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魔法学園88

 

「まさかあの方が、ジェレミア殿下のパートナーになられるなんて……」

「でも、ジェレミア殿下に申し込まれたら、やはり受けてしまうんじゃないかしら?」

「それにほら、どこまで本気かわからないじゃない」

「まあ、確かに。でもびっくりするくらいお似合い」

「本当にねえ」


 会場のあちこちで囁き交わされる会話は、ジェレミアのパートナーについて。

 ヴィヴィもさすがに予想外で驚いていた。


 ジェレミアのパートナーはアルボート伯爵家の魔女――メラニアだったのだ。

 ちなみにアンジェロはもう一人の姉らしき人とパートナーを組んでいる。


「まさか、ジェレミア君がメラニアさんととはなあ……勇者だ」

「ですが先輩も今まではメラニアさんや他のお姉様方とご一緒だったのでしょう?」


 ランデルトが開式の挨拶を行い、未だ冷めやらぬ興奮の中でダンスが始まった。

 そこで話題の中心人物二人を見つめながら、ランデルトが呟く。

 だがヴィヴィは勇者と言う言葉が引っかかった。


「あれは無理矢理だったんだ」

「そうなんですか?」

「彼女たちは夜会が好きで――いや、色々とかき回して遊ぶのが好きだと言ったほうがいいか。とにかく、これでアルボート伯爵家はジェレミア殿下についたと見るべきだろうな。……普通は」

「普通は?」


 ランデルトからは予想外の答えが返ってきたばかりか、不穏な言葉まで聞かれた。

 確かに、去年ジゼラとジェスアルドがパートナーを組んだ時もかなりの騒ぎになったが、今年もなのかとヴィヴィは納得しかけ、首を傾げる。

 ランデルトはそんなヴィヴィを楽しそうに見下ろした。


「アルボート家の女性たちが魔女と言われるゆえんだよ。彼女たちは社交界で多大な影響力を持っているが、その行動がまったく読めない。パートナーを組んでも、相手を気に入っているのか破滅させようとしているのか、わからないんだ。だから近づかないに越したことはないんだが、男たちはその魅力に惹きつけられずにはいられない、と」

「……先輩もですか?」

「いや、俺は幼い頃からあの人たちを見ているからなあ。正直に言えば、苦手だ。今のは兄の受け売りだよ」

「そうですか……」


 ヴィヴィから見てもあんなに魅力的――蠱惑的というべき女性なのだから、ランデルトもやはり惹かれているのだと思ってしまったのだ。

 思わずほっとしたヴィヴィだったが、それをランデルトが嬉しそうに見ていることには気付いていなかった。


 それからヴィヴィはジュストやアレン、ジェレミアにフェランドと踊り、なぜかアンジェロとまで踊った。

 そして舞踏会はランデルトの閉式の挨拶で締めくくられ、何事もなく無事に終わった。

 もちろん、翌朝にはジェレミア派にアルボート伯爵家が加わったらしいとの話が王宮を駆け巡り、いよいよジェレミアの立太子が現実味を帯びている。


 とはいえ、学園は魔法祭が終わって平和そのものだった。

 生徒会も細々とした仕事はあるが、ひとまずは落ち着く。

 これでようやくランデルトと放課後デートを楽しめるとヴィヴィは思ったのに、そんなに甘くはなかった。


「もうすぐ先輩は卒業だというのに……どうして魔法騎士科の八回生は去年以上に演習が多いの……」

「ヴィヴィを見ていると、私もつらい……」


 放課後の食堂でお茶をしていたヴィヴィが嘆くと、アルタも同じように嘆いた。

 実はアルタも魔法祭から騎士科の生徒と付き合い始めているのである。

 まだ同じ六回生なので、それほど演習はないらしいが、来年からは増えるらしい。


「本当なら、同じ魔法科や政経科の男子と付き合えば、いつでもイチャコラできるんだけどなあ」

「イチャコラって……」


 アルタの言葉に思わず突っ込んだヴィヴィだったが、二人とも食堂デートを楽しんでいる――イチャコラしているカップルたちに視線を向けてしまう。

 羨ましいが、こればかりは仕方ない。


「相性なんて自分で決められたらいいのに……」

「そうよねえ」


 ぼそりと呟いたアルタの言葉に、ヴィヴィも思わず頷いてしまった。

 ランデルトのことは大好きだが、やはり将来に不安がないと言えば嘘になる。

 今でさえあまり会えなくて寂しいのに、ランデルトが卒業すればまず間違いなく、地方へ配属され、めったに会えなくなってしまうのだ。


 卒業式なんてこなければいいと思うのだが、また長期休暇になればレンツォの下で勉強ができると思うと楽しみでもあった。

 最近は魔法に関する座学も楽しく、成績もかなり上がっている。

 実は父に忠告されてから内緒にしているのだが、治癒魔法も上達してきており、レンツォに相談したかった。

 実家に逆らってまで薬師の道に進んだレンツォなら、何かいいアドバイスをくれるのではないかと期待しているのだ。


(複雑……)


 見習い期間の一年は無理でも、ランデルトが望めば王都勤務は叶うはずである。

 だが、ランデルトはそれを望まないだろうし、ヴィヴィが頼めば軽蔑されるかもしれない。

 魔法科に進んで、レンツォの下で学んで、魔法も薬学もかなり面白くなっているヴィヴィにとって、自分が卒業してからの進路も悩みの種だった。


(私が卒業するまで二年間ちょっと。それまでにできるだけ魔法と薬学について学べば、あとは研究所に入らなくても独学でどうにかなるかなあ……)


 ヴィヴィの卒業後すぐに結婚できるとは限らないが、やはり準備はしておきたい。

 治癒魔法のことは内緒にしておいて、ランデルトにだけ施すという手もある。


(いや、でも先輩はそういうのは受け入れないかも……。本気で真面目だし……)


 だが、前例がなければ作ればいいだけだと気付いた。

 もしヴィヴィが治癒師になれたとすれば、たとえ貴族令嬢でも、夫の赴任地なら同行を許されるのではないか――その部隊の治癒師になれるのではないかと。


(そうよ。逆に家の力を利用してしまえばいいんだわ!)


 そう考えたヴィヴィは、時期が来るまでは治癒魔法のことはレンツォ以外には言わないことに決めた。

 そして、この日からのヴィヴィは治癒魔法を一人で勉強し、他の魔法とともに上達していった。

 ランデルトにも打ち明けられないのは後ろめたくもある。

 それでも二人の将来のためと頑張っているうちに、気がつけばランデルトは生徒会を引退し、新しい生徒会長が決まり、ジェレミアが副会長になっていた。

 いよいよランデルトの卒業である。




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