魔法学園87
「納得いかないな」
「何が?」
「ヴィヴィだよ」
「私?」
フェランドが合流して、まず口にしたのがその言葉だった。
訝しげにジェレミアが訊けば、なぜかヴィヴィのことだと言う。
わけがわからず問いかけたヴィヴィだったが、フェランドはパンをちぎって口に入れ、咀嚼する。
「ちょっと、フェランド。どういうこと?」
「ん……」
ようやくフェランドはパンを飲み込むと、水を一口飲んでからヴィヴィを見た。
その間、待たされたヴィヴィは苛々してしまったが仕方ないだろう。
「だってさ、魔法祭の準備って大変だろ? なのにヴィヴィが何もしないのが納得いかないんだよ」
「別に何もしないつもりはないわよ。アルタにもドミニク君にも、大変だったら手伝うって言ってるもの」
「ヴィヴィがそう言ったって、二人は遠慮するに決まってるだろ。だから俺が決めた。ヴィヴィは俺の助手」
「はい? 何言ってるの? クラスも違うのに、馬鹿なこと言わないで。手伝うのは魔法科のクラスよ」
何を言い出すかと思えば、かなりくだらないことだった。
ヴィヴィは苛立ちよりも呆れでため息を吐く。
そこにジェレミアがいつもの笑みを浮かべて口を開いた。
「でもさ、フェランドの助手っていうのはなしにしても、ヴィヴィアナさんに手伝ってもらうのはいい案だよね。去年、生徒会で活動していたんだから、魔法祭の間だけでも生徒会の仕事をしてくれないかな? そうすればランデルト先輩ともちゃんと会えるよ?」
その提案はヴィヴィが魔法学室から闘技場を覗いていたことを揶揄されているようで、ちょっとだけジェレミアを睨む。
すると、ジェレミアは悪気はないとばかりにまた微笑んでから続けた。
「実は生徒会の仕事が忙しすぎて、ランデルト先輩が気の毒なんだよ。先輩はアンジェロ先輩の分まで仕事をしているようなのに、アンジェロ先輩はヴィヴィアナさんと会えないことでランデルト先輩をからかっているんだから」
「ああ……」
その姿が目に浮かび、ヴィヴィは納得したように呟いた。
去年でも十分忙しかったが、今年はアンジェロを制御するジュリオがいないことで大変なのだろう。
ジュリオ先輩は偉大だったなと思いつつ、ランデルト先輩も立派だし大丈夫、とヴィヴィは心の中でランデルトを勝手に励ます。
確かにジェレミアの提案は魅力的であり、理に適っているが、やはりヴィヴィは乗り気にはなれなかった。
「ジェレミア君の提案はありがたいけど、正式に生徒会の仕事を手伝うのはやめておくわ。もちろん、魔法祭の仕事としては手伝うつもりだから、フェランドの助手にはならないけれど、実行委員のほうを手伝わせてくれる?」
「そりゃ、実行委員としては大歓迎だけど、何で生徒会を手伝わないんだ? ランデルト先輩はがっかりするぞ?」
「うーん。何となく公私混同のようで気持ち的にダメなの」
ヴィヴィの答えには、フェランドが意外そうに口を挟んできた。
去年は正式に補助委員だったので、みんなが気を利かせてくれて二人きりにしてくれても、恥ずかしいながらに嬉しかったのだが、今はどうにも困る。
ただの片想いから恋人同士になったというのも大きいだろう。
もちろんランデルトもヴィヴィも仕事はきちんとするタイプだが、ヴィヴィたちをよく知らない生徒たちに変に思われるのが嫌だった。
自分よりもランデルトが公私混同と思われる心配があるのだ。
「……そうか。残念だけど、仕方ないな」
「じゃあ、やっぱり俺の助手な」
「フェランド、ちゃんと人の話を聞いて」
ジェレミアが納得して呟くと、フェランドが喜々として宣言した。
すかさずヴィヴィが突っ込んで、それからアルタとともに席を立つ。
「それじゃあ、フェランドの助手はしないけど、実行委員で手伝えることがあったら言ってね。ジェレミア君も、気を使ってくれてありがとう」
「いや、うん。ヴィヴィアナさん、アルタさん、またね」
「ヴィヴィ、約束だからな」
「約束してない」
「またね、ジェレミア君、フェランド君」
「おう、アルタも委員長頑張れよ」
こうしてジェレミアたちと別れたヴィヴィだったが、まさか本当にその日から仕事の手伝いが舞い込んでくるとは思ってもいなかった。
同じ手伝いとしてかり出されたアルタとともに、ヴィヴィはせっせと作業に勤しんだ。
すると、当たり前なのだが、実行委員と生徒会は連携しているので、時々ランデルトと会える。
途端に皆が気を利かせてくれて、気がつけば二人きりの時間が少しだけ持てたりもした。
「また、ジェレミア君に気を使わせてしまったようだ」
「ジェレミア君に?」
「ああ。この資料をここに持って行ってほしいって頼まれて来たら、ヴィヴィがいた」
「そうだったんですね……」
さすが友達! とヴィヴィは内心でジェレミアに感謝しながら作業を続けると、ランデルトも手伝ってくれる。
それがまるで去年のようで二人とも懐かしくなって笑った。
「魔法祭が終われば生徒会の仕事もひと段落するし、俺も引退となるな」
「そういえば、そうですね……。寂しいですか?」
「そうだなあ。何だかんだで四年間やってきたからな。最初はダニエレに無理やり補助委員にされたんだよ」
「それは……ダニエレ先輩らしいです」
「だろ? あいつ、まだしつこくヴィヴィに会わせろって言ってくるから鬱陶しいんだよ」
「私はかまいませんけど……」
「俺がかまうからダメなんだ。それよりも次の三役をどうするかだな……」
「まだ決まっていないんですか?」
「俺としては、ジェレミア君が副会長でドミニク君を書記として推したいんだけど、ジェレミア君が自分ではなくドミニク君のほうが適任だと言っていてな。ドミニク君はジェレミア君を差し置いて副会長なんて無理だと言うし……」
「……難しいですね」
「ああ」
作業しながらの会話はどうしても色気のないものになる。
その中で来季の生徒会役員の話になって、ヴィヴィもランデルトの悩みが理解できた。
ジェレミアとしては、将来の出世にも役立つ三役の中でも、ドミニクをできるだけ上役につけたいようだ。
ただ七回生で副会長となれば、自然と八回生では会長になるので、ドミニク的にはカリスマ性のあるジェレミアがなるべきだと考えているのだろう。
そもそも、そうでなければ生徒たちが納得しない。
ヴィヴィは一度ジェレミアに話をしてみようかと思ったものの、やはりここは口を出すべきではないなと結論を出した。
きっと、最終的にはランデルトが上手くまとめるはずだ。
そしていよいよ魔法祭が始まり、舞踏会当日。
ヴィヴィとランデルトが組むことは予想されていたのか、当然としてみんなに受け入れられた。
しかし、今回話題をさらったのは例の如くジェレミアだった。
最後まで、いったいジェレミアは誰に申し込んだのかわからず、一部男子生徒の間では賭けが行われていたのだ。
本命はジゼラだったのだが、当日になってジゼラはジャンルカを伴って現れたため、あちこちから落胆のため息が上がった。
しかも、ジェレミアは生徒会執行部の仕事で早く会場入りしていたのだが、パートナーが見当たらない。
まさかパートナーがいないなんてことは、と皆が思い始めた頃に現れた女性に、一同驚きに息を呑んだのだった。




