魔法学園92
楽しい時間はすぐ過ぎる。
しかし、待つ時間はとても長く、ヴィヴィが長期休暇に入るまでのほんのひと月はとても長く感じられた。
そして、ランデルトから届いた手紙には、一応の休みの予定も書かれていたが、残念ながらヴィヴィが長期休暇の間に会いに行けるような日程ではなかった。
そのため、ヴィヴィは寂しさを誤魔化すように、戻ってきたレンツォの下で薬学について今まで以上に本気で学んだ。
「レンツォ様は治癒師として、先日まで第五部隊に配属されていましたけど、薬師としての知識が役に立ったことはありましたか?」
「もちろん、大助かりだよ。魔法っていうのは、治癒魔法に限らずどうしても魔力を消費してしまうからね。一度にたくさんは使えない。普段はそれでかまわなくても、強力な魔物が出現した時には、怪我人も多く出る。だから緊急性のないものは薬草で手当てすることも多かったよ」
「……そんなに強力な魔物が出るんですか?」
「ん? ああ、そうか。心配しなくても死者がでることはないよ。みんな実力ある騎士ばかりだからね。ただどうしても予想外の事態は起こるものなんだ。だけどそれも、私が赴任していた半年の間で二度あっただけだよ」
「そうですか……」
レンツォは心配するヴィヴィを励ましてくれたが、残念ながら気休めにはならなかった。
半年で二度も怪我人が大勢出るような魔物が出現するような場所に、ランデルトは見習いとしているのだ。
それでもレンツォに気を使わせたくなくて、ヴィヴィは明るい声で話題を変えた。
「レンツォ様は薬草と治癒魔法の違いは何だと思いますか?」
「薬草と治癒魔法の違い? ……そうだな。薬草は己の治癒力を高める助けをしてくれるのではないだろうか。そして治癒魔法は外部の――治癒師の魔力でもって怪我や病気の治癒にあたるのだと思う」
ヴィヴィの問いに、レンツォはわかりやすく自分の考えを述べた。
その考えは、ヴィヴィが普段から考えていたことにかなり近い。
ヴィヴィ的には薬草は内服薬、治癒魔法は外科治療的に考えていたのだ。
「私も同じようなことを考えています。それで最近の授業では、薬草と治癒魔法を合わせた治療も始まっていると学びましたが、レンツォ様はもう実践されましたか?」
「ああ。先ほども少し触れたが、今回の配属先で色々と騎士相手に試させてもらったよ。なかなか興味深かったが、課題はまだまだあるね」
「例えばどんなことですか?」
「そうだな……。一番は、薬草と治癒魔法の効果が出るまでの時間差かな。治癒魔法はすぐに効果が表れるが、薬草は早くても一刻はかかるだろう? この時間差がなく、薬草でどれほどの効果が得られるかがすぐにわかれば、それだけ治癒魔法の力を抑えられる。無駄な魔力の消費を抑えられるということだ」
「なるほど……」
レンツォの説明にヴィヴィは納得した。
前世のようにレントゲンやCT、MRなどがあれば診断も早くつきやすく、適切な治療が受けやすい。
だが、この世界では経験が何よりものをいう。
外傷ならそれなりに判断できても、体内でのことは難しい。
腹部の痣を見ても、毛細血管からの出血なのか、内蔵が傷ついたための出血なのかなど、今のヴィヴィにはわからないのだ。
だからもし、そのような患者がいれば、ヴィヴィは最上級の治癒魔法を施すだろう。
そう考えて、ヴィヴィはレンツォがなぜわざわざ第五部隊を希望したのかわかった気がした。
「レンツォ様は経験を積むために、第五部隊を希望されたのですか?」
「あー、まあ、そういう言い方をしちゃうと身も蓋もないけど、正解だよ。病気は王都にいても診ることができるけど、怪我人はねえ……。それもかすり傷程度じゃ経験にはならない。あ、でも騎士たちもちゃんと了承してくれてるんだよ? 勝手に実験したりしてないから」
焦って釈明するレンツォが少し可愛くて、ヴィヴィはくすくす笑った。
しかもマッドサイエンティストなレンツォを想像すると、予想外に似合ってしまってさらに笑ってしまう。
それなのにレンツォは怒るどころか、一緒になって笑った。
正直、こういうところが、変わり者だと思う。
「実は、私なりに薬草と治癒魔法……魔法について考えていることがあるんです」
「おお、それはぜひ聞きたいね。どんなことだい?」
治癒魔法が上達しているということは、すでにレンツォには密かに伝えていた。
実際に怪我を治したことはないが、学校での実験と同じように、傷ついた植物に対してや、風邪っぽいなと思った自分に対して使ったのだ。
その時の自分の魔力の消費具合や、傷ついた幹の修復具合を見て上達していると感じていたのだが、レンツォにはさらなる実験で確認してもらっていた。
だからこそ、レンツォはヴィヴィのこの発言にかなり興味をもったのだろう。
「治癒魔法というのは、治癒師の魔力を削ります。ですから、一度に施せる治療には限度があり、それを超えてしまうと治癒師まで倒れかねません」
「うん、そうだね」
「ですから、その治癒師の魔力――治癒能力を、普段から溜めることができないかと思っているんです」
「治癒能力を溜める?」
レンツォは今までの和やかな雰囲気を一変させ、訝しげに眉を寄せた。
初めて見るレンツォの様子にヴィヴィは緊張しながらも、ずっと考え、少しずつ実験を重ねていたことを説明にするために、緊張しながらも口を開いた。




