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魔法学園79

 

「ミア、行くわよ」

「はい、お嬢様」


 ヴィヴィは王宮の片隅にある部屋のドアの前で、ミアに声をかけて気合いを入れ、そしてノックした。

 ここは、父から教えてもらった薬師レンツォの研究室である。

 兄のヴァレリオは部屋まで付き添うと言い張ったが、ヴィヴィはそれを固辞し、途中まで送ってもらうにとどめた。

 父と兄の会話から察するに、レンツォはそれを甘えと捉え、嫌うだろうと思ったのだ。


 しかし、それよりも何よりも、何度ノックしても応答がない。

 ヴィヴィは眉を寄せて考えた後、勝手にドアノブに手をかけて回した。

 ミアが「お嬢様!?」と、ヴィヴィの無作法な行動に驚いていたが気にしてはいられない。

 案の定というか、ドアに鍵はかかっておらず、簡単に開いた。

 さらにヴィヴィの予想通り、部屋の主は研究に没頭しているのか、無断で部屋へ入ったヴィヴィたちに背を向けたまま、本を何冊も開いた乱雑な机に向かっている。


(うーん。これは物語にある通りの変人科学者の図、そのままね)


 前世で見た映画などでよくある光景を直接目にして、ヴィヴィは少しだけ感動していた。

 その感動が冷めても、レンツォは一向にヴィヴィたちに気付かない。

 ここは物語のように大声で注意を引き、お決まりのやり取りをするか、彼がひと息つくまで待つかと悩んだ。


「ミア、レンツォ様は取り込み中のようだから、座って待ちましょう」

「え? それはさすがに……」

「いいの、いいの。変人なんだから、礼儀とか気にしないでいいと思うわ」

「ですが、いったいどこに……?」

「ああ、うん。これもお決まりよね……」


 二人が会話をしていても、レンツォは振り向かない。

 ひょっとして寝てるのかとも思ったが、それならそれで起こすのは申し訳ないので放っておく。

 それよりもやはり部屋自体も乱雑すぎて、かろうじて座れる長椅子――おそらく仮眠用だろうが、そこも埃っぽくてミア的にはヴィヴィを座らせたくないようだ。


「こうなれば仕方ないわ。一緒に掃除をしましょう」

「お嬢様、それは……勝手にするわけには……」

「ミアの言いたいことはわかるわ。きっと本人には何がどこに置いてあるかわかるってやつでしょうね。だから、私はこの部屋中に乱雑に積まれた本の簡単な目録を作ってちゃんと本棚に仕舞う。ミアは悪いけど、拭き掃除をお願いしていいかしら? 責任は私が取るから」

「……かしこまりました。それでは道具を……一緒に取りに行っていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうね。では、そうしましょう」


 ミアも主人であるヴィヴィに逆らえないというのもあるのだろうが、やはりこの汚い部屋に耐えられなかったのだろう。

 渋々ながら提案を受け入れたものの、ヴィヴィをレンツォと二人きりにするわけにはいかないと思ったらしい。

 ヴィヴィは素直に頷いて、ひとまず筆記具などの荷物を部屋に置いてから部屋を出た。


 いつもは客人としてか、母と一緒に父の執務室に出向いたことしかないヴィヴィには、王宮の片隅にあるこの一角は初めてで、同じ王宮でもずいぶん内装が違うんだなと、きょろきょろしながら歩いた。

 服装は普段ヴィヴィが着ているようなものは場違いだと怒られそうだったので、街へお忍びで出かける時のような身軽なものを着ている。

 ミアはいつものように伯爵家の侍女服だ。


「ミア、この場所は初めてなのよね?」

「はい。ですが、だいたいはどこでも掃除道具の置き場所などは同じですからね」

「なるほど」


 すたすたと歩くミアの後ろを、ヴィヴィはついていくしかない。

 ミアは時々すれ違うメイドらしき女性に声をかけては迷いなく進み、目的の物を見つけると今度は水を汲み――ヴィヴィは手伝いを断られ――また部屋へと戻った。

 それなのに、レンツォは相変わらずヴィヴィたちの気配に動じない。


(これはもう、筋金入りの変人ね)


 ミアがまず書棚の拭き掃除を始め、ヴィヴィは書物の埃を乾いた雑巾で拭きながら仕分けていく。

 内容については、半年前から薬草についても自主勉強を始めていたため、理解できなくても目録を作るくらいはできるようになっていた。

 部屋に散らばるよくわからない器具や、枯葉としか思えないようなものも、とにかく本以外はいっさい手をつけない。

 床掃除は一度形を崩さないように書類や器具を動かし、濡れ雑巾でミアが拭いてから、またヴィヴィがそっと元に戻す。


 そして夕方、伯爵家から迎えの馬車が来る頃には、書物だけは綺麗に書棚へと仕舞うことができた。

 もちろん開いていたページにはヴィヴィが持ってきていたノートを切ってメモをし、しおり代わりに挟んでいる。

 書棚にはそれぞれ植物図鑑コーナー、医学書コーナーなどの大雑把な名前から、細かい分類までをそれぞれまたノートに書いて切ったものを貼った。

 本当はもっと細かい目録を作りたいが、これに関しては後にミアにお願いしようと、ヴィヴィは考えていた。


「さて、では帰りましょうか」

「え? 挨拶などはよろしいのですか? 一言もお話をされておりませんし、そもそもお嬢様の存在に気付かれてもいないのでは? それなのに、このように勝手に片づけて黙って帰ってしまわれては、驚かれるのでは……」

「そうね。まず、この部屋の様子に気付いたら、驚くかもね。でもまあ、その時は妖精さんの仕業だとでも思うでしょう。明日はレンツォ様にご挨拶して、食事をとってもらうようにしなければいけないと思うけど、今日はもう十分働いたわ。馬車を待たせては、お兄様が心配して乗り込んでこないとも限らないし、帰りましょう」

「は、はい……」


 心配しながらもやはり逆らうことのないミアのためにも、ヴィヴィは仕方なく手紙だけは置いて帰ることにした。

 内容は『今日一日、研究に没頭されていたようでしたので、お声をかけることはしませんでした。勝手に部屋を片付けたことはお許しください。本以外は元の位置に全てございます。本に関しましては書棚に分類し、しおりを挟んで仕舞っております。またどうしてもわからなくなってしまったものがある場合は、明日までお待ちください。その際は、休憩だと思ってゆっくりお休みください。ヴィヴィアナ・バンフィールド』とした。


「これで完璧ね」

「……そうですね」

「大丈夫よ、ミア。明日までは怒られるかどうかはわからないんだし、捨てたものもないんだから、心配はいらないわ」


 不安そうなミアを励まして、ヴィヴィは部屋を出ると馬車止めの場所に向かった。

 片づけの合間に目にした本にしろ、書かれていた書類にしろ――勝手に読むのは失礼だが、放っておくほうが悪いと納得させた――とても興味深い内容ばかりだったのだ。

 今回の長期休暇での修行で、ヴィヴィは予想以上のものを得ることができるかもしれないと、胸を躍らせて伯爵家へと帰った。




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