第10話 足利幕府の終焉と後継指名の回避がもたらしたもの
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逍遙院→三条西実隆
1536年(天文5年)11月
三条河原に晒されていた細川六郎と二人の首は遺体共々わずか一日で撤去されたうえで火葬で荼毘にふされた上で川に流された。普通は刑場で三日は晒され、遺体は弔われることなく打ち捨てられるのが普通だけど、俺が疫病発生の懸念と遺体が細川六郎の残党の拠り所にしないためだと進言した結果だ。季節は初冬で腐敗から疫病が発生する可能性は限りなく低いけど、万が一疫病が発生したとき、細川六郎の祟りだと騒ぎ立てられても厄介なので予め手を打っておく。
そして予定通り元就さまが管領の地位を他の幹部の人達も幕府の要職を足利義晴さんに返上し、足利義晴さんが征夷大将軍の地位を主上に返上。1338年(暦応元年)に足利尊氏が興した足利幕府は198年でその幕を閉じることになる。
主上を含め朝廷からは地位の返上の撤回を求める声はあるにはあったけど、足利義晴さんから『既に足利幕府は武家官位の発給所でしかない』と言われると、現状では官位の発給所でしかない朝廷側も返論することは難しかったんだろうね。さらに足利義晴さんは俺の施薬院で出家して、足利天晴なるネタネーム・・・表向きの読み方は「てんせい」とし改名した。
足利氏は生まれたばかりの足利菊幢丸くんに継がせ毛利氏に臣従。幕臣たちも何人かは武士を捨てて帰農したけど、以外の人は俺が説得したこともあり毛利氏へと臣従した。彼らは足利天晴さんを顧問とした朝廷対応部門を設立した上で優先的に配属する。形式的には外交を行う部所の下部組織だ。
- 京 内裏 -
俺の内裏での立場だが、正五位施薬大輔と定期的に主上との世間話をしながら盤上遊戯を指導している遊戯の師匠だった。それが、去年末に主上の第五皇女である永寿王女さまの病気(脚気だった)を投薬治療して完治させたこと、五摂家のひとつである九条稙通さんと縁戚になったことで立場的なバランスをとるという意味もあり官位が上がることになったのだ。
与えられる官位は従四位上施薬院頭。またもや新しい肩書のでっちあげである。これは施薬院の最高長官である施薬院別当が藤原氏の一族から選出という前例があるからだ。たぶん施薬院別当の地位が埋まるとすれば、俺の知識を受け継ぐ九条稙通さんの子供あたりだろう。
「師よ。本当に幕府的な統治組織は必要ありませんか?」
内裏の中心から見て鬼門に当たる場所にある小部屋で、主上が白磁のカップに入った温かい紅茶を優雅に飲み、クッキーを食しながら尋ねられる。この国の最高権力者から師匠呼ばれるのはとてもむず痒いけど、主上自身は逍遙院さんや吉田兼右さんから古典を、清原宣賢さんから漢籍を学ぶなどかなりの勤勉家だ。
「いま毛利が武家の頭領として大将軍に任命されますと、東の武家の名門が一致団結して抵抗しましょう」
「毛利としては各個に撃破が都合が良いと?」
「それもありますが、今は必要な物質の備蓄がありません。恐らく準備が完了するのに数年は時間を要しましょう」
五摂家の当主たちに根回ししたときに説明したことを今一度説明する。
「それでは東の武家にも準備の時間を与えるのでは?」
「そうですね。確かにその可能性はあります。ですが、東は武田と今川という源氏の名門がふたつあり、今川は斯波とも確執を抱えています」
俺なら武田氏と斯波氏を組ませて今川氏を攻め東海地方で騒乱を起こす。その後、越後(新潟本州部分)の長尾氏を動かして信濃(長野及び岐阜中津川の一部)を揺さぶる。まあ、武田氏と今川氏と斯波氏の間で何かしら、戦を仕掛ける理由がないと上手くいかないだろうけどね。
「ところで師よ。話を変えるのだが、娘の永寿のことだ。良きところに降嫁させたいので骨を折ってもらえないだろうか」
永寿王女さまって脚気の症状悪化で天皇家ゆかりの尼門跡寺院である大聖寺に尼僧として入寺しているんですよね?俺の施した治療のかいもあって去年末には最悪の事態を脱して順調に回復してきているけど・・・
そうですよね。永寿王女さまも17歳のお年頃。病気が完治し、皇室も経済的に余裕が出てきたとあれば降嫁先を考えますよね。ええ、解ります。主上のお子さんって嫡子の方仁親王さま以外は出家か早逝ですから、嫁に出せるなら出したいですよね。
「大宰権帥殿の嫡男はまだ嫁がいないと聞いたが、そこまで贅沢は言わない。よしなに頼むぞ」
主上は実にいい笑顔を浮かべる。なるほど元就さまの征夷大将軍位を回避するために奔走したとき、利にとても聡い公家の中でも特に聡い五摂家の当主の皆さんが生暖かい目で俺を見て、見返り要求がかなり慎ましやかだったのはこれのせいか。ただ、今回の婚姻で皇室と毛利氏が縁続きになれば、今後の対外戦略が優位に運べるようになることは確かである。
「御意にございます。必ずやご期待に沿えてみせます」
それはもう完璧な土下座が出来たと思う。




