第4話 では、諸君。狩りの時間だ
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「50、2、3というところかね?」
謎の出雲商人と吉岡長増は両手の人差し指と親指で四角い枠を作ると、出てきた集団の人数を測る。
「数を頼りの脅しでしょうか?」
「じゃろうな。商人が相手なら数は脅威じゃが・・・」
吉岡長増の予想に謎の出雲商人はカラカラと笑いながら答える。
「ちいぃと話してくる。ゆくぞ風雲」
謎の出雲商人はゆっくりと馬を進めて僧兵たちの前にでる。馬は東日本で見かける木曽馬よりはるかに大きいので迫力満点である。
「儂は出雲の酒問屋の隠居で又四郎という。比叡山の僧兵殿が人数を頼みに何の用だ」
「我ら御山の方からきた使いである通行料を貰い受けに来た」
謎の出雲商人が大声で叫ぶと負けじと集団を率いているお頭らしい僧兵が卑下た笑いを顔に貼り付けて叫ぶ。
「はっ、関所でもないところで自称のお使いさまに払う銭などないわ」
謎の出雲商人は挑発するように嗤う。
「我らは近江(滋賀)管領殿からも御山からも許可は貰っている。自称ではないわ!」
僧兵のお頭は大声で返す。
「ほう?お前みたいな僧兵が面白いことを言うな。毛利家と施薬院家ご用達であるこの儂のように、何か証拠でもあるのか?」
謎の出雲商人は笑いながら腰に吊ってある、施薬院の家紋は三ツ星 (よく見ると三つの茶釜)が描かれている大きな印籠を控えおろうと言わんばかりにかざす。
「それがなんだ!」
「おう・・・施薬院はご利益なしか。まあ、ご利益があるなら旗指の茶釜狸で逃げておるか」
謎の出雲商人の笑いは苦笑いになるが、同時に目の端にパラパラと逃げだす農民の姿があることに気付く。こっちは予定通りだ。
「あーお前さんが通行料を徴収できる身分であることを証明してほしいと言っているのだが?」
気まずそうな顔をしながら、謎の出雲商人は印籠を吊ってあった場所に戻す。どんなに権力を見せびらかしても相手がそのことを知らなければすべるという良い例である。全国漫遊のちりめん問屋のご隠居が印籠で悪代官を平伏させることができたのは徳川が日本を統一していたからだ。
「そんなものは!」
と叫んだ僧兵のお頭に近寄り耳元で囁く僧兵がいた。僧兵の言葉を聞いていた僧兵のお頭は何度か頷くと、ポンと手を叩き懐に手を入れる。
「これが管領殿から頂いた許可証よ」
僧兵のお頭は懐にしまっていた書状を取り出すと謎の出雲商人に文字が見えるように掲げる。ふたりの距離では何が書かれているのかは判らないが、謎の出雲商人の目には、文章の後ろに細川右京大夫晴元という名前と花押が書かれているのが判る。
「おうおう。それそれ。いや、折角の段取りが、げふんげふん」
わざとらしく咳き込みながら、謎の出雲商人は懐から拳大の木筒を取り出すと、親指で木筒の一部を持ち上げる。「ガチャ」という音と共に持ち上がった部分が木筒を打ち付け「バン」という乾いた音が響く。
「があっ!?」
僧兵のお頭は身体を「く」の字に曲げその場に倒れる。「痛い痛い」と虫のように蠢いていたが、やがて地面をどす黒い液体で染め上げながら動かなくなる。
「ふむ。命中精度、威力に難ありと聞いておったが、この火縄拳銃なかなかどうして。ただ惜しむべきは1発限りというところか?」
孫娘の婿で、いまは直属の上司でもある畝方元近から渡された試作の武器である拳銃を眺めながら謎の出雲商人は悪い顔をする。なお、銃身内に内蔵した石英に鋼鉄製の撃鉄を打ち下ろし、散った火花で装填された実包の火薬に引火させて弾を撃ちだす形式なので、火縄というのは間違いである。(多分)
「き、貴様、よくも地院さまを」
僧兵のお頭が倒れて動かなくなって双方に動きがあった。僧兵のお頭に耳打ちした僧兵と、農民のことごとくが逃げ出し、残った僧兵は謎の出雲商人を取り囲もうとして広がる。謎の出雲商人の護衛たちはいつの間にか槍を構え、謎の出雲商人の前に立ち、壁となっていた。
「おい。文書の回収を忘れるな」
吉岡長増が命じると兵のひとりが、僧兵のお頭が握っていた文書を回収する。
「では、諸君。狩りの時間だ」
「「「「ひゃはー」」」」
「いや、ひゃはーじゃないだろ、ひゃっはーだろ・・・」
物騒な謎の出雲商人の言葉とハイテンションな兵士たち。そしてどこか達観したような、少しズレた吉岡長増のツッコミが入った。
7センチの満たない火縄銃があるとかないとか・・・




