第9話 善を勧め 悪を懲らしむ 道半ば 夜明けの露は 我が身なりけり
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ザワザワ
ざわざわ
ザワザワ
雑多な音が通りを支配する。どこにこれだけの人がいたのか?というぐらいの人、人、人。
槍を持った兵士が四人、先触れとして現れる。続いて捨札を掲げた兵士と、毛利氏が誇る体高2メートル近い巨大な石見馬が三頭。背に縄で縛られた白装束の男を乗せて現れる。
先頭は髷を斬られた細川六郎。かなり離れたところに野盗っぽい男。更にその後ろには僧侶であろう剃髪された頭の若い男。掲げられていた捨札には「公方さまを害そうとした謀叛人。細川六郎」「謀叛人に合力した盗賊の頭。五右衛門」「謀叛人を匿った暗黒寺の僧侶を名乗る一体宗愚」と書かれている。江戸時代に入ってから付加刑として行われるようになった市中引き回しだが、今回これを行うことを畝方元近が提案した。
まず細川六郎を収監していた二条城の周りをゆっくりと二周し、刑場である三条河原まで練り歩く。やがて男たちは竹の囲いが設置された三条河原へと運ばれる。
「腹が減った。食べ物を所望する」
亀甲の模様を描くように縄で縛られている男、細川六郎は毅然とした態度で隣りにいた目深に兜を被る兵士に要望を出す。
「俺が携帯する干した唐芋ならあるぞ?」
兵士は腰に吊っていた袋から白く粉を吹いた唐芋を取り出す。
「干したモノを食うと喉が渇くだろ。水も寄こせ」
細川六郎はキッと兵士を睨む。
「誰がくれてやるか。そもそも、間もなく磔刑にかけられ首を晒される人があれこれ要求するのはおかしいだろ」
兵士は笑う。
「お前のような小物には分からないだろうが、大義を持つ者は命尽きるその瞬間まで命を大事にするものさ。奇跡が起きるかもしれないからな」
細川六郎はドヤ顔で切り返す。
「ああ、畝方さまが言ってた通りだな。なあ元管領殿。あんたに合力した盗賊の頭とあんたを匿った寺の坊主。実はあんたの後ろから、あんたと一緒に引き回されたんだよ」
「・・・」
兵士の指摘に細川六郎の顔が青くなる。
「そう。あんたを助けてくれる武力も権力も既にどこにもないんだ。酷ぇ話だよな。あんたとその郎党を匿っていた寺は山間の廃寺で坊主は似非だそうだ」
「寺は守護使不入権で守られて!」
「守護さまは手が出なくても毛利は手が出せるんだと。毛利は寺に守護使不入権を与えた守護さまじゃないからな」
「はあぁ?」
細川六郎の顔が青から白くなる。
「畝方さまも悔しがってたそうだ『もっと早く気付けばよかった』って。もっとも、直接手を出さなくても毛利は比叡の御山とも高野の御山とも昵懇だから幾らでも後ろから手が回せるそうだが」
「なんだ・・・と・・・」
「そうそう。なぜあんたに白装束を着させて、罪状書かれた捨札と一緒に天下の往来を練り歩かせたと思っている?仮にこの場から逃げ出せても、誰もあんたを助けないようにするためさ」
「き、貴様何者だ」
「何者?最低でも一回は会ってるのに忘れるなんて。まあ、あんたにとって俺は路傍の石か」
兵士は目深に被っていた兜をくいっと上げる。
「なっななななな、お前は、お前は・・・」
「あぁ壊れたか」
ブツブツと明後日の方を向いて呟く細川六郎を見た兵士は皮肉げに口角を上げて嗤うと、近くにいた兵士に声をかけてその場を離れる。
ごーん。ごーん。ごーん。
午の刻を告げる寺の鐘の音が三条河原に鳴り響く。
細川六郎たちはキの字に括られた柱にあおむけに寝かされ、両足と両腕を横木に結び付けられ、柱はゆっくりゆっくりと起こされ地面に掘られた穴に固定される。
「この者は・・・畏れ多くも」
三人が掲げられたところで捨札に書れたものよりも詳しい罪状が大きな声で朗々と読み上げられる。読み上げられる罪状を刑の執行に立ち会う幕府代表の三淵晴員と毛利氏の代表である相合元綱が時折首を上下にさせながら聞いている。
やがて刑場に置かれた畝方元近ご謹製の砂時計が完全に落ちきり未の刻であることを告げた。
「刑を執行する」
罪状を大きな声で朗々と読み上げていた男が手を上げて、槍を持った男たちに合図を送る。
まず細川六郎たちの面前で左右から槍先を交えられる。
「ありゃ、ありゃ」
槍が引かれ、細川六郎たちの右脇腹から左肩先に向かって、ぐるんと一回捻られるように突き上げられる。槍の穂先が肩から突き抜け、一気に引き抜かれる。そして続いて左脇腹から肩先に向かって、ぐるんと一回捻られるように突き上げられる。
本来ならこのあと左右から、代わる代わる30回ぐらい突つかれるのだが、二度も突けば人は死ぬとの畝方元近からの進言があり、突くのは二回で止められ、止めの槍として喉が突かれる。
ザン
細川六郎の首が落とされ、晒し台に置かれる。
1536年(天文5年)10月10日。のちに戦国一の奸雄と呼ばれる足利幕府34代管領にして細川京兆家17代当主細川六郎は刑場の露と消えた。
善を勧め 悪を懲らしむ 道半ば 夜明けの露は 我が身なりけり
細川六郎辞世の句である。
石田三成オチ




