魔法学園73
「陛下は僕の母上と学園の同級生で、卒業パーティーでは婚約者としてパートナーを組まれたんです。そして卒業後すぐに結婚されたけど……母上はあまりお体が丈夫ではなくて、なかなか懐妊の兆しがなかったそうです。それで陛下は、在学中から何度も告白されていたジャンルカの母君を一年後にお妃様に迎えられて……」
「たったの一年で?」
「仕方ありません。父上には後継者が必要ですから。実際、ジャンルカの母君はすぐにご懐妊されて姉上をお生みになったのですから。まあ、皮肉なことに男児を一番にお生みになったのはジェレミア兄上の母君ですけどね。そしてさらには僕のほうがジャンルカより一年早く生まれてきてしまいました。だから、学生時代からずうっと母上のことを敵視していたジャンルカの母君は、お妃様になった後も僕の母上に嫌がらせをしているんです」
「そうだったの……」
ヴィヴィはジュストの話を聞きながら、お妃様よりも国王に対して腹を立てていた。
王として後継者を残さなければならないのはわかるが、もう少し上手くお妃様たちの間を取り持つことはできないのかと。
ジャンルカのことはよく知らないが、ジェレミアやジュストが学園に入学した頃の言動からも、子供の――後継者の教育さえ満足にできていないと思う。
何より、子供にこのような思いをさせていること自体が間違っているのだ。
「僕は幸運なことに、ヴィヴィアナ先輩やジュリオ先輩、ランデルト先輩のお陰で、自分がどれほど傲慢な人間になっていたかに気付くことができました。嫌いだった兄上も、きちんとお話をしてみればとても優しく立派な方で、お爺様や伯父様から言われていたような方と違うと知ることができました。だからもう、周りが何て言おうと気にしません。僕は僕で考えて行動することにしたんです。それで、できればジャンルカもそうなってくれればいいなと思ったんですが……」
「難しい?」
「はい。ジャンルカの周りにはたくさんのお付きの者で固められていて、近づくこともできません。ジャンルカは僕と兄上を憎んでいます。先日のあのお茶会には、実はジャンルカも招待していたんです。だけど断りの手紙には……酷いことが書かれていました。たぶん、兄上にも同じものが届いていると思います」
「ジェレミア君は何か言っていた?」
「ただ『気にするな』とだけ」
「……そうね。ジャンルカ君のことに関しては、ジェレミア君の言う通り、気にしないほうがいいと思うわ」
「ですが……」
とても難しい問題に何と答えればいいのか、ヴィヴィは頭をフル回転させて考えていた。
模範的回答はそれなりにわかる。
だが、当事者でないヴィヴィがそれを言っても、ただの無責任な言葉にしかならない。
「……ちょうど一年前のジュスト君ってちょっと嫌な子だったわよね」
「はい……」
「実はね、ジェレミア君も初めて会った時は酷かったのよ。『僕に話しかけるな』ってね」
「本当ですか?」
「ええ。それで私、カチンときちゃって、負けずに言い返したわ。するとジェレミア君はぽかんとしちゃって……。今まで、あんなふうに偉そうに言い返してくる人なんていなかったんでしょうね。私も怖いもの知らずだったし、お互い子供だったのよ。それから色々あって、今のジェレミア君になったわけ。でも私は成長していないみたいね? 変わらず王子様相手に偉そうに説教したんだから」
ヴィヴィがそう言うと、一年前に説教されたことを思い出したのか、ジュストは噴き出した。
一緒になって笑いながら、ヴィヴィは続ける。
「今のジュスト君はすごく素敵だと思うわ」
「それは、先ほども言いましたが、先輩たちが気付かせてくれたからで……」
「でも、気付いたことがすごいのよ。どんなに周囲が助言をしても、受け入れてくれなければ意味がないの。自分で気付いて、自分で変えようと努力すること。これが一番大切なことで、一番難しいことね。だからいつか、ジャンルカ君が気付いてくれればいいと思うわ。学園生活は八年もあるんだもの。長い目で見るしかないんじゃないかしら?」
「そうですね……」
結局は定型文のような言葉しか言えない自分がもどかしかったが、ジュストはひとまず納得してくれたようだった。
ヴィヴィは自分の経験不足と語彙のなさを呪いながら、そもそもの問題に触れた。
「それと……お妃様たちのことに関しては、私には何も言えないわ。ごめんなさい、ジュスト君。本当は上手い解決方法などをアドバイスできればいいんだけど……」
「違います! ヴィヴィアナ先輩が謝る必要はないんです! 僕が勝手に話しただけで、聞いてくれただけで嬉しいです。少し楽になれたから。それなのに、今度は先輩に余計な心配を押し付けてしまいました。ごめんなさい」
「ジュスト君が謝る必要もないわよ。でも何か……せめて力になれることがあったら、言ってね。話を聞くだけしかできないけれど、いつでも聞くから」
「……ありがとうございます」
本当にありきたりな言葉しか伝えられなかったが、ジュストはリラックスしたように微笑んでお礼を言った。
その時、二曲目の音楽が流れ始めたのが聞こえ、二人とも合わせたように立ち上がる。
「すみません、先輩。二曲目が始まってしまいました」
「じゃあ、三曲目になったら一緒に踊りましょう?」
「はい、ありがとうございます。でも、アレンには怒られるな」
「ジュスト君もアレン君も人気者だものね。それなのに私がジュスト君の時間を二曲分もいただいてしまって、申し訳ないわ」
椅子を元の位置に戻して、出口に向かって歩き始めたジュストが笑う。
つられて笑いながらヴィヴィが答えると、ジュストは急に立ち止まった。
「ジュスト君?」
「……こんなことを訊くのは失礼だとわかっているんですが、ヴィヴィアナ先輩は、ランデルト先輩と正式に婚約されたんですか?」
「……まだだけど、どうして?」
「それは――」
「こんなところで何をしているんだ、二人とも?」
「兄上、その……」
「こんにちは、ジェレミア君。ちょっと二人でサボってたのよ」
突然、準備室のドアががらりと開き、ジェレミアが現れてジュストは慌てた様子だった。
そこでヴィヴィがにっこり笑って答える。
昨年、アンジェロがダンスの誘いから逃れるために、この部屋を利用していたからこその言葉だった。
そんなヴィヴィに、ジェレミアは皮肉げに笑い返す。
「ずるいな、僕はこんなに懸命に働いているというのに」
「あら、ジェレミア君もサボりに来たのかと思ったわ」
「違うよ。ちょっとパンフレットを取りに来たんだ。思いのほか、今年はなくなるのが早いらしくてね」
「手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。一人で十分だから僕が来たんだ。ありがとう、ヴィヴィアナさん」
「兄上、僕が半分持ちます!」
「大丈夫だって、ジュスト。お前は素直に交流会を楽しめばいいんだから」
両手で持たなければいけないほどにクラブ活動の案内パンフレットを持ち上げるジェレミアに、ヴィヴィもジュストも手伝いを申し出たが断られてしまった。
ただヴィヴィは、ジェレミアのジュストに対する態度にちょっと驚いた。
そのことに気付いたのか、ジェレミアが訝しげにヴィヴィを見る。
「ヴィヴィアナさん、どうかした?」
「ジェレミア君がお兄ちゃんだなあって思って……」
「は!?」
「兄上は兄上ですよ?」
ヴィヴィがしみじみと呟くと、ジェレミアは珍しく驚いたようで、ジュストは首を傾げる。
それがなんだかおかしくてヴィヴィは笑った。
以前のジェレミアはもっとジュストに距離を置いていたように思えたのだが、今ではすっかり普通の兄弟だなとヴィヴィは嬉しくなったのだ。
ジェレミアはどこか諦めた様子でため息を吐くと、ヴィヴィに向けてにっこり笑う。
その笑顔を見てつい警戒してしまったヴィヴィだが、ジェレミアからは意外なことを言われて驚いた。
「ヴィヴィアナさん、あとで僕と踊ってくれませんか?」
「……私と?」
「もう約束でいっぱい?」
「いいえ。もちろん喜んでお受けします。ただジェレミア君こそ、予約でいっぱいかと思ってたから」
「今回は始まる前からずっと本部席にいたからね。休憩を挟んだあとの六曲目のダンスはどうかな?」
「ええ、大丈夫よ。そういえば、ジュスト君ももうたくさん申し込まれているんじゃないの?」
「僕は会場で改めて申し込んでくださいって言っているので、まだ誰にも申し込まれていません」
「じゃあ、早く戻らないと、ジュスト君を独占してるって、女の子たちに恨まれてしまうわ」
冗談めかして言うと、ヴィヴィは出口へと向かった。
すかさず先にジュストがドアを開けてくれる。
ヴィヴィがお礼を言って部屋を出ると、続いて両手でパンフレットを持ったジェレミアも部屋から出た。
そして、ジュストと三人で会場に戻ったのだった。




