魔法学園68
新学期が始まった翌日からはさっそく授業も始まった。
魔法学科なだけあって、授業の半分以上は魔法学の授業である。
もちろんこの五年間は基礎魔法学をしっかり学んできたので、魔法科では応用学を中心に学ぶことになるのだが、やはり最初は基礎の復習からだった。
当然のことながら、魔法科の生徒は基礎魔法――火や水や風を操ることが簡単にできる。
少し難易度の高い光を灯すこともでき、ヴィヴィはさすがだなと感心していた。
これから一年間で自分の特性を把握し、さらに特殊魔法を習得していくのだ。
特殊魔法とは、昨日ダニエレが使っていた防音魔法や幻惑魔法、治癒魔法などのことである。
ヴィヴィは特に難易度の高い治癒魔法を習得したかった。
まだ自分にその能力があるのかはわからないが、もし習得できれば魔法薬の開発に有利になるはずだからだ。
さらには、ランデルトが今回のような怪我をした時にだって、治療ができる。
もちろん今回は治癒師の治療を受けているはずだが、ヴィヴィに治癒魔法を扱えればもっと早く治せたかもしれない。
何より心配をかけたくないなどと思ってほしくなかった。
(まだまだ、お互い遠慮だらけだものね……)
ランデルトとは今日の放課後に食堂で待ち合わせているが、ひと月ぶりに何を話せばいいのかわからず、ヴィヴィは緊張していた。
せっかく打ち解けることができるようになったと思ったのに、振り出しに戻った気がする。
怪我をしたこともダニエレに聞いたものの、ランデルトはヴィヴィに知られたくなかったらしいのに、話題にしてもいいのか悩む。
お昼休みになって、ヴィヴィはいったん悩みを忘れることにして、アルタと午前中の授業について話していた。
そこにジェレミアとフェランドがやって来る。
「やあ、ヴィヴィアナさん、アルタさん、久しぶりだね。ここ、いいかな?」
「どうぞ、ジェレミア君。お久しぶり。ついでにフェランドも」
「こ、こんにちは、ジェレミア君、フェランド君」
「ついでかよ。相変わらず冷たいな、ヴィヴィは。アルタさんも大変だろ、ヴィヴィは怖いから。俺はいつもいじめられていたんだよ」
「い、いえ、そんなことないです!」
アルタは隣に座ったフェランドに、顔を真っ赤にしながらも答えた。
それを見て、ヴィヴィは眉を寄せる。
「フェランド、私の大切なアルタに変なことを言わないで。アルタが困っているじゃない」
「だが、ヴィヴィが冷たいのは事実だろ」
「フェランドに対してだけね」
ヴィヴィとフェランドのやり取りに慣れていないアルタはおろおろしていたが、ジェレミアは噴き出した。
それから不本意そうなヴィヴィに笑いを堪えながら言う。
「やっぱり寂しいな、このやり取りが聞けなくなったのは。僕の毎日の楽しみだったのに」
「毎日じゃないわよ。それに悪趣味だわ」
「大丈夫、悪趣味なのは自覚しているから」
「そうなの?」
「そうだよ」
意外な言葉に驚くヴィヴィに、ジェレミアはにっこり微笑んで答えた。
すると、フェランドが同意して頷く。
「今さら驚くことじゃないだろ、ヴィヴィ。悪趣味じゃなければ、俺を実行委員に推薦したりしないし、自分から執行部に入ったりしないんだから」
「あら、フェランドを実行委員に推薦したのは、いいことだと思うわ。去年もその手腕を惜しみなく発揮していたじゃない。でも今年は魔法科が勝つわよ」
「はあ? ヴィヴィ、何言って――」
「それよりも、悪趣味だとは思わないけど、ジェレミア君が執行部に入ったのは意外だったわ」
「無視かよ」
「そうかな?」
「そうよ」
フェランドの言葉をさらに無視して、先ほどとは逆の立場でヴィヴィとジェレミアは応答をした。
無視されたままのフェランドを心配して、アルタがちらりと視線を向けると、当人は微笑んで気にしていないことを伝える。
「もちろん、ジェレミア君に不足があると思っているわけじゃないのよ? 十分なくらい能力もあるわ。だけど……」
「だけど?」
「あまり目立つことは好きではないかと思ってたから」
「まあ、そうだね。だけど去年、ヴィヴィアナさんが補助委員として活動しているのを見て、生徒会も面白そうだなと思ったんだよ。政経科は補助委員の経験者もいなかったしね」
「確かに、すごくやりがいがあることは間違いないわ。雑務も多くて投げ出したくなることも多いけど」
ヴィヴィは去年の自分の仕事を認められたようで、嬉しくて微笑んだ。
ジェレミアはヴィヴィに微笑み返してから「それに……」と続ける。
「ヴィヴィアナさんは自分の夢に向かって頑張っているだろう? 魔法科に進むのも勇気が必要だったと思う。そんなヴィヴィアナさんを見ていると、僕も頑張ろうと思ったんだ」
「……夢を叶えるために?」
「どうかな? 少し違うかもしれない」
「なんだか難しそうね」
「かなりね。でもヴィヴィアナさんに初めて会った時に言われたことの延長だよ」
そう説明されて、ヴィヴィはゲームのことを思い出した。
だが今のジェレミアは、あの頃と大きく違う。
「楽しい?」
「……ぼくなりに満足しているよ」
「お前ら、何の話だよ?」
ヴィヴィとジェレミアの会話に、フェランドが不満そうに割り込んだ。
そこではっとしたヴィヴィは、アルタに申し訳なさそうな笑みを向ける。
「ごめんね、アルタ。退屈だったでしょう?」
「え? ううん」
「僕も謝るよ、アルタさん。せっかくヴィヴィアナさんとお昼を楽しんでいたのに、割り込んで、申し訳なかったね」
「いいえ、大丈夫です! むしろ楽しかったです!」
「だから、俺には何もなしかよ……」
ヴィヴィどころかジェレミアにまで謝罪されてしまったアルタは、顔を真っ赤にして答えた。
二人の会話の意味はさっぱりわからなかったが、アルタにとってはこの空間にいられるだけで満足だったのだ。
マリルを加えたヴィヴィたち四人組は、アルタたち一般生にとっていつも特別な憧れの存在だった。
今だって、羨望と嫉妬の視線を感じる。
それが怖くもあるが、誇らしくもあった。
「じゃあ、私たちはもう行くわね。ジェレミア君、フェランド、ごゆっくり」
「ありがとう、ヴィヴィアナさん。またね、アルタさん」
「は、はい」
「やっと俺を思い出してくれたようで嬉しいよ、ヴィヴィ。じゃあな。アルタもまたな」
「はい」
ジェレミアたちがやって来た時には、ヴィヴィたちはほとんど食べ終わっていたので、もう食事は終わっていた。
とはいえ、アルタにとっては、ジェレミアたちが現れてからは、無理やり飲み込んでいたので少々お腹が苦しい。
トレーを返却口に置いて、ヴィヴィとともに歩き出したアルタは大きく息を吐いた。
「本当にごめんね、アルタ。つまらなかったでしょう?」
「ううん、本当に楽しかったわ。ずっと憧れていた光景に自分が入れたんだもの。お腹も胸もいっぱいよ」
「憧れてた光景?」
「ヴィヴィとジェレミア君とフェランド君と一緒に楽しそうに話している姿。マリルがいなかったのが残念だけど」
「ああ……。くだらない内容でがっかりしたでしょう? いつもあんな感じなの」
「だから、逆に楽しかったの」
「それならよかった」
ヴィヴィはほっとして笑った。
アルタの言葉で、自分たちがどう見られていたか思い出したのだ。
すっかり慣れてしまった周囲からの視線も、そういえば久しぶりにたくさん感じたなと思う。
やはりジェレミアと一緒にいると目立つのだろう。
「さて、午後からはいよいよ特殊魔法の授業ね」
「そうよね。とはいえ、最初は原理解析だから退屈そう」
「同感。眠気との戦いな気がする」
話題を変えたヴィヴィに、アルタはため息交じりに答えた。
ヴィヴィも大いに同意して、二人で笑いながら教室に戻ったのだった。




