魔法学園50
この日、学園から各家や王宮へと届けられる〝至急〟と記された書簡の数は、過去最高であり、学園配達人はへとへとになっていた。
もちろんその中の一通はヴィヴィから実家へ宛てられたものである。
父は毎日王宮に上がるわけではないので、実家へ送るのが一番間違いないのだ。
学園配達人も忙しない一日だったが、学園全体が落ち着かない日だった。
今までにも色々な醜聞や権力争いなどで、学園内が騒がしくなることはあったが、今回ばかりは次代の国王と王妃に関わるであろうことである。
ヴィヴィは諦めながらも、ジェレミアに対して申し訳ない気持ちになっていた。
これでもう自分が盾になることはできないのだ。
一度きちんと話をしたいとは思うが、今日はそれも叶いそうにない。
ここまで騒ぎにならなければ、もっと前もってゆっくりと話ができたのにと思いながら、帰りの支度をしていた。
結局、今日は朝の挨拶以外にジェレミアと普通の会話さえできていない。
それが寂しくもあったが、これからは当たり前になるのだろうと、ヴィヴィは気持ちを切り替えた。
そこへ、可愛らしい二人が飛び込んでくる。
「ヴィヴィアナ先輩!」
「ジュスト君、アレン君、こんにちは」
「あ、こんにちは。あの、ヴィヴィアナ先輩がランデルト先輩とお付き合いを始めたって、本当ですか!?」
「いつからですか!?」
ストレートなジュストとアレンの質問に、ヴィヴィは怯んだ。
それでもきちんと答えるべきだと口を開きかけたヴィヴィだったが、ジェレミアに先を越されてしまった。
「ジュスト、アレン君も。個人的な話題を公共の場であまり口にするものではないよ。たとえおめでたいことでもね」
「ご、ごめんなさい、ヴィヴィアナ先輩」
「ごめんなさい」
「ええ、許すわ。でも次からは気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
「これからは気をつけます」
ヴィヴィとしては、ここまで騒ぎになってしまったので、今さら気にはしていない。
だが、ジェレミアの言うことは正しく、ここで大丈夫だと言ってしまうとジェレミアを否定することにもなるのだ。
また今後のことを考えれば、先輩としてきちんとした対応をするべきだと、ヴィヴィは甘やかさずに、素直に謝罪した二人に許しを与えた。
そして笑顔に変えて提案する。
「ねえ、ジュスト君とアレン君が急いでいなければ、食堂で何か飲み物を一緒にどうかしら?」
「喜んで!」
「はい! 大丈夫です!」
二人はぱあっと顔を輝かせて頷いた。
食堂は放課後も開かれていて、軽食を提供してくれているのだ。
これはお茶会などの社交の練習になったり、寮での食事まで我慢できない男子のためにと色々役立っている。
「じゃあ、少しだけ待っていてもらえるかしら?」
「はい」
ヴィヴィは二人にそう告げると、急いで隣のクラスに行き、まだ教室に残っていた生徒会補助委員の男子に声をかけた。
彼はヴィヴィとランデルトの仲が良いことは知っていたので、付き合っていると噂になっても態度は変わらない。
ヴィヴィが少し仕事に遅れると伝言を頼んで自分の教室に戻ると、食堂へはジェレミアも一緒に行くことになっていた。
「四人でなんて初めてね」
「そうだね。でも面白いかと思って」
「僕は兄上も一緒で嬉しいです」
「僕も、です」
ヴィヴィの言葉に、ジェレミアはいつもの微笑みで、ジュストは少し興奮気味に、アレンは恥ずかしそうに答えた。
今まではマリルも一緒だったのだが、今日は手芸クラブのある日で、もうすでに教室を出ている。
学園にはいくつかのクラブがあるが、ヴィヴィは興味のあるものがなかったので所属していない。
「では、行こうか」
「ええ」
「はい!」
「はい」
ジェレミアに三人で答え、教室を出る。
クラスにまだ残っている者たちは、四人がこれからするであろう話が気にはなるようだが、自分たちも食堂へと行くことはあからさますぎてできず、もどかしい思いをしているようだ。
教室を出ると、廊下にいた生徒たちは驚いたようにヴィヴィたちを見た。
そこで、ヴィヴィはやはりと思う。
「ジェレミア君は意地悪ね」
「……そうかな?」
「そうよ。みんなを混乱させて楽しんでるわ」
「迷惑?」
「いいえ、私は大丈夫よ。ジェレミア君のことは信用しているもの。だから一緒に楽しむわ」
階段を下りる時になってジュストとアレンが先に行き、ジェレミアと並んだのでヴィヴィは小声で話しかけた。
すると、ジェレミアは珍しく悲しげな顔をして問いかけてくる。
騙されるものかと思いながらも、ヴィヴィはありのままの気持ちで答えた。
「……ありがとう、ヴィヴィアナさん」
「ヴィヴィアナ先輩、兄上、何の話ですか?」
「――友達と一緒に過ごすのは、楽しいなと思って。ジュスト君とアレン君もすっかり仲良くなったわよね?」
「はい。アレンは僕の知らないことをいっぱい知ってて、一緒にいてすごく楽しいんです」
「逆だよ。ジュストのほうが僕の知らないことをたくさん知ってるんだから」
「お互いを助け合い、支え合えるのが友達だよね。僕はフェランドにはよく助けられているし、ヴィヴィアナさんには支えてもらってるからね」
「あら、支えてもらってるのは私のほうだわ」
微笑ましい二人の主張に、ジェレミアも頷く。
ヴィヴィがそんなジェレミアの言葉に答えて四人で笑った。
結局、友達自慢になってしまったのだ。
そのまま和やかに会話しながら食堂に入ると、その場にいた全員が驚いたように四人に注目した。
一日もあれば当然女子生徒にも噂は広がっている。
それなのに相変わらず、ヴィヴィはジェレミアと楽しそうに一緒にいるのだから、皆が混乱するのも当然だろう。
そのうち二人は友人だとの結論に落ち着くだろうが、それまではヴィヴィもこの騒ぎを楽しむことにしたのだった。




