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魔法学園64

 

 長期休暇も終わり、いよいよ新学期。

 ヴィヴィは今までにないくらいに緊張しながら、学園に登校した。

 入学式の時もここまでではなかったと思う。

 あの頃のほうがまったく未来が見えなかったのに、希望でいっぱいだったのだ。

 将来が徐々に明確になってきている今のほうが、不安な気持ちになるのがヴィヴィには不思議だった。


 クラス名簿が貼り出されている掲示板の前に立って、ヴィヴィは魔法科クラスに記載された自分の名前を見つめた。

 本当にこのクラスでよかったのかとまた不安に襲われる。

 クラス名簿が貼り出されるのは六回生までで、七、八回生は持ち上がりのためにない。

 その時、クラス名簿の中に、ジェレミアのお茶会で仲良くなった三人の名前を見つけ、ヴィヴィはほっと息を吐いた。


「おはよう、ヴィヴィアナさん。ついに、クラスが別れてしまったね」

「おはよう、ジェレミア君。寂しいけれど、これでお別れじゃないわ。それにジェレミア君のお陰で新しいクラスにもうお友達がいるもの。ありがとう」

「どういたしまして。――とは言っても、僕は何もしていないよ。ヴィヴィアナさんの気取らない明るい性格のお陰じゃないかな?」


 クラス名簿を見上げているヴィヴィの後ろから、ジェレミアが話しかけてきた。

 ヴィヴィはにっこり微笑んで挨拶を返し、今感じていた気持ちを伝えた。

 すると、ジェレミアは励ましの言葉をくれる。


「ありがとう、ジェレミア君。なんだか勇気をもらえたわ」

「勇気?」

「新しい一歩を踏み出す勇気よ。やっぱりちょっと不安だったの」

「それは意外だな。入学式の時には僕にあれだけの啖呵を切ったのに」

「思い出させないで……。あれは若気の至りというか、怖いもの知らずだったのよ。でも、後悔はしていないわ。こうしてジェレミア君と仲良くなれたんだから」

「……そうだね。僕も、その若気の至りには感謝しているよ」


 ゆっくりと掲示板の前を離れ、会話をしながら教室のある新しい棟へとヴィヴィとジェレミアは向かった。

 しかし、魔法科クラスと政経科クラスは棟が違うので、分かれ道にさしかかると二人とも足を止めた。


「よかった。てっきり面倒な女だなって思われたんじゃないかって心配だったの」

「まあ、それは少し……」

「ええ? ジェレミア君、そこは『そんなことないよ』って言うところよ」

「そんなことないよ、ヴィヴィアナさん」

「遅いわよ」


 白々しく言い直すジェレミアに突っ込んで、ヴィヴィは笑った。

 ジェレミアもすぐに一緒になって笑い、それから少しだけ真剣な口調で続ける。


「でも、本当に感謝しているんだ。確かに面倒なことも多いけど、もしもあのまま意地を張って誰ともろくにかかわりを持とうとしなければ、この五年間はとてもつまらないものになっていただろうからね」


 それは自分も一緒だ。

 ヴィヴィがそう言おうとしたその時、ひと月ぶりの声が聞こえた。


「おはようございます、ジェレミア様」

「――おはよう、ジゼラさん」

「ジゼラさん、おはよう。久しぶりね」

「あら……。おはよう、ヴィヴィアナさん。確か、ヴィヴィアナさんは魔法科クラスだからあちらの棟よね? では、ジェレミア様、ご一緒しましょう」

「ああ……うん。じゃあ、ヴィヴィアナさん、またね」

「ええ、またね。ジェレミア君」


 政経科と家政科は同じ棟のため、強引にジゼラはジェレミアを誘って行ってしまった。

 聞こえてくる声から、どうやら先日のお茶会を欠席してしまったことを謝罪しているらしい。

 ヴィヴィはドヤ顔のジゼラと困り顔のジェレミアをちょっとだけ見送って、新しい棟へと向かいかけた。

 そこに新たな声がかかる。


「おはようございます、ヴィヴィアナさん」

「アルタさん、おはよう」


 ジェレミアのお茶会で仲良くなったアルタとは、二日前に寮に戻ってからも会えば話をするようになっていた。

 心強い友達を得たヴィヴィは、教室へと向かう足取りも自然と軽くなる。

 そして魔法科クラスに入ると、なぜか教室がざわついた。

 いったいどうしたのかと思ったヴィヴィに、アルタがそっと耳打ちする。


「ヴィヴィアナさんがこのクラスだってことに驚いているんです。噂では聞いていたけど、みんな信じていなかったみたいですね」

「そうなの?」

「はい。私もお茶会までは信じられませんでしたから」


 アルタにそう言われて、ヴィヴィは客観的に考え、それも仕方ないかと思った。

 学園内で――世間で、自分が今までどう思われていたかは知っている。

 名門バンフィールド伯爵令嬢で、ジェレミアの婚約者候補。

 なかにはジェレミアにジゼラを奪われたために、やけになってランデルトと付き合い始めたなんていう噂も耳に入っていた。


 周囲がなんて言おうとどうでもいいわ、と強気でいられればいいのだが、前世の小心者ヴィヴィではこの空気は重荷である。

 本当にアルタが一緒にいてくれてよかったと思いながら、ヴィヴィは気にしてませんと笑顔を取り繕った。

 クラスはもう半分くらいの生徒がいて、中には生徒会で一緒だった男子もおり、手を振って挨拶をする。


 それから、席順は決まっていないようだったので、アルタと隣り合って座った。

 その後、他の生徒からは遠巻きにされていたが、お茶会で仲良くなった男子二人がまた声をかけてくれ、アルタとともに挨拶をしたヴィヴィは始業まで乗り切ることができたのだ。


(ジェレミア君には、何かお礼がしたいな。何がいいだろう……?)


 担任の先生が今日一日の予定を告げているのを聞きながら、ヴィヴィは考えた。

 午前中は各委員を選出して、その後、魔法科の課程説明を受けるらしい。

 午後には例年通り入学式を終えた新入生との対面式がある。

 対面式と聞いて、ヴィヴィは思わず顔を上げた。

 先生が何か特別なことを言ったわけではなく、ただの条件反射のようなものだ。


 魔法科は魔法騎士科と同じ棟なので、何人もの騎士科の上級生――体つきが違うのでわかる――を見かけたが、今朝はランデルトに会うことはなかった。

 それどころか、実はこの長期休暇の間、一度もランデルトと会うことはできなかったのだ。


 手紙のやり取りはあったが、それも四回。

 合宿から帰ってきたと知らせてくれた手紙はあったのだが、そこに会おうとは書かれていなかった。

 ヴィヴィからさり気なく誘ってはみたのだが、忙しいらしくやんわりと断られてしまい、ヴィヴィはかなり落ち込んだ。

 それが今朝の憂鬱の一番の原因だろう。


(ひょっとして、先輩はもう私のことが好きじゃなくなったのかも……)


 徐々に距離を置いて自然消滅を狙うのは、前世でもよくある手だった。

 それが別れたい側からすれば、一番楽な方法なのだろう。

 ヴィヴィも前世で二度ほどその戦法を取られたことがある。

 忙しい、時間がない、などを理由に会わない日々が続き、連絡の回数が減り、しばらくしてから風の噂で彼に新しい彼女ができたらしいと聞く。

 これもまたヴィヴィの耳に入るように、わざとだったのかもしれない。

 そこまで思い出して、はっとした。


(先輩はそんな卑怯な人じゃないわ!)


 ランデルトならば、気持ちが離れたのなら正直に言ってくれるはずだ。

 生徒会は新学期が始まる前にも何かと用事があったのだ。――さすがに補助委員に声がかかることはなかっただけで。

 そう思うと、ヴィヴィの憂鬱は晴れていき、前向きになったのだった。




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