魔法学園85
「ヴィヴィアナ君」
「は、はい」
「新学期が始まればすぐに魔法祭があるが、今年の魔法祭――舞踏会は、俺にとって最後になる」
「そ、そうですね」
ランデルトは耳まで赤くなっており、やはり緊張しているのだと、ヴィヴィはわかった。
動悸が激しく耳鳴りがするくらいにヴィヴィも緊張したままなのに、なぜかもう一人の自分が冷静に見ている。
ミアや護衛騎士たちは声が聞こえないほどの位置に控え、他の観光客は時間的なせいかあまりいない。
(きっと、プロポーズされる……)
この最高のシチュエーションをランデルトが用意してくれたのだ。
そう考えて、ヴィヴィは期待に満ちた目でランデルトを見上げた。
「俺は、ヴィヴィが好きだ」
「わ、私も――」
「だから当然、結婚を前提に付き合いを申し込んだつもりだった」
「は、い……」
突然の愛の告白に驚きながらも、ヴィヴィも答えようとしたのだが、そのまま続けたランデルトに遮られてしまった。
しかし、何となくその内容が不穏な気がする。
不安に思うヴィヴィからランデルトは目を逸らした。
「交際を申し込み、初めてヴィヴィを外に連れ出すために伯爵邸に迎えにいった時、伯爵に忠告されたんだ」
「……お父様が? 何とおっしゃったのですか?」
あの長い時間、やはりヴィヴィの父は余計なことを言ったらしい。
そう思うと不安から腹立ちに変わっていた。
父が二人の交際に口出ししたことは、理性では仕方ないことだとわかるのに、感情では許せない。
「今の俺ではヴィヴィに相応しくないと」
「そんなこと――っ!?」
否定しようとしたヴィヴィを、ランデルトは手を上げて制した。
ランデルトの態度は断固としていて、ヴィヴィは何も言えなくなってしまう。
「実際に伯爵のおっしゃる通りだよ。俺は伯爵家出身といっても相続財産のほとんどない四男で、卒業してもすぐ魔法騎士になれるわけではない。見習い期間が終わって正式に騎士になれても、各地を転々とすることになる。だが俺はヴィヴィを諦めたくなかった。だから伯爵にお願いしたんだ」
「……お願い?」
「いや、正確には約束だな。とにかく俺は、立派な――最高の魔法騎士になって、ヴィヴィに相応しくなると伯爵に約束した。だからこの交際を許してほしい、と」
「先輩……」
自分はそんなに価値のある人間ではないと、ただ生まれが幸運だっただけだとヴィヴィは言いたかった。
だが、上手く言葉にならない。
さらには、この打ち明け話がどこに向かうのか予想もつかなかった。
「俺の気持ちはもちろん変わっていないが、まだ伯爵との約束は果たせていない。だから……まだヴィヴィにプロポーズすることはできないんだ。それなのに、舞踏会のパートナーを申し込むのは卑怯だと思う。だが、やはり俺はヴィヴィにパートナーになってほしい」
「も、もちろんです! だって私も先輩の――ランディのパートナーになりたいですから! 父が何を言おうと関係ありません。私の気持ちはランディ以外にはあり得ませんもの!」
ヴィヴィはまるでランデルトが気を変えるのではないかとばかりに急いで了承した。
話の流れでパートナーにはなれないと言われると思っていたのだ。
その焦りを含んだ返答を聞いて、ランデルトはかみしめるようにじっとヴィヴィを見つめた。
「……ありがとう、ヴィヴィ。その、本当にいいのか? 正式に婚約もできないのに?」
「私はランディが……好きです。だから、形はいりません。気持ちをいただければ、それで……」
ランデルトはやはり負い目を感じているのか、まだためらっているようだった。
八回生にとって舞踏会のパートナーは、ほぼ婚約者として見られる。
もちろん稀に別れてしまうカップルもいるようだが、昨年のクラーラとジュリオのように、その後正式に婚約を発表して、卒業パーティーでもパートナーを組むのが通例だった。
ヴィヴィの父親の許しを得られない限りは正式に婚約できない。
それでも、二人の気持ちがしっかりしていればかまわないのだと、ヴィヴィは伝えたかった。
するとランデルトはいきなり跪き、驚くヴィヴィの繋いだままだった右手に口づけた。
これではまるで本当にプロポーズのようだ。
視界の隅ではわざとらしく景色を眺めているミアと護衛騎士の姿が映る。
さらには通りすがりの観光客が指笛を吹いて囃し立てた。
「せ、先輩……」
「二年後に改めてプロポーズをさせてほしい。ヴィヴィの最後の舞踏会の時に。それまで、待っていてくれるだろうか?」
「――はい。どうか……よろしくお願いします」
ヴィヴィが頬を染めたまま小声で答えると、ランデルトは勢いよく立ち上がりガッツポーズをした。
途端に周囲から拍手が沸き起こる。
驚いたヴィヴィが顔を上げれば、まばらだったはずの観光客の姿が増えて遠巻きにしながらも笑顔で拍手をしていた。
その中にはミアや護衛までいて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、ヴィヴィは穴があったら入りたかった。
「か、帰ろうか」
「そうですね」
ランデルトも顔を赤くして、そそくさとその場から離れる。
そして皆に祝福の声をかけられ、二人で頭を軽く下げながら、出口となっている階段へ向かった。
どうやらかけられる言葉から、見物人は本物のプロポーズだと思っているようだ。
しかし、わざわざ訂正する必要はない。
ヴィヴィが期待していたようなプロポーズではなかったが、それ以上に素敵な、ランデルトの誠意がこもった将来への約束だったのだから。
伯爵邸まで送ってもらった時には、いつもよりかなり遅い時間だった。
それでもまだ太陽はかろうじて顔を出している。
「ヴィヴィアナ君、今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。とても楽しくて、嬉しかったです」
「俺もだよ。ではまた……学園で」
「はい!」
執事が開けて待つ扉まで送ってくれたランデルトと、別れの挨拶を交わす。
だが、ヴィヴィはランデルトが馬車に乗り込んでもその場から離れず、馬車が角を曲がって見えなくなるまで見送ったのだった。




