魔法学園63
長期休暇に入って十日。
会えない時間が想いを募らせるとはよく言ったもので、休暇に入る前のヴィヴィの悩みなどなかったかのように、今はただランデルトに会いたかった。
(今、先輩からプロポーズされたら迷うことなく受けてしまうわ)
そう考えて、ヴィヴィは自嘲した。
たったの十日、姿を見ることができないだけで、もうこんなに寂しいのだ。
先輩が卒業してしまったら、どれだけの気持ちになるのかと、ヴィヴィは怖かった。
魔法騎士科の生徒は卒業すると見習い期間が一年あるのだが、どの部隊に配属されるかはわからない。
もし遠くの部隊に配属されてしまったらと思うと、今から不安になる。
この十日で手紙のやり取りはまだ一回だけ。
本当は毎日でもヴィヴィは手紙を出したかったが、きっと他の生徒の手前、ランデルトは困ってしまうだろうと思い、我慢していた。
(ああ、もう手紙を出してから五日も経つのに……)
前もって聞いていた合宿場所を地図で見つめながら、ヴィヴィはため息を吐いた。
王都からそこまで離れている場所ではないので、ヴィヴィの手紙が届くのに二日も三日もかからないはずだ。
手紙が届いてからすぐに返事を書いてくれれば、今頃は届いていてもいいはずである。
(先輩って、筆不精だった……?)
本人はそうは言っていなかったが、自覚がないだけかもしれない。
普通なら恋人には毎日せっせと手紙を書いてもいいのではないかと思うのだが、それともそれは乙女思考なのだろうか。
もう一度ため息を吐いた時、ミアから声がかかった。
「お嬢様、そろそろお出かけのお時間です」
「え? もうそんな時間なのね。わかったわ」
そう言ってヴィヴィが立ち上がると、ミアが厳しい目でチェックする。
これからジェレミアとジュスト主催のお茶会のために、王宮へと向かうのだ。
今日は途中でアソニティス伯爵家へ寄って、マリルと一緒に行くことになっていた。
どうせ馬車で揺られているうちに、またリボンは歪むだろうに、ミアは丁寧に直してくれる。
そうして屋敷を出たヴィヴィは、マリルと合流した。
「マリル、久しぶりね。そのドレス、すごく似合ってて可愛いわ」
「ありがとう、ヴィヴィ。四日ぶりね。ヴィヴィのその髪型もすごく似合っている。いつもより、大人っぽい感じ」
「ありがとう、マリル。今日はジュスト君たちもいるから、ちょっとお姉さんぶってみたの」
二人でこのドレスのここが可愛い、鞄のリボンがアクセントになっていて素敵など、おしゃれについてあれこれ話しているうちに、王宮に到着してしまった。
王宮でも執務棟のあるほうではなく、以前訪れた時の庭に面した離宮へと馬車は誘導されたようだ。
離宮の入り口では数人の侍従が立っており、そのうちの一人にヴィヴィとマリルは会場へと案内された。
「いったい、今日は何人くらい招待されていているのかしらね?」
「ジェレミア君は私たち以外にはフェランドと、あと男子二人と女子を二人を招待しているって言ってたわ」
「珍しいわね、ヴィヴィやジゼラさん以外に女子を招待するなんて」
「マリルも招待されているじゃない」
「まあ、それはそれということで。じゃあ、ジュスト君は何人招待したのかしら。アレン君はご実家に帰っているのよね?」
「ええ、そうよ。片道三日もかかるそうで、長期休暇くらいでしか帰れないからって。小さいのにすごいわ。私はミアがいてくれたからまだよかったけど、一人で入寮している子は特に寂しいでしょうね」
ヴィヴィは付き添ってくれているミアと、マリルの侍女をちらりと振り返り見て呟いた。
二人の会話は小声でされているので、他には聞かれていないだろう。
本来ならば、ここで王子殿下を「君」呼びはできない。
地方から出てきている子たちは本当にすごい、とヴィヴィは思っていた。
魔法科のクラスでは、そんな子たちがたくさんいるのだ。
甘やかされた自分が本当にそんな中でやっていけるのか、また心配になってきたが、今はそれを押し込める。
その時、侍従が「こちらでございます」と言って扉を開けた。
瞬間、ヴィヴィもマリルも息を呑んだ。
「まあ!」
「素敵ね!」
開かれた扉の向こう側はサンルームになっており、さらには温室へと続いているらしく、目の前には緑豊かな木々が見えた。
そこへタイミングよく、サンルームからジェレミアとジュストが現れる。
「ようこそ、ヴィヴィアナさん、マリルさん」
「ヴィヴィアナ先輩、マリル先輩、来てくださって嬉しいです!」
「ジェレミア殿下、ジュスト殿下、今日はお招きくださり、ありがとうございます」
「このような素敵なお茶会へご招待いただき、大変光栄でございます」
ジェレミアとジュストに、ヴィヴィもマリルも侍従の手前、恭しく挨拶をした。
その態度にジュストは少し面食らったようだが、ジェレミアは楽しんでいるのかにやりと笑う。
「今日は無礼講なんだ。だから、学園と同じように頼むよ」
「そうですよ、先輩。畏まったやり取りなんて、つまらないですから」
「では、お言葉に甘えまして。――温室でお茶会をするの? とても素敵ね」
「そうなんだ。今の時期は特にこの温室の花々が見事に咲いていてね。だからぜひみんなに見てもらおうと思って」
「それは楽しみです。前回のテラスへと続くお部屋も素敵でしたけれど、まさか緑の中でお茶会ができるなんて」
二人の王子の言葉に、ヴィヴィもマリルも素直に従って言葉遣いを改めた。
するとジュストがヴィヴィへと腕を差し出す。
「どうぞ、ヴィヴィアナ先輩」
「ありがとう、ジュスト君」
ジュストはこの一年でかなり背が伸びたらしく、ヴィヴィをエスコートするのにそこまで不自然ではなくなっている。
ジェレミアはマリルに腕を差し出し、四人でサンルームを通り抜け、温室へと足を踏み入れた。
そしてヴィヴィとマリルはまた息を呑んだ。
温室にはジェレミアの言う通り、見たこともないような花が色とりどりに咲いていて、一面の緑の中にアクセントを加えている。
さらに中央には噴水があり、その周囲にいくつかのテーブルがセッティングされていた。
もう招待客はほとんど集まっているらしい。
その中にフェランドの姿もあり、二人の女子と話していた。
ヴィヴィはその女子生徒の顔を見て軽く驚いた。
直接話したことはないが、確か二人とも平民出身のはずだ。
「ジュスト、先に僕の招待客からヴィヴィアナさんとマリルさんを紹介していいかな?」
「はい、お兄様」
ジェレミアの言葉に、ジュストは素直に頷き、ヴィヴィをフェランドたちの方へと連れていってくれる。
フェランドたちも近づいてくるヴィヴィたちに気付いて話をやめ、向き直った。
「ヴィヴィアナさん、マリルさん、こちらはアルタさんで今度魔法科に進級するそうなんだ。そしてこちらがリンダさん。彼女は家政科に進級するらしい。二人とも同じクラス委員長としてこの一年、何かと僕を助けてくれたんだ」
そう言ってジェレミアが紹介した二人はヴィヴィもマリルも顔は知っているが話したことはない相手だった。
二人ともジェレミアの紹介に顔を赤く染め、もごもごと何か言っている。
「そしてこちらがマリルさんで、今度家政科に進級するんだ。魔法祭の実行委員を今年はしていたんだよね? それからジュストと一緒にいるのはヴィヴィアナさん。今年は生徒会補助委員をしていて魔法科に進級予定だよ」
「よろしくね、アルタさん、リンダさん。ジェレミア君、紹介してくれてありがとう」
「ありがとう、ジェレミア君。私たち、寮で顔を合わせたことは何度もあるのに、話したことはなかったものね」
ヴィヴィもマリルも二人の女子生徒に紹介されたことにお礼を言い、二人に挨拶をした。
特にヴィヴィは魔法科に進級する女子に知り合いがいなかったので、とても嬉しい。
どうやらリンダもマリルを紹介されてほっとしているようだ。
家政科は貴族子女が多いのでかなり不安だったのだろう。
マリルの温厚な笑顔にさっそく癒されているらしい。
「おい、俺は無視かよ」
「君は今、ここに必要ないだろう?」
「ジェレミア。お前な、招待客に対して失礼だぞ」
ずっと無視されていたフェランドが不満の声を上げたが、ジェレミアが冷たく対応する。
結局、文句を言いながらもフェランドは笑い、みんなで笑った。
次に紹介された男子二人も元クラス委員長で、魔法科に進学予定だった。
それからジュストの友達たちにも紹介され、みんなで年齢も身分も関係なく、その日は楽しんだ。
ヴィヴィは新たに四人も同学年の友達ができたことが嬉しく、またそのうち三人は魔法科へ進級ということで、新しいクラスへの不安が解消されていた。
リンダにしても、マリルという友達ができたことで、おそらく安心しただろう。
ジェレミアは主催者らしく常にみんなに気を配り、さらにはジュストをさり気なくフォローしていた。
そんな様子を見ていたヴィヴィは、このお茶会の目的に気付き、心からジェレミアを尊敬し、感謝したのだった。




