロックに古着などの生活用品。
今回の北陸街道の改修に従事する予定の労働従事者は後日別の船で2,000人程が到着するという。
「ところで、明の後継者問題は?うちの工作活動の結果はどうなりました?」
俺は大内義隆くんにお願いしていたことを尋ねる。ちなみに明の後継者問題というのは、明の現皇帝である嘉靖帝の血統の正当性を巡る大礼の議という明の廷臣200人程が殺されたり追放された事件のこと。200人近い官吏が抜けたということは、こちらに付け込む隙があるということだ。
「うちの先代の頃から付き合いがあった官吏を二人、金銭的な支援をして中央へと送り出しました。代わりに寧波の中堅と新人官吏を三人こちらに抱き込みました」
「良くやりました。これからあの国は、産出する銀が不足して経済が混乱しますから、監視を厳にして下さい」
そう言うと、大内義隆くんは小さく頭を下げる。
「そういえば、寧波沖に半年から一年間隔で毛利ではない帆船が来て、明の商人を相手に密貿易をしているようです」
「ああ、おそらく葡萄牙の帆船でしょうね。うちの赤絵皿を見せたら驚くかな?」
「椿左衛門の『雪に紅椿』ですか?」
俺の思い付きに、大内義隆くんが苦笑いを返す。ちなみに椿左衛門というのは俺の焼き物師としての別名。磁器の絵付けに赤色を使う赤絵焼成のやり方は神様がくれた御謹製のタブレットで調べれば分かった。ちなみに『雪に紅椿』は、職人達への手本として焼いた一輪の紅椿が描かれた白磁の小皿のことだ。
「勘弁して下さい。『雪に紅椿』の赤は未だ先生以外に再現されていなくて、珍品として領内でも高値で取引されてるんですよ?他所に売ったことがバレたら吊るされてしまいます」
大内義隆くん。もうすっかり商人の顔である。まあ、頭に「私掠船免状を持った」がつくんだけどね・・・
「欧州の生きた情報が欲しいから、秋か冬に単独で彼等が近海に来たらお誘いして下さい。興仙殿の所の蟹を借りてもいいから」
「御意」
大内義隆くんが悪い顔をした。




