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魔法学園51

 

 カウンターには四人で向かい、それぞれ飲み物と焼き菓子を頼んで受け取ると席に着いた。

 そして、なぜジュストとアレンがあれほどに驚いていたのかを訊く。

 どうやら昨晩の男子寮での騒ぎは、すでに就寝していた低学年の子たちも目を覚ますほどだったらしい。

 だが規則で部屋から出ることはできなかったので、騒ぎの原因を知ったのは今朝になってからだったとか。

 しかも、その内容がヴィヴィとランデルトが付き合い始めたというもので、ジュストもアレンも直接確かめずにはいられなかったと言うのだ。


「実はね、昨日の放課後、先輩から申し込まれてお受けしたの」

「そうだったんですね。間違いだったらいいなって思ったんですけど……でもまだ婚約したわけじゃないんですよね?」

「え? ええ、そういうのは……まだよ」

「では、僕にもまだチャンスはありますね! 兄上もそう思うでしょう?」

「……そうだな」


 正直に答えたヴィヴィの言葉に、ジュストはがっかりしながらも希望を口にした。

 ヴィヴィも何となくジュストやアレンの気持ちは察していたが、初恋というか憧れのようなものかなと考えるようにしていたのだ。

 もちろん前世の自分にも経験があり、軽く考えたりはしていない。

 ジェレミアも少しだけ返事に詰まり答えたので、ジュストたちの気持ちを馬鹿にしたりなどしていないのだと嬉しくなった。

 ただ、どうしても気になることがある。


「ところで、ジェレミア君。その、昨夜の騒ぎって、いったい何があったの?」

「ああ、あれね……。魔法騎士科の先輩たちは少々荒っぽくてね、一か所に集まると何かと……騒がしいんだけど、昨夜は特に……大騒ぎになってたんだよ。僕たちもさすがに何かあったのかと食堂に様子を見に行って……」

「何なの?」

「いや、その……騎士科の先輩たちが『ランデルトに彼女ができるとか、ありえないだろ!』って叫んでたんだ」

「ええ?」

「その相手がヴィヴィアナさんだっていうのも、信じられないって嘆いているんだか、絶叫しているんだかで、僕たちも二人が……付き合い始めたらしいと知ったんだ。まあ、舞踏会でパートナーを組んでたから、あり得ないわけじゃない。騎士科と違って、他のみんなはそう冷静に考えたみたいで。それでも、半信半疑で今朝はみんなヴィヴィアナさんに注目してたんだよ」

「そうだったのね……」


 ヴィヴィは今までジェレミアと行動を共にすることが多かったので、変な誤解を与えてしまっていたのはわかるが、なぜランデルトに彼女ができるのがそこまで信じられないのかは理解できなかった。

 あれほどに誠実で素敵な人はいないというのに。


「それで、今朝は騎士科の人たちはみなさんが怪我をされていたのですね」

「え?」

「騎士科の方たちはよく怪我をされていますけど、全員が全員っていうのは、初めて見ました」

「全員?」


 ジュストとアレンの言葉に、ヴィヴィは首を傾げた。

 確かに、今朝のランデルトは怪我をしていたが、いつものことだと言っていたので、てっきり訓練中のものかと思っていた。

 だが考えてみれば、訓練中での怪我なら学園に所属する何人かの治癒師がある程度は治してくれるはずだ。


「まあ、はっきり言ってしまえば……全員で殴り合いをしていたんだよ、昨夜は」

「全員で殴り合い……」


 どうやらジェレミアはヴィヴィに気を使って「騒いでいた」と遠回しに言ってくれていたようだが、ジュストとアレンの言葉で誤魔化すのを諦めたらしい。

 ため息交じりのジェレミアの説明に、ヴィヴィは呆気の取られてしまった。


「だけど、ランデルト先輩のことはきっかけてあって、あれは卒業前の最後のお祭り騒ぎだったんだと思うよ」

「そうですね。僕は部屋にいたのに、たくさんの笑い声が聞こえてきましたから」

「うん。今朝は八回生の騎士科の先輩たちも楽しそうにしてたよね。怪我をしてたのに」


 驚くヴィヴィのためにか、ジェレミアは慰めるように続けた。

 そして、ジュストとアレンが同意して頷く。

 とりあえずヴィヴィは、男子とは理解できない生き物だということだけは理解した。

 おそらく男子からすれば、女子も似たようなものだろう。


「ジュスト君、アレン君、それにジェレミア君も、色々教えてくれてありがとう。よくわかったわ」

「僕のほうこそ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 気を取り直したヴィヴィが三人にお礼を言うと、ジュストとアレンも嬉しそうに返事をした。

 だがジェレミアだけは申し訳そうな笑みを浮かべる。


「ちょっと余計なことを言いすぎてしまって、ごめんね。でもまあ、男子寮ってそんなものだから」

「でも色々な人がいて、すごく楽しいですよね。兄上ともこうしてお話できるようになるとは、思っていませんでしたし」

「――そうだな」

「僕も最初は家族と離れて寂しかったんですけど、今はジュストもいるし、友達もいっぱいいて、もう寂しくないんです」

「そうね。私も寮での生活はとても楽しいわ。男子にはとても言えないようなことが女子寮にだって起こるのよ」

「ええ? そうなんですか? たとえばどんなことが?」

「それは秘密よ、ジュスト君」


 ヴィヴィは女性ならではの謎めいた笑みを浮かべて答えた。

 寮生活は色々と面倒なことも起こるが、楽しいこともたくさんあるのだ。

 特にこの三人にはいい影響を与えているようで、ヴィヴィは安堵していた。


 本当はもっと一緒に過ごせたらいいのだが、今日は生徒会の仕事がある。

 しかも、ランデルトには早く会いたいような、恥ずかしいような複雑な気持ちで少しだけ足が重い。

 それでもやっぱり会いたいと思う気持ちが強かった。


「それじゃあ、私はそろそろ行くわね」

「ヴィヴィアナ先輩、今日は突然押しかけてすみませんでした」

「でも、またクラスに遊びに行ってもいいですか?」

「もちろんよ。ジュスト君、アレン君。楽しみにしているわ」


 そう言って立ち上がったヴィヴィのトレーを、ジェレミアがさっと手に取る。


「これは僕がついでに片づけておくから、大丈夫だよ。また明日、ヴィヴィアナさん」

「――ありがとう、ジェレミア君。また明日ね」


 生徒会の仕事があることをジェレミアは知っているが、ジュストとアレンに気を使わせないように口には出さずにいてくれることに、ヴィヴィは感謝した。

 そして、ジェレミアの好意に素直に甘えて、立ち上がって見送ってくれる三人に手を振り、食堂を出ていく。

 始業前に少し話をしたとはいえ、やはりランデルトと改めて顔を合せるのは緊張する。

 ヴィヴィは途中で化粧室に寄り、鏡でしっかりチェックをすると、深呼吸を何度かしてから生徒会室へと向かったのだった。





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