魔法学園55
珍しい店構えの並ぶ通りに、ヴィヴィとマリルは大通りを歩いていた時以上に、きょろきょろと周囲を見回して楽しんだ。
そしてしばらく歩くと、フェランドが立ち止まった。
「ここに一度、マリルを連れてきたかったんだよ。絶対、マリルたちだけなら入らない――というより、気付かない店だろ?」
フェランドが指さす店を見ると、軒先にはたくさんの異国情緒あふれる布地が吊るされており、確かにマリルが興味を持ちそうだった。
しかもフェランドの言う通り、絶対にマリルやヴィヴィは知ることもなかっただろう。
お店を見ただけでマリルは顔を輝かせ、フェランドはドヤ顔になっている。
ヴィヴィも見るだけは楽しいので店内に喜んで入ると、布地だけでなく刺繍糸などがたくさん陳列されていた。
マリルが歓喜の声を上げなかったのが不思議なくらいだ。
ヴィヴィもしばらくは珍しくて眺めていたが、そこまで手芸が好きな――というより苦手なためか、少々飽きてきてしまった。
だが、マリルは当分満足しそうにない。
「ヴィヴィアナさん、違うお店に行こうか?」
「でも……」
こっそり声をかけてきたジェレミアの言葉に惹かれはしたが、あんなに喜んでいるマリルの品選びを中断させるのは申し訳ない。
そう思ったヴィヴィに、ジェレミアは安心させるように加えた。
「マリルさんにはこのまま残ってもらって、フェランドに任せれば大丈夫だから。違うお店っていうのは、数軒先にあるんだ」
「……フェランドは退屈じゃないかしら?」
「そう見える?」
「――わかったわ。お願いしてもいい?」
「もちろん」
マリルは夢中になっているので、ヴィヴィたちが出ていっても気付かないだろう。
フェランドはヴィヴィとジェレミアのほうを見て、手をひらひら振ってみせる。
この会話をわかっているようだ。
ヴィヴィがお願いすると、ジェレミアは笑顔で頷いた。
一応はマリルに気を使って、こっそり店外へと出ると、護衛が待機している。
その横を通り過ぎて本当に数軒隣のお店の前で、ジェレミアは立ち止まった。
「ここなの?」
「うん」
何の看板も出ておらず、一見してお店のようには思えない。
不思議そうに首を傾げたヴィヴィを楽しそうに見て、ジェレミアはドアを開けた。
途端にカランカランと大きなベルの音が鳴り、ジェレミアに続いて店内に足を踏み入れたヴィヴィは息を呑んだ。
「――すごいっ!」
店内はたくさんのガラスのケースに水が張られ、色とりどりの魚が泳いでいた。
ヴィヴィの実家にはないが、貴族の屋敷で観賞魚が飼われているのは知っている。
王宮には専用の池があり、ヴィヴィもジェレミアに招かれた時には喜びはしゃいでしまったほどだ。
ちなみに、ヴィヴィの実家で観賞魚が飼われていないのは、母親が「あの鱗がダメなの……」と言って苦手としているからである。
「前回、お茶会に招待した時に、すごく喜んで魚を見ていただろう? だから、好きかなと思って」
「ええ、大好きよ。昔は私も――」
「うん?」
「あ、いえ。お家で飼いたいってお願いしたことがあったんだけど、お母様が苦手でダメだったから」
「なるほどね。伯爵ほどの方が屋敷で飼っていないのは、そういうことなんだ」
「そうなの」
思わず前世で飼っていた金魚のことを話しそうになって、ヴィヴィは焦った。
慌てて誤魔化しの話題を持ち出すと、ジェレミアは訝ることもなく納得したようだ。
ほっとしたヴィヴィは店内を改めて見回し、ジェレミアへと振り返って問いかける。
「こんなに素晴らしいお店なのに、どうして大通りにお店を出していないのかしらね?」
「ああ、それは簡単だよ。大通りに店を構えても客が入らないからね。この店は王侯貴族を相手にしているから、実際に買い付けにくるのも使用人なんだよ」
「なるほど……」
庶民にとっては、魚は食べるものであって、飼うものではないのだろう。
とすれば、大通りで店を開いても無駄なだけだ。
「じゃあ、どうしてジェレミア君は知っているの? それに、お店の人は?」
どこかに人の気配はするが、店員さんが出てくる様子はない。
魔法か何かで空気が出ているらしい石がぶくぶくと音を立てるだけで、店内は静まり返っている。
ランプの明かりも色を変えているらしく、どこか幻想的な雰囲気だった。
「基本的には使用人が買いにくるけど、貴族の中には愛好家も多いらしくて、自ら出向く人たちもいるんだよ。そういう人たちが好きなだけ見て回れるように、お店の人は声をかけないと奥から出てこないんだ。僕は学園に入学してから、王宮に帰る途中で侍従のアントニーに無理を言って街中をよく案内してもらってたからね。アントニーは物知りで、色々教えてもらったんだ」
「ジェレミア君が寄り道をするなんて、ちょっと意外かも。でもこんな素敵な場所を知ることができるんだから、無理を言ってしまうのも仕方ないわよね」
前世で言うなら熱帯魚ショップだが、まさかこの世界にもあるとは知らなかったヴィヴィは、色々な魚を見ながらも自然と笑顔になっていた。
ずっと昔、金魚すくいで手に入れた数匹のうち生き残ったのはたったの一匹だったけど、その一匹は七年も生きたのだ。
愛情もしっかり湧いていたので、死んでしまった時にはかなり泣いた。
懐かしい思い出に少し悲しみも混じってガラスケース――水槽を覗いていたヴィヴィは、あっと小さく声を上げた。
あの金魚のような魚が優雅に泳いでいる。
「ヴィヴィアナさん、どうしたの?」
「この魚……金魚みたいで」
「金魚? 赤いけど?」
ジェレミアが不思議そうに赤い魚を眺める。
ヴィヴィはその疑問ももっともだと思い、くすくす笑った。
「本当に……赤いのになぜ金魚なのかしら?」
「ええ? ヴィヴィアナさんが訊くの?」
「その……何となく思い浮かんだから……」
「気に入ったのなら飼ってみる? 寮でもこれくらいの魚なら許されるんじゃないかな?」
「うーん。心惹かれるけど、やめておくわ。自分では世話をできる自信がないし、侍女のミアに押しつけるのも申し訳ないから」
「そうか。確かに、世話をするのは大変だろうからね……」
ジェレミアが赤い魚をじっと見て呟いたところで、フェランドとマリルがやってきた。
フェランドは来たことがあるようで、マリルだけが喜びの声を上げる。
ただヴィヴィほどの興味はないようで、ざっと店内を見ると、満足したようだ。
それからお店を出ると、そろそろ帰ろうかと馬車に乗り、四人は学園に戻ったのだった。




