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魔法学園82

 

「殿下、助けていただいて、ありがとうございます」

「いや、お礼を言われるようなことじゃないよ。むしろ王宮でいやな思いをさせて悪かったね」

「いいえ。私ももう少し上手く立ち回ればよかったのですが……。ミアまで巻き込んでしまって、ごめんね」

「いいえ! 私のほうこそ何もお役に立てず、申し訳ありませんでした。ジェレミア殿下、お嬢様をお助けくださって、ありがとうございました」

「当然のことをしただけだから、気にしないで。とにかく無事でよかったよ」


 ジェレミアにお礼を言ってから、ヴィヴィが振り向いてミアに謝罪すると、ミアは慌ててその場で深く頭を下げた。

 ジェレミアは手を振りながら気さくに答えると、再び歩き始める。

 ヴィヴィは場の空気を変えようと、あの時に疑問に思ったことを口にした。


「そういえば、先ほどの男性は乗馬帰りでもないようでしたのに鞭を持っていましたけど……。もしかして、普段でも鞭を携帯するのが王宮では流行っているんですか?」

「いや、全然。彼ぐらいじゃないかな」

「……サド?」

「え?」

「あ、いえ。嫌な趣味だと思って。迷惑ですし、危険です」

「……そうだね」


 ジェレミアは不満そうなヴィヴィの言葉に同意しながら、ちらりと護衛騎士の一人を見た。

 応えて、騎士は小さく頷く。


 とある貴族子息が気に入らないことがあると、王宮内でも使用人に鞭を振るうと、ジェレミアは噂で聞いたことはあった。

 ジェレミアが実際にその現場を目撃したことで、処罰を与えることができると、騎士に詳しく調べるように合図を送ったのだ。


 あの者については、父親への報告だけではすまさないつもりである。

 もし自分たちがあの場に居合わせなかったらと思うだけで、ジェレミアは怖くなった。

 ひょっとしたらヴィヴィは怪我をしていたかもしれないのだ。

 ジェレミアは一度深く息を吐くと自分の気持ちを鎮めて、話題を変えた。


「……ところで、レンツォ殿はどう? 変わり者だとの噂を聞いたけど」

「殿下はお会いされたことはないのですか?」

「そうなんだ。学園でも入れ違いだったし、王宮は広いからね。彼は公の場に出てくることもなかったから、一度も顔を会わせたことはないんだよ」

「そうなんですね。レンツォ様は確かに変わった方だとは思いますが、とても紳士だと思います」


 ヴィヴィがそう答えると、後ろでミアが咳払いした。

 どうやら異を唱えているらしい。


「ああ、ええっと……紳士というのは少しだけ違うかもしれません。よくお部屋の中を半裸で過ごしていらっしゃるので――」

「半裸!?」

「ええ。どうやらかなり横着な方のようですね。お風呂に入った後に、服を着るのが面倒らしくて……。お部屋も片づけるのが面倒だそうで、すぐに散らかるんですよ」


 あれからも、お風呂上りには半裸で部屋に戻ってくるレンツォに、ミアは常に怒って服を着るようにとお願いしていた。

 そのことを思い出してヴィヴィが訂正すると、ジェレミアは驚いたようだ。


(まあ、確かに紳士なら半裸で……乱れた服装でさえも人前には出てこないものね……)


 ましてや女性にそのような姿を見せるなど、紳士以前の問題である。

 なかには卒倒してしまう女性もいるようだが、あれは大げさだとヴィヴィは思っていた。

 確かにきちんとしたドレスは締め付けが苦しくて、月のものがきている時などは貧血が酷いが、さすがに男性の上半身裸を見たくらいで倒れたりはしない。

 それが既婚女性なら、なおさらである。

 むしろ未婚女性でも闘技場を眺める家政科の生徒たちを知っているだけに、ヴィヴィは結論を出していた。

 いつの世も、どこの世界も、女は生まれながらに役者である、と。


「その……ヴィヴィアナさんは、大丈夫なの?」

「え? あ、それはまあ……慣れといいますか……」


 慣れたのは今世ではなく、前世ではあるが。

 上半身裸くらいで卒倒していたら、海にもプールにも行けない。

 相撲中継にオリンピック中継だって見られない。

 それ以上にバラエティ番組などもってのほかだろう。


「そうか……。まあ、レンツォ殿は優秀な薬師だし、僕も一度挨拶しておこうかな。今までは遠慮していたんだ」

「それはやはり……ボンガスト家に?」


 このような話題をジェレミアが口にすることは珍しい。

 特にここは学園ではなく王宮なのだ。

 ヴィヴィは意外に思いながらも、小声で訊いて確認した。

 すると、ジェレミアは笑いながら頷く。


「うん、まあね。彼は優秀な魔法使いでもあるから、薬師になると宣言した時は、かなりもめたそうだよ。それで今は勘当状態らしい」

「そのことについては、レンツォ様もおっしゃっていました。頭の固い家族で困る、と。優秀な治癒師でもいらっしゃるそうで、もうすぐ部隊に配属されるらしいです」

「ああ、当番制のやつか。普通は彼のように家格の高い出身の者が地方に配属されることはないんだけどね」

「どうしてですか?」

「それはまあ……裏から手を回せば王都勤務にできるからね。最低でも王都近郊ですませられる。それを拒否したことも大きいみたいだね」

「なるほど……」


 ヴィヴィは納得しながらも、次の長期休暇までにはレンツォも帰ってくるなと考えていた。

 今回は薬草の知識を覚えることで精一杯だったが、できれば次の機会には、魔法と薬草を組合せた魔法薬についてレンツォに相談するつもりである。

 レンツォは治癒師としても優秀だと、父からは聞いていたのだ。


「もし……」

「え?」

「もしだけど、ヴィヴィアナさんがこのまま治癒師としての才能を発揮したら、国としては素直に喜べないだろうな」

「それは……私がバンフィールド伯爵家の人間だからですか?」

「それもあるけど、女性だからだよ。今まで女性で治癒師になった者はいないからね。まあ、部隊に配属はできないだろうから、結局は王都に留まることになるかな」

「そうですか……」


 ジェレミアの説明では、ランデルトの配属される部隊に治癒師としてついて行くことはできそうにない。

 ヴィヴィの落胆を感じ取ったのか、ジェレミアが苦笑する。


「この長期休暇が終わったら、すぐに魔法祭の準備が始まるよ。今年の舞踏会、ヴィヴィアナさんにとって素敵なものになるといいね」

「……ありがとう、ジェレミア君」


 ヴィヴィはジェレミアの言葉にお礼を言ったが、思わず君呼びしてしまったのは、動揺してしまったからだ。

 この長期休暇の間、二度デートをしたが、まだランデルトからパートナーには誘われていない。

 もちろんプロポーズもまだだが、明後日にもう一度デートをするのだ。

 ヴィヴィはきっとその時だと期待していた。


「そういえば、課題は全て終わった?」

「……一応はね。ヴィヴィアナさんは?」

「実はまだ手芸の課題が残っているの。どうして六回生になっても選択授業ってあるのかしら」

「七回生からはないんだから、今年が最後だと思って頑張るしかないよ。休暇はあと五日だけど大丈夫?」

「レンツォ様の下での勉強は明日までだから。あと三日でどうにかするわ。最悪、マリルに泣きつくつもり」


 わざとらしいほどのヴィヴィの明るい声にも、ジェレミアは何も言わずに話に乗った。

 すっかりヴィヴィは学園内での話し言葉になっていたが、そのまま二人は課題について話しながらレンツォの部屋に向かった。




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