第1話 臥茶七曜
閲覧・感想・ポイント評価・ブックマーク・誤字報告ありがとうございます
1531年(享禄4年)9月
- 京 山城(京都南部) 施薬不動院 -
この時代の仏教界、とくに信者の多い宗派は傍若無人なところが多かった。他所の宗派の寺に押し入って打ち壊したり、金を無理やり高利で貸し付けそののち財産を巻き上げたり、布施を強要するために嫌がらせをしたり・・・
いま京で勢力争いをしているのは日蓮宗と一向宗と天台宗の三つ。戦国時代フリークな人なら、織田信長の前に立ち塞がる中ボス本願寺と比叡山といえばピンとくるだろうか。
日蓮は・・・「このままでは日本は滅びますぞ」の人だろうか?まあ、今風に言えば「椅子羊」原理主義を掲げて好き放題やってる一派が大手を振っている状況だ。
真面目に修行してる人も多いんだけどね。
「ご無沙汰しております逍遙院さま」
三条西実隆さんこと逍遙院さんに頭を下げる。
「ご無沙汰ですな。此度の秘密の会に招待いただき感謝しております」
逍遙院さんはすっと後ろにいる男に視線を送る。
「お初にお目にお目にかかります。逍遙院の長子で公順と申します」
僧姿の男が諱を名乗る。いいのだろうか?って聞いたら、三条西公順さんは12歳で出家していて諱を知っている者の方が少ないので、身分を隠すなら諱呼びの方が都合が良いらしい。あと、正室の長子なのに嫡男ではないらしい。
「ほかの方は?」
「司箭院興仙殿、建仁寺の龍崇殿、武野仲材殿、山科内蔵頭 (言継)殿が既に本堂に」
本堂で既に歓談している人間の名前を挙げていく。今回の会の新顔は三条西公順さんと武野仲材さんと山科言継さんになる。
「ああ、我らが最後か申し訳ない」
「いえお気になさらず」
そういって逍遙院さんたちを本堂に招く。
そして本堂に鎮座する褐色の木を見た逍遙院さんはほうと頷くと、おもむろに小太刀で木を削る。
逍遙院さんが木を削っている間に三条西公順さんは持って来ていた蒔絵の箱を開き、香道の道具を広げる。
逍遙院さんは慣れた手つきで炭団を起こし、聞香炉に埋め込むと灰をかきあげて形作り、銀色の板(銀葉)を置く。
そして削った木片を銀葉の上に置いた。
「うん」
ここからは茶道と似たような所作である。ただ少々挨拶が多い気もするが。逍遙院さんは香炉に向けて小さく頭を下げると香炉を半回転させ香炉に手をかざして大きく息を吸い吸った息は顔だけ脇へと向け軽く吐き出す。これを3回。(三息というらしい)繰り返して、司箭院興仙さんに渡す。司箭院興仙さんも似たような所作で香りを聞く。
「マッタリとしていて、少しもしつこくなく」
司箭院興仙さん謎の評価である。というか、いいのか香りでその評価は。
「伽羅ですな」
「間違いなく。いや、蘭奢待に勝るとも劣らぬ銘木かと」
逍遙院さんと龍崇さんが唸る。というか蘭奢待を嗅いだことあるの?凄いな。ちなみに蘭奢待というのは東大寺正倉院に収蔵されている黄熟香の雅名で、字の中に東大寺という文字が隠れているというなんとも優雅な珍品である。
「臥茶はどうかの。人伏せる香りに石見(島根西部)で作る発酵させた茶を想起させる濃い色」
司箭院興仙さんが呟く。最初から名前に「ガチャ」と付ける気満々だ。
「発酵させた茶とな?」
逍遙院さんが別の事に喰いついた。
「うむ。このあと儂が、タヌキの釜で立ててやろう」
武野仲材さんと山科言継さんから「おお」という声が漏れる。確かふたりはタヌキは未体験だったよな。
「では、この伽羅の雅名は臥茶でよろしいかな?」
「「「うむ意義なし」」」
その言葉を受けて、逍遙院さんがさらさらと紙に筆を滑らせる。そして『享禄四年九月逍遙院』と書かれた付箋を自分が切り取った所に貼り付ける。
「おお蘭奢待と同じことをする訳じゃな。どれ儂も」
司箭院興仙さんが同じように木を削り、付箋を貼る。俺は視線で残った人間に同じことをするように促す。
うん。なんだか悪の秘密結社の儀式みたいだな。間違ってない気もするが。
「そうじゃ。この場におる我ら七人、臥茶七曜と称し色々と話しあいましょうぞ。言うまでもないが、このことは軽々しく表には出さぬように、な」
司箭院興仙さんが悪い顔をする。悪の秘密結社にする気満々だ。全員が頷くのを見て司箭院興仙さんは「第一回は近頃の京の宗教界についてじゃ」と口を開いた。
なお、この秘密のお香を楽しむ会のあと、京の文化人の間でちょっとした騒ぎが起こる。その中心に武野仲材さんと山科言継さんがいたのは言うまでもなかった。
香道のお作法は御家流を参考にしてます




