魔法学園46
生徒会の女子の先輩と寮に帰るまでの間、ヴィヴィはふわふわと雲の上を歩いている気分だった。
それでもまだ先輩がいる時はどうにか普通に振る舞えていたが、部屋に帰った途端に、ヴィヴィは制服のままベッドに飛び込んだ。
「お嬢様!?」
ミアが驚きの声を上げるが、答えることもせずにヴィヴィはじたばたとベッドの上で悶えた。
信じられない。
本当に信じられなくて、夢ではないのかとヴィヴィは頬を何度もつねった。
だが確かに痛い。
「――ミア、私、ランデルト先輩から告白されたの!」
「まあ! おめでとうございます!」
「ありがとう!」
言うだけ言って、またヴィヴィはベッドでごろごろ転がって悶えた。
この興奮を抑えるにはどうしたらいいのかわからない。
普段はこんなお行儀の悪いこともしないのだが、今日はミアも許してくれている。
そこで、ちらりとミアを見ると、にこにこ笑って自分のことのように嬉しそうにしていた。
ミアは小さい時からずっと傍にいてくれた、ヴィヴィにとって大切な家族だ。
「ミア、聞いてくれる?」
「もちろんですとも!」
「じゃあ、着替えながら話すわ。はしゃぎすぎて制服がしわになっちゃった。ごめんね、ミア」
「いいえ。おめでたいことですもの。それに、実は詳しくお聞きしたくてうずうずしておりました」
制服がしわになって困るのはミアなので謝罪すると、ミアは首を振って悪戯っぽく笑った。
何歳になっても、立場が違っても、恋バナは女子の共通話題である。
「あのね、いつものように生徒会室で二人きりで作業していた時にね、いきなり先輩が立ち上がって、私の足元に跪いたの!」
「まあ! 跪かれたのですね! 素敵です!」
「そうなの! それでね、右手を左胸に当てて、私に『俺の恋人になってほしい』って!」
「きゃあああ! あの方が! あの、無骨で堅物で生真面目な方が!」
「――え? そうかな?」
「あ、いえ。私も侍女同士の噂でしか存じ上げないのですが……」
興奮しすぎたミアがつい口にした言葉に、ヴィヴィはちょっとだけびっくりした。
ヴィヴィにはとても優しく、冗談も言って笑わせてくれるが、真面目なのは間違いなく、鍛錬場での姿は勇ましいので、周囲にはそのような印象を与えているのかもと思った。
実際は、ヴィヴィ以外に対して――というよりも男子に対してはミアが言う以上に公平だが厳しいのだ。
また生徒会以外の女子は近づかない。
「でも確かに、普段の先輩の姿からは想像できないかもしれないわね。すごく騎士然としていらっしゃって、それでいてとてもお顔を赤くしていらしたもの」
「ああっ! わかりました! 以前、お嬢様がおっしゃっていた〝ギャップ萌え〟の意味が私にもわかりました!」
「そうなの! もう、本当にそうなの! だって、私のことを独占したいって! 一緒にいたい、傍にいたいって、言ってくださったのよ! そ、それに……す、好きだって!」
「きゃあああ! なんて情熱的なんでしょう!」
あの時のことを思い出したヴィヴィは、もう耐えられないとばかりに赤くした顔を両手で覆って、ソファにうずくまった。
寮で過ごすための普段着に着替え終わっているので、しわの心配もない。
ミアはといえば、夢中になっているので制服を片づけることも忘れて、その場で足踏みをしそうなほどに興奮している。
「そ、それで……お嬢様は何とお答えになったのですか?」
「それが……恥ずかしくて……私も一緒にいたいとか、傍にいたいとしか言えなかったの……」
「十分でございます!」
「そうかな?」
「はい! それだけでお嬢様のお気持ちは伝わりますとも!」
ミアに太鼓判を押されて、ヴィヴィはほっとした。
今まで付き合うにしても、自分の気持ちを伝えなかったことはなかったので、心配だったのだ。
「それなら、いいんだけど……。その、ちゃんと私も伝えようとしたのよ? だけど、途中でアンジェロ先輩が入ってきてしまって……」
「ああ、アルボレート伯爵家の……」
「ええ。そこから続きと言われても、無理でしょう?」
「まったくその通りでございますね。あのお家の方は皆様一様に癖がおありになるそうですから、仕方ありませんわ」
アンジェロの話をすると、ミアは心なしか顔をしかめた。
ランデルトは魔女四姉妹だと言っており、アルボレート伯爵家の謎が深まるばかりである。
ちなみに王宮では太陽のバンフィールド伯爵家、月のアルボレート伯爵家と呼ばれ、どちらもかなりの影響力があるのだが、対局する両家の関係は意外にも良好であることは知られていない。
「お嬢様、今日のお食事はお部屋までお運びいたしましょうか?」
「ええ、そうね……。今はまだ人前でにやけずにいられる自信がないわ」
そう答えて、ヴィヴィはちらりと時計を見た。
おそらくまだマリルも食堂へは行っていないはずだ。
「ミア、申し訳ないんだけど、マリルにこの部屋で一緒に食事をしないかって誘ってきてくれないかしら?」
「かしこまりました」
マリルの部屋は同じ階にあり、それほど離れていないのだが、こういう場合は侍女を使いに出すのだ。
それこそSNSがあれば簡単なのにと、ヴィヴィはいつも思ってしまう。
とにかく、この喜びをマリルにも伝えたいのだが、食堂では興奮しすぎてきっとその場の人たちに宣言するも同然になってしまうだろうことが予想できた。
そのため部屋に誘うことにしたのだが、早く伝えたくてうずうずすると同時に、ヴィヴィはふと疑問が頭に浮かんだ。
(この世界の恋人同士って……何をするの?)
もちろん清い交際なのは間違いない。
またひと昔前なら恋人は婚約者と同義語であったが、今は婚約前のお試し期間のようになっている。
だから学園内で付き合っていても、別れる者たちもいるのだ。
そもそもランデルトと付き合っていることを友達に話してもいいのだろうか。
ミアとマリルは絶対に秘密を守ってくれるので、この二人だけには言わずにはいられないが、他の友達はどうしたらいいのだろうと、ヴィヴィは悩んだ。
だからといって、ランデルトに友達に話してもいいですか、とは訊けない。
(っていうか、明日からどんな顔で会えばいいのかわからないー!)
ヴィヴィは一人で足をじたばたさせて悶えた。
必死に前世での高校時代を思い出すのだが、おぼろげである。
社会人になってからは、特にこれといった変化はなく、ただ二人きりで出かけたり、すんなり大人の関係になったりしていたので、まったく参考にはならない。
さらには、二人の関係は秘密にしようなどと言われたことまで思い出してしまった。
あれは結局、前世のヴィヴィが浮気相手だったのだ。
(ちがーう! 余計なことは思い出さなくていいんだって!)
せっかくのピュアな気持ちに水を差してしまい、別の意味でヴィヴィは悶えた。
そして、マリルが了承してくれたとの返事を持ったミアが戻ってくるまでのわずかの間に、ヴィヴィは消耗してしまったのだった。




