魔法学園81
「おいおい、お前。噓を吐くならもっとマシな噓をつけよ」
「このみすぼらしい娘が、あのバンフィールド伯爵家令嬢だって? あの方は、ジェレミア殿下のお妃候補なんだぞ?」
げらげら笑いながら話す男性たちの内容に、ヴィヴィは困惑した。
学園ではすっかりランデルトと公認の仲のはずなのに、王宮ではまだそんなふうに考えられているのかと。
それに、彼らの態度は酷すぎる。
確かに今のヴィヴィは簡素な服装ではあるが、ミアに対する態度といい、紳士のものではない。
紹介もされていないのに口をきくのも嫌だが、ミアにばかり表には立たせられないと、ヴィヴィは一歩前に出た。
そして背筋を伸ばして男性たちを真っ直ぐに見る。
「な、何だ、こいつ。無礼だぞ」
「俺たちを誰だと思っているんだ!」
「ねえ、ミアは知ってる? 私は学園で見かけたことがないんだけど」
「……私も存じ上げません」
「ミアが知らないのなら、私より八歳は年上の方たちなのかしら? でもまさか、このように子供じみたことを二十歳も過ぎてなさる方がいらっしゃるとは思えないし……」
「お、お嬢様……」
あくまでも、ヴィヴィはミアにだけ話しかけた。
ミアはヴィヴィの態度に当惑しながらも否定はしない。
ここは王宮内の貴族たちが多くいる棟で、警備もしっかりしている。
いざとなれば、大声を上げて助けを呼ぼうと、ヴィヴィは考えていた。
淑女としてはあまり褒められたものではないが、警備兵が来れば身の安全は保障されるだろう。
(まあ、まず身分を証明しないとね……)
普通は貴族令嬢が――ヴィヴィほどの身分の女性が薬師に弟子入りしていること自体あり得ない。
それでも両親は外聞など気にしていなかったのだから、父か兄かレンツォに問い合わせてもらえばいいのだ。
そう考えていたヴィヴィの堂々とした――男たちにとっては偉そうな態度が癇に障ったらしい。
三人のうちの一人が腰に手をかけた。
まさかここで剣を抜くのかと驚いたヴィヴィだったが、男性が振り上げたのは乗馬用の鞭。
乗馬服でもないのになぜ鞭を? と呑気にヴィヴィが考えている間に、ミアがヴィヴィの手を引き、庇うように抱き寄せた。
「この生意気な――っ!」
「そこで何をしている!?」
突然厳しい声が割り込み、男性の動きが止まる。
それから何人かが駆け寄る足音に視線を向ければ、衛兵ではなく護衛騎士四人に囲まれたジェレミアの姿が見えた。
「で、殿下……?」
「そ、その……ジェレミア殿下、お見苦しところをお見せいたしまして申し訳ございません。このメイドたちがあまりに無礼で生意気だったので、仕置きをしようとしていたのでございます」
「メイド?」
三人の男性たちはジェレミアの登場に驚いたようだが、すぐに気を取り直したらしい。
さっと廊下の隅に寄り、腰を折ってジェレミアに説明した。
ジェレミアは笑いを堪えるように口の端をひくつかせながらヴィヴィを見る。
護衛騎士たちから咳払いが聞こえるのは、彼らも笑いを堪えているのだろう。
彼らとは何度も顔を合わせているので、ヴィヴィの正体を知っているのだ。
「おい、お前! 早く隅へ寄って頭を下げろ! この方は王子殿下だぞ!」
鞭を振り上げていた男性に怒鳴りつけられ、ヴィヴィは少しだけ場所を移動して軽く膝を折ると、挨拶を口にした。
「お久しぶりでございます、ジェレミア殿下。この長期休暇はいかがお過ごしですか?」
「久しぶりだね、ヴィヴィアナさん。まあまあ充実した日々を過ごしていたけど、いい加減に退屈してきたところだったんだ。だけど、今はかなり楽しんでいるよ」
「相変わらず悪趣味ですね?」
「ヴィヴィアナさんこそ、相変わらず僕を飽きさせないよね?」
「殿下のためではございません。ですから、私はそろそろ戻らないとレンツォ様に心配をおかけしてしまいます」
「ああ、聞いているよ。弟子入りしてるんだって?」
「はい。お陰様で、とても有意義な休暇を過ごすことができました」
ヴィヴィとジェレミアがにこやかに会話している間、男性たちはぽかんと口を開けて見ていた。
そんな彼らを無視したまま、ジェレミアがヴィヴィに微笑みかける。
「レンツォ殿の部屋まで送るよ。王宮内でも危険がないわけじゃないからね」
そこでジェレミアはようやく男性たちに視線を向けた。
そして冷ややかに見下ろす。
「たとえ相手の身分がどうであろうと、女性に乱暴を働くことを僕は許さないよ」
「も、申し訳――」
「謝罪は僕にじゃない。彼女たちにだろう?」
謝罪しようとした男性たちを遮り、ジェレミアはヴィヴィたちへと視線を戻した。
ミアはジェレミアが現れた時点で数歩下がり、頭を下げている。
男性たちは今ひとつ状況がのみ込めていないようだ。
「……悪かった」
「邪魔をしたようで、すまない」
男性たちの謝罪は偉そうだったが、ヴィヴィは自分の服装もあって受け入れることにした。
ジェレミアはあえて男性たちに紹介をしなかったのだろうが、やはり紹介されていない男性と話をしたくなくて、ヴィヴィは頷くだけにとどめる。
本来、ヴィヴィもここまで頑なではないが、かなり腹が立っているのだ。
「じゃあ、行こうか。ヴィヴィアナさん、ミアさんも」
「はい。ありがとうございます、殿下」
ヴィヴィが淑女らしい微笑みを浮かべて答えると、ジェレミアは楽しそうな笑みを浮かべた。
それから思い出したように、男性たちを振り返る。
「そうそう、君たちの振る舞いはこのまま看過できるものではない。君たちの父親と、ヴィヴィアナさんの父であるバンフィールド伯爵に報告させてもらうよ」
「……へ?」
「バンフィールド伯爵!?」
最初にミアが告げたにもかかわらず、男性たちは今のジェレミアの言葉でようやくヴィヴィがバンフィールド伯爵令嬢だと気付いたらしい。
ヴィヴィは男性たちの頭の回転の悪さに苛立ちながらも、微笑んだままミアを手招きした。
「行きましょう、ミア」
「はい、お嬢様」
ミアがついてくることを確認して、ヴィヴィはジェレミアと並んでレンツォの部屋へ再び戻り始めた。
その後ろ姿を、男性たちは蒼白な顔で見送ったのだった。




