第4話 和睦の条件
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- 香春岳城付近 鶴岡八幡神社 大友義鑑陣中 -
- 三人称 -
「くそ。なんでこうなった」
援軍に来た島津軍が、五日前に豊後(大分南部)に侵入するも撃退されたという報告を聞いた大友義鑑が部屋の中を熊のようにうろついていた。その怒気ゆえか、部屋には一人の家臣もいない。大友義鑑がイラつく原因。それは、現時点で、物理的に大友を援助してくれる勢力が無くなったことだ。
現在、兵の数は大友が10000前後。対峙する大内・毛利連合が正面に7000と後方に4000の11000。進むに進めず引くに引けずの状態。もっとも、留まっても兵糧を無駄に消費するだけ。このまま略奪するモノなく豊後に戻っても田植えの時期はとうに終わっており、秋から冬にかけて国が飢饉に苦しむことは確実。そうなれば内乱もしくは南の日向(宮崎)伊東氏からの侵攻を受ける。いずれにせよ詰みである。
「大変です!南に展開する毛利軍に、肥後(熊本)の菊池と名和。日向(宮崎)の土持の旗が見えます!」
「な、なにぃ?敵の偽計ではないのか?」
部屋に飛び込んできた吉岡長増の報告に、大友義鑑は大声で聞き返す。
「既に噂となって陣内に広がっています。これが毛利の偽計であっても・・・」
吉岡長増は口惜しそうにつぶやく。旗指は戦場にあって味方を鼓舞し敵を威圧する目印だ。包囲する敵の陣地に優雅にたなびいて良いモノではない。
「殿。毛利より使者が参っております。如何されますか」
続いて臼杵長景が飛び込んでくる。そこで大友義鑑は、毛利が将棋で言うところの必死の手筋に入ったことを悟った。
「判った。使者殿に会おう」
大友義鑑は項垂れて部屋を移動する。
「毛利家家臣。口羽広良と申します」
部屋の中、10人ほどの大友家臣が居並ぶなか、下座に座る口羽広良が頭を下げる。
「うむ。使者殿。面を上げられよ」
仰々しく大友義鑑が告げると、口羽広良はゆっくりと頭を上げる。
「既に聞き及んでおりましょうが、我が毛利軍は豊後の西と南の端に軍を進めました。潔く軍門にお降りください」
「なにお」
だん。と大友義鑑の近くにいた田原親述が立ち上がる。田原家は、大友の分家でも最も力のある、事ある毎に大友宗家に無茶を言ってくる一族だ。
「控えよ」
「何を弱気な!こちらには兵が15000だ。負ける気がせん」
大友義鑑が諫めるが田原親述は語気を荒げる。「はぁ」とその場にいた半分の家臣から溜め息が漏れた。臼杵長景が兵3000率いて豊後に戻るも殲滅され、それを聞いて心を折られた雑兵が離散。既に10000前後にまで兵が減っているのに田原親述がハッタリをかましていることにだ。
その事を毛利の使者が知らないはずがない。そして、肥後の菊池と名和。日向の土持が毛利についた事が噂で広がれば雑兵の離散は加速度的に増えるだろう。虚勢というにはあまりにも空しいものだった。
「条件は?俺と重臣の首か?」
いきなり田原親述が怒ったことで、怒るタイミングを失った大友義鑑は苦笑いしながら尋ねる。田原親述が怒ったのは多分偶然だろうが、無駄な血が流れる量が減ったと、大友義鑑は感謝した。
「う、ううん」と苦笑いを噛みしめるように咳払いして口羽広良は懐から手紙を取り出して大友義鑑に渡す。
・豊後は大内と毛利の直轄とする。
(毛利では長門(山口北西部)、周防(山口南東部)で実施されている政策である)
・大友の家臣は毛利の直臣とする。家臣が領有する土地は検地され、収入に応じた金銭を俸禄とする。
(毛利では徐々に浸透している武士の報恩の形)
・大友家臣の三分の一は豊後以外の地に移動となる。
(反乱の芽は摘み取らせてもらう)
・これは現大友頭領である大友義鑑や重臣にも適応されるので首を差し出す必要は無い。
(領地の拡大で為政者が激減して困るのは毛利であり恩を売ってやるからキリキリ働け)
「は?」
大友義鑑と大友家臣団の目が点になった。
「いやいや、色々とおかしいだろ!」
真っ先に正気に戻ったのは大友義鑑だった。滅ぶを選択するほど苛烈な要求ではないが、従属するには酷い条件である。
「我々に先祖代々守っていた土地を捨てよと?」
末席に控えていた戸次氏の家督を相続したばかりの戸次親守少年が叫ぶ。
「土地を捨てる訳ではありませんぞ」
口羽広良は幼い子供を見るかのような目で戸次親守を見る。
「有限の土地を求めるから争いは無くならんのです。最近、毛利ではある男の影響でそう考えるようになったのです」
口羽広良はこの提案の良い所を語り始めた。




