魔法学園60
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
ランチを食べた後は少しだけ周辺を散策して、帰りの途についたヴィヴィは、屋敷に戻ってからも、ほうっと吐息を漏らしてばかりだった。
あの夢のようなデートはベッドに入っても、頭の中で何度も再生される。
そして始まる反省会。
自分は変な発言をしなかっただろうか。
ランチを食べる時に、お行儀悪いところを見せていないだろうか。
ランデルトは楽しいと思ってくれたのだろうか。
などなど、心配事は尽きない。
実家に帰った時の常で、明日はそのまま学園に登校するのだが、生徒会会議もないので、ランデルトに会えるかどうかはわからない。
父に約束した通り、夕刻前にはきちんと伯爵邸へ送り届けてくれたランデルトだったが、見送る時はとても名残惜しかった。
それを口に出すこともできず、お礼の言葉を口にして、ヴィヴィは微笑んで見送ったものの、もうすでに会いたい気持ちが募っている。
(でも、今日の明日で、魔法騎士科に会いに行くのは、引かれるよね……)
しかも魔法騎士科の階に女子生徒がいれば、かなり目立つらしい。
そのため、騎士科の生徒と付き合っている女子は、いつも待ち合わせ場所を決めているというのは、友人情報だ。
(そもそも、みんなそれをどうやって決めてるの? 秘密の暗号? 旗信号?)
自分が魔法学室から紅白の旗を闘技場に向けて振っている姿を想像し、ヴィヴィは一人笑った。
何度も思ったことだが、前世ならスマホですぐに連絡が取れたのだ。
そのことに慣れてしまっているヴィヴィには、魔法があってもこの世界は不便極まりない。
(うう、文明の利器が憎い……。いっそのこと、研究所で通信制度改革の研究をするのもいいかも……)
そこまで考えて、魔法薬よりもとうてい無理だとすぐに諦めた。
また明日になったら、その友人にみんなはどうやってやり取りをしているのか訊くことにする。
幸いなことに、明後日には生徒会会議があるので会える。
会ったら今日のお礼を言って……と考え、やはり明日のうちにお礼の手紙を書くべきかと悩んだ。
そこでふと、それはどこのビジネスマナーだと思い直し、やはり会った時にしようと決めた。
(やっぱりスマホがあればいいのになあ。今日は楽しかったですって、伝えられるもんね……。でも、手紙だと重すぎる気がする)
ただ、この世界では手紙のやり取りが常識なので、ヴィヴィの受け取り方とは違うかもしれない。
それならば、明日になったミアに訊いてみたほうがいいだろう。
新たな結論が出たところで、疲れも出てきたのか、ヴィヴィはようやく眠りにつくことができた。
そして翌日。
先輩に会えないのは残念だが、魔法学の授業があるので覗くことはできる。
それもあって上機嫌で登校したヴィヴィは、教室に入ると真っ直ぐ席に着いた。
お礼の手紙に関しては、必要ないとミアからアドバイスをもらっている。
もし学園内で会うことがあれば、直接言えばいいのだと。
その時のミアのニコニコ顔が気にはなったが、まあいいかと素直に受け取ることにした。
やがてマリルが教室に入って来ると、すぐにヴィヴィへと向かってきた。
「おはよう、ヴィヴィ。昨日はどうだった?」
「おはよう、マリル。あのね、すっごく楽しかったわ。また後でいっぱい話を聞いてね」
「もちろんよ。今日はそれを楽しみに来たんだもの」
マリルには前もって教えていたので、デートの結果が当然気になるらしい。
そこにフェランドが割り込んできた。
「ヴィヴィ、昨日何かあったのか?」
「……おはよう、フェランド。たとえ聞こえたとしても、女子の会話に入り込むのは無粋だと思うわ」
「おはよう、ヴィヴィ。気になる女性のことは何でも知りたいっていう男心を理解してくれよ」
「それってすごく素敵に思えるけど、一歩間違えばストーカーね」
「スト……? 何て言ったんだ?」
「ううん、何でもない。とにかく、昨日はランデルト先輩と一緒に出かけたの。その話よ」
思ったままを言葉にしたヴィヴィだったが、この世界にない言葉は上手く発音できなかったらしい。
フェランドに訊き返されて、慌ててヴィヴィは話題を戻して誤魔化した。
「へえ、どこに行ったんだ? 今後の参考にさせてもらうから、教えてくれよ」
「場所はもったいないから秘密。でもピクニックに行ったの」
「ピクニック? それって嬉しいのか?」
「嬉しいに決まっているじゃない。そもそも私、王都から出たことがなかったから、すごく楽しかったわ」
ピクニックと聞いて訝しげにフェランドは眉を寄せた。
まだまだ女心がわかっていないなと思いながら、ヴィヴィが答えると、それまで黙っていたジェレミアが口を挟む。
「それに、好きな人とならどこでも楽しいよね?」
「ちょっ、ジェレミア君! からかわないで!」
その内容にヴィヴィは真っ赤になって抗議したが、そこで本鈴がなったために中途半端になってしまった。
ヴィヴィが睨むと、ジェレミアは楽しそうにくすくす笑う。
先生が入ってきたので、仕方なく授業に集中し、次の魔法学の授業ではランデルトを覗いてヴィヴィはすっかり機嫌を直していた。
お昼休みになると、マリルに詳しい話をして二人できゃっきゃっと騒いだ。
その後、授業が終わり寮に戻ったヴィヴィは、部屋に入って驚いた。
「どうしたの、このお花?」
「ランデルト様からの贈り物でございます」
「先輩から!?」
部屋には黄色やオレンジのガーベラの花束が届いていたのだ。
その送り主を聞いて、ヴィヴィはさらに驚いた。
「昨日のデートが楽しかったとのお礼の品ですわ」
「お礼? でもお礼をしなければならないのは、私のほうだわ。とても楽しく過ごさせていただいたんだもの」
「お嬢様なら、そうおっしゃると思いました。ですが、デートの後は男性から女性に花束を贈るのが慣習ですから」
「では、このお花のお礼はどうすればいいの? 幸い明日にはお会いできるけど、お礼の言葉だけでいいの? 何かお返しは?」
「それは、次にお会いする時に頂いたお花を髪やドレスに飾り、お礼の意を表すのです。または、造花や頂いたお花をモチーフにしたアクセサリーを身に着けたりもいたします。ですから、もっと親しい間柄になった場合には、花束と一緒にその花をモチーフにしたアクセサリーを贈られることもあります」
「そうなのね……。今までそういうことに興味がなかったから知らなかったわ」
婚活しなければと意気込んで好きな人を探していた頃のヴィヴィは、その後のことなど考えていなかった。
だがこんなにロマンチックな風習があるなど、スマホがないからこそなのかとも思う。
ミアはこのことを予想して、今朝はニコニコしていたのだ。
「このガーベラ……昨日のお花と似ているわね」
「さようでございますね。ランデルト様もきっとそう思われて、このお花を選ばれたのではないでしょうか?」
「そうだとしたら、すごく素敵だわ……。じゃあ、明日はちょうど会議があってお会いするし、お花を飾ればいいのよね? でも、お水がないと早く萎れてしまうわね……」
ヴィヴィはガーベラの花束を手に持って喜びに顔を輝かせたが、習わし通りにすると花が早く萎れてしまうことに気付いた。
しかし、ミアは安心させるように微笑む。
「お嬢様、ご心配には及びません。確かにこのお花を飾ることも素敵ですが、ガーベラをモチーフにした髪飾りをお嬢様はお持ちですもの。明日はそちらをお使いになれば、ランデルト様にもしっかりお気持ちは伝わるはずでございます」
「ああ、あれね! あれなら可愛いし、学園につけていっても違和感もないものね。ありがとう、ミア」
「私もとても嬉しいですから」
「ミア、大好き!」
優しいミアの言葉に、ヴィヴィは思わず抱きついた。
そんなヴィヴィの背中をミアは軽く叩いてから、お花を生けましょうと促した。
そして、花を生けたヴィヴィは服を着替え、このこともマリルに報告しようと足取り軽く、食堂へ向かったのだった。




