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魔法学園53

 

「クラーラ先輩、ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう、ヴィヴィアナさん」


 準備に追われているうちに卒業式の日はあっという間に訪れ、ヴィヴィは裏方として忙しく働いた。

 そしてようやくクラーラに個人的にお祝いを言うことができたのだ。

 クラーラはたくさんの花束を持ったまま、不器用にヴィヴィを抱きしめた。


 卒業生たちはまだ制服で、この後一度寮へと戻り、卒業パーティーのために着替えなければならない。

 その短い時間で在校生たちはお世話になった卒業生たちにお礼を言ったり、プレゼントを贈ったりしている。


「ヴィヴィアナさんとは短い付き合いだったけど、とても楽しかったわ。また社交界で会えるのを楽しみにしているわね」

「こちらこそ、お世話になりっぱなしで、何もできませんでしたが、楽しかったです。本当にありがとうございました」


 ヴィヴィにとっては、クラーラは一番身近な憧れの女性になっていた。

 もっと早く親しくなれていればと思わずにはいられない。

 だが、クラーラの言う通り、これが別れではないのだ。

 ジュリオとはこの度正式に婚約を発表したため、当然卒業パーティーは二人で出席する。

 ただ結婚式は一年後に挙げるらしい。


「ヴィヴィアナさんに私からこんなことを言うのもおかしいかもしれないけど、ランデルトのことをよろしくね」

「え?」

「ランデルトはしっかりしているんだけど、ちょっと真面目すぎるところがあるから……。頭が固いとでも言えばいいのかしら? とにかく、たまに自己完結して暴走するの。面倒くさいところもあるけど、どうか付き合ってあげてね」

「……はい」

「あとね、どうにもならなくなったら、叩いてでも蹴飛ばしてでもいいから」

「はい?」


 最初は二人の仲を疑ったヴィヴィだったが、今はクラーラが幼馴染みというより、姉的立場でランデルトのことを見ているのがわかる。

 そんなクラーラの言葉にしんみりと答えていたヴィヴィだが、予想外のことを言われて驚いた。

 淑女の鑑とまで言われる優等生のクラーラの口から出た言葉とは思えない。

 ヴィヴィが呆気に取られていると、クラーラはくすくす笑った。

 そこにランデルトがやって来る。


「クラーラ、ヴィヴィアナ君に何を言ったんだ?」

「ランデルトの小さい頃の話」

「おい、クラーラ――」

「冗談よ。今まで平気だったくせに、ヴィヴィアナさんの前ではかっこつけたいのね」

「お前だって、ジュリオに知られたくないことの一つや二つ――」

「ないわよ」


 ランデルトの言葉をあっさり切り捨てて、クラーラはヴィヴィアナに向き直った。

 その表情は真剣だ。


「あのね、ヴィヴィアナさん」

「は、はい」

「ランデルトはね、生真面目で頑固で筋肉馬鹿だけど――」

「おい」

「優しくて純粋で馬鹿だから、見捨てないであげてね」

「結局、馬鹿かよ!」


 二人のやり取りにヴィヴィが笑うと、ランデルトはばつの悪そうな顔をした。

 妬いてしまいそうなほど仲が良い二人だが、幼馴染みとはいえ、学園を卒業すれば今までのように気安くは付き合えないのだ。

 そう思うと、ヴィヴィまで寂しくなってくる。

 それからはジュリオが合流し、ヴィヴィはランデルトとともに祝いの言葉を述べると、裏方の仕事に戻った。


 そしていよいよ卒業パーティーが始まった。

 やはりクラーラとジュリオの二人が今年一番のカップルであり、皆の注目を集めている。

 ヴィヴィは何かトラブルがあればいつでも対応できるように待機しながら、会場を二階席からぼんやりと眺めていた。

 来年、あそこに――ランデルトの隣に自分は立っていられるのだろうかと考えながら。


 今週末はマリルやフェランド、ジェレミアと街へ遊びに行く約束をしているが、来週末はランデルトと出かけるのだ。

 しかもヴィヴィは一度実家に戻り、そこにランデルトが迎えに来てくれるのだから、緊張してしまう。

 ランデルトらしく、たとえ友達でもご家族にきちんと挨拶をしてから、連れ出すべきだと考えているらしい。


(本当に、真面目よね……)


 もちろん不満があるわけではない。

 こんなに大切にしてもらえるなど、ヴィヴィにとっては初めてで戸惑ってしまうほどだ。

 ただ、あれから卒業式の準備に追われ、結局は今までと何一つ変わっていないことが気がかりだった。


(でも、たとえお父様から恋人として認められたとしても、ランデルト先輩がいきなり変わる?)


 答えはNOだ。

 十中八九、今と変わらないだろう。

 しかし、このままヴィヴィが六回生になって生徒会執行部に入らなくても、堂々と会える。

 なぜなら父親公認の友達だからだ。


(たぶん……正式に婚約するまでは、手を繋ぐこともないのよね……)


 ランデルトは交際届出書を提出するべきかと考えたくらいだから、他の校則にも目を通しているだろう。

 ということは『みだりに触れてはならない』も守るはずだ。


(もどかしいわ……)


 この世界では、男友達と恋人との違いがよくわからない。

 気持ちの問題としか言い様がないのだ。

 ヴィヴィはランデルトが好きで、ランデルトはヴィヴィを好きだと言ってくれる。

 これだけが、二人の間の確かなことだった。

 だからといって、今すぐ婚約しようと言われても困ってしまう。

 自分がランデルトに値する人間だとは思えない。


(私が今、誇れるのは家柄だけ。でもそれは、私の力で得たものじゃないもの……)


 今まで学園でも不自由なく過ごせたのは家名と、ジェレミアの親しい友人という立場。

 ジェレミアの盾になっているつもりだったが、最近になってヴィヴィも守られていたのだと気付いた。


(私って、馬鹿だわ。偉そうに説教していて、自分のことはちっともわかっていなかったんだから)


 しかし、これからはジェレミアと離れてしまう。

 もちろん、マリルやフェランドとも。

 魔法科で新しい友達を作り、そして研究所に入るために勉強も頑張らないといけないのだ。


(でもそれが大人になるってことだし、ランデルト先輩に相応しくなるためには必要なことだものね)


 ランデルトは今のヴィヴィを好きだと言ってくれているが、その気持ちを自信を持って受け止められるようになりたい。

 来年、ランデルトの隣に自信を持って立っていたい。

 会場の陰でスタッフと話しているランデルトを見つめながら、ヴィヴィは強く決意していた。




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