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魔法学園71

 

「ヴィヴィアナ君は――いや……ヴィヴィはケーキを食べないのか?」

「はい? あ、えっと……今日はちょっと胸がいっぱいで食べられそうになくて……」


 ランデルトに照れながら愛称で呼ばれ、ヴィヴィもまた照れながら答えた。

 どうやらヴィヴィがシフォンケーキに手をつけないのが気になったらしい。

 ヴィヴィも頼んだ以上は残したくなどないのだが、今のでますます胸が苦しくなる。

 両想いのはずなのになぜこんなにも苦しいのか、不思議になるほどだ。


「合宿での馬鹿な話ばかりしたから、胸が悪くなったんじゃないよな?」

「ち、違います。そういう意味ではないです……」

「そうか……」


 何がどう胸がいっぱいなのか、これ以上は言わせないでほしい。

 顔を真っ赤にして否定したヴィヴィの気持ちが伝わったのか、ランデルトは答えてしばらく沈黙が続いた。

 今度の沈黙は、おそらく周囲からの呪いで爆発する種類のものだ。


「で、では、俺がもらってもいいだろうか? その、少々腹が減ってしまって」

「も、もちろんです。――あ、でも一口だけ食べてしまっているので――!?」


 二人にとっては気まずい沈黙を破るためか、ランデルトの問いかけに、ヴィヴィは反射でお皿を差し出した。

 だがすぐに、一切れだけ無理に口に入れたことを思い出し、慌てて引っ込めようとしたが、ランデルトはそのままフォークをケーキに刺して一気に食べてしまった。


「あ……」

「うん、美味しいな」

「は、はい」


 けっしてお行儀の良い食べ方ではないが、それは男子によくあることなので気にならない。

 それよりも、ヴィヴィの使ったフォークをランデルトが口に入れたことに思わず声を出してしまったのだ。

 新しいフォークをもらってくる暇もなかった。


(いや、間接キスくらいで動揺するなんて、子供か、私は……!)


 ランデルトはまったく気にしていないらしく、ヴィヴィの動揺にも気付かない。

 自分に心の中で突っ込みながら、ヴィヴィは嬉しそうに笑うランデルトに微笑み返した。

 この世界では西洋風とでもいうか、手の甲や頬に挨拶でキスをすることは普通なので、そもそも間接キスという概念がないのだろう。

 やはりお行儀はよくないが。


 ヴィヴィはお茶を飲むランデルトの口元をちらりと見て、またまた真っ赤になった。

 これ以上は妄想が暴走する。

 そこで別のことを考えようとして、今さらヴィヴィはダニエレからの伝言を思い出した。


「あの、ダニエレ先輩から伝言を預かってます」

「ダニエレから?」

「は、はい。その、『ざまあみやがれ』と……」

「あいつ……!」


 ダニエレからの伝言と聞いて、険しい表情になったランデルトに怯みながらも、ヴィヴィはそのまま口にした。

 途端にランデルトの口からよくわからない言葉が次々に飛び出す。

 どうやらヴィヴィが初めて耳にする言葉のようだ。

 間違いなく汚い言葉なのだろう。


 どうしたらいいかわからず困って微笑むしかできないヴィヴィだったが、ランデルトはひと通り悪態をついてようやく我に返ったらしい。

 わざとらしく咳払いをしてヴィヴィの様子を窺い、嘘臭い笑みを浮かべた。

 ランデルトでもこんな表情をするのだなと、新たな発見をした気分になる。


「その……本当にすまない。また女性に聞かせてはいけない言葉を口にするなんて」

「いえ、謝る必要はありません。ただ、どういう意味なのですか?」

「えっ!?」

「今のはまったく知らない言葉ばかりでしたので、気になります」

「い、いい、いや! 知ってはダメだ!」


 本来ならこんなことを訊くべきではないのだろうが、からかってみたくなったのだ。

 しかも、まったく聞いたことがないので本気で知りたい。

 何度も思ったことだが、この世界にはネットがないので、あとで調べることもできないのが残念である。

 だが当然、ランデルトが教えてくれることはなく、話題は別のものへと移り、寮へと帰る時間になってしまった。


「先ぱ……いえ、あの、ラ、ランディ……? 今日はありがとうござい……先輩?」


 寮まで送ってくれたランデルトにお礼を言おうとして、二人きりでは愛称で呼ぶことを思い出したヴィヴィは呼び直した。

 しかし、ランデルトがその場に蹲ってしまったので焦る。

 さすがに照れているとわかるのだが、こちらまでさらに恥ずかしくなってしまう。


「……いや、ランディで頼む」

「は、はい……」


 どうにか気を取り直したランデルトは立ち上がり、それでもヴィヴィから目を合わせないまま頼んだ。

 ヴィヴィも了承したものの、改めて呼ぶのは恥ずかしすぎる。

 だが、これも慣れだと言い聞かせ、小さく息を吸ってやり直した。


「ラ、ランディ、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」

「ああ、俺も……ヴィ、ヴィヴィと過ごせて楽しかった。また新入生歓迎交流会が終わったら、休みの日に遊びに行こう」

「はい!」


 ランデルトの誘いにヴィヴィは恥ずかしさも忘れて、元気よく返事をした。

 次に会うのは交流会の準備で忙しく、五日後の約束をしていたのだが、デートの約束までできたのだ。

 今日はかなりの上出来である。


 ヴィヴィはランデルトを寮の前で見送り、スキップしそうな勢いで部屋に戻った。

 そして、今日の出来事をミアに嬉々として話した。

 ミアもきゃあきゃあ言いながら聞いてくれ、二人で女子中学生のごとく悶える。


 食堂ではマリルに会い、またきゃあきゃあ言いながら盛り上がり、部屋に戻るのが遅くなってしまった。

 ミアはお風呂の用意をして待っててくれたので、すぐに入って寝支度をする。

 それからベッドに横になったヴィヴィは、今日一日ですっかり疲れてはいたが、心は興奮していてなかなか眠れなかった。


「ランディ……」


 ベッドの中で一人呟いてさらに悶え、ランデルトとの会話を一から思い出し、ヴィヴィは反省しつつも楽しんだ。

 そこでふと、ランデルトが口にしていた言葉が再び気になってきてしまった。


 汚い言葉をもしミアが知っていたとしても、教えてはくれないだろう。

 マリルやアルタに訊くわけにもいかない。

 しかし、好奇心が収まらないヴィヴィは、今度フェランドに会ったら訊こうと決めた。

 全ては無理だが、最初の二つは覚えている。

 その結論に満足して、ヴィヴィは眠りについたのだった。




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