魔法学園44
「私、魔法科に決まったわ」
「おめでとう、ヴィヴィ!」
「おお、マジか。よかったな」
「ヴィヴィアナさん、おめでとう」
面談室から教室に戻ったヴィヴィが、待っていたマリルに伝えると、マリルだけでなく、フェランドとジェレミアも祝ってくれた。
ヴィヴィは今、新しいクラス決定を伝えられるとともに面談をすませてきたところで、他の三人はもうすでに終わらせている。
ヴィヴィだけは特殊な例のため、面談も最後のほうに回され、担任の先生と魔法科の先生とを交えて話し合いが行われたのだ。
もちろん魔法科に進級が厳しいという話ではなく、本当に間違いないかという最終意思確認だった。
初めはそんなこととは知らず、順番が最後のほうに回されていたヴィヴィはかなり怯えて面談に臨んだ。
しかし、魔法科の先生は授業内容と、家政科よりも単位取得が難しいことを説明した上で、卒業後の進路なども教えてくれた。
どうやら魔法科の先生はヴィヴィのことを歓迎してくれているらしいことが雰囲気から伝わり、ヴィヴィはほっとしたのだった。
「でもマリルとクラスが離れてしまうのは、すごく寂しいわ」
「うん……。だけどお休みの日は、またお買い物とか一緒に街へ行きましょう?」
魔法科に進級できることが決まったのは嬉しいが、マリルとクラスが離れてしまうのはとても寂しい。
しかも課程がかなり違うため、合同授業もまずないだろう。
そう思ったヴィヴィにマリルは同意しながらも、励ますように提案した。
途端にヴィヴィの顔が明るくなる。
「そうね! でもそれよりもまず、今度のお休みはどう?」
「いいわね! じゃあ、行ってみたいお店があるんだけど――」
「はいはーい! それ、俺も参加しまーす!」
「却下」
二人の会話に入り込んできたフェランドの参加表明を、ヴィヴィはあっさり切り捨てた。
すると、フェランドが不満そうに言う。
「何でだよ、ヴィヴィ」
「だって、フェランドと一緒だと目立つもの」
「んなことないって。だって俺、毎週のように街に出てるけど、何もないんだから。なあ、ジェレミア?」
「まあ、そう、かな……?」
「ほら、ジェレミア君に無理やり言わせてる」
「んなことねえよ! ジェレミアだって、今まで一緒に出かけたことが何度かあるんだから!」
「そうなの?」
「うん。意外かな?」
「……何となく」
フェランドの言葉から新たに知った事実に、ヴィヴィは驚いた。
今学年から保護者なしで休日に街へ出ることができるようになったのだから、みんなそれぞれ楽しんでいたが、ジェレミアも同様だとは思わなかったのだ。
やはり立場的に難しいだろうと勝手に決めつけていた。
「じゃあさ、四人で出かけようぜ?」
「四人で?」
「そう。何だかんだで腐れ縁だったのに、来学年からは離れてしまうだろう? まあ、お別れ会ってのは寂しいから、進級祝いってことで」
「確かに、そういえばそうね……」
「ちょっと楽しそうかも」
「僕はみんながいいなら、いいよ」
「よし、決まりだな!」
みんなの意見がまとまりかけたところで、ヴィヴィはあることを思い出した。
元々が自分から言い出しておいて、断るのは気が引けるが仕方ない。
「ごめんなさい、やっぱり無理だわ」
「何でだよ、ヴィヴィ?」
「自分から誘っておいて申し訳ないんだけど、今度のお休みは卒業式前の準備で、生徒会は臨時登校なの」
「そういえば、そう言ってたわね」
「うん。ごめんね、マリル。二人も」
ヴィヴィが理由を言えば、以前に伝えていたからか、マリルも思い出したようだ。
だが、フェランドは気にした様子もなく、けろりと次の提案をした。
「何だ、それなら別の日にすればいいじゃねえか。この次の休みはどうだ?」
「それなら私は大丈夫」
「私も、実家に戻るのはその次だから大丈夫よ」
「僕も予定はないな」
「じゃあ、それで決まり」
結局、みんな次の休みも予定はなかったようで、腐れ縁が五年近くも続いた四人のお別れ会ならぬ、進級祝いの日程は決まった。
とはいっても、街に出かけて何をするのかはまだわからない。
五年も一緒にいて、四人で休日を過ごすのは、ジェレミアに王宮のお茶会に招待されて以来だなと思ったヴィヴィは、密かに楽しみになっていた。
自然と顔がほころんでジェレミアを見れば、同じように笑い返してくれる。
そのまま面談時間は終わり、自習時間という名の自由時間も終わって、生徒たちは解散となった時、ヴィヴィはジゼラに睨まれてしまった。
何度目かの席替えで、彼女とはすっかり離れてしまっているのだが、今の会話はしっかり聞かれていたようだ。
そこでふとヴィヴィは心配になって、ジェレミアに声をかけた。
「ねえ、ジェレミア君」
「何?」
「今のお出かけの話って、けっこう大きな声で言ってしまっていたけど大丈夫?」
「うん、何が?」
「えーっと、ほら、ジェレミア君が街に出るって、あまり知られないほうがよかったんじゃないかな? 危険じゃない?」
ヴィヴィもジェレミアやジュストの周囲が王位継承争いに躍起になっていることは知っていた。
ただジェレミアとジュスト本人は今のところ仲良しに見える。
第三王子の後見――ジゼラの実家はどう考えているのかわからないし、ジェレミアとジュストの後見も実はあまり仲が良くないとは聞いているが、学園では関係ないだろうとヴィヴィは静観していた。
それでも学園を出ると危険ではないかと思ったのだ。
「……心配してくれてありがとう、ヴィヴィアナさん。だけど大丈夫だよ。僕の行動を把握しようと思えば、外出届を提出する時点で知られてしまうし、他にいくらでも方法はあるんだから。それでも今まで何もなかったよ? そもそも危険があれば、僕は絶対にヴィヴィアナさんやマリルさんと出かけようとは思わない。二人を巻き込みたくはないからね」
「そっか……。うん、大丈夫ならいいの。あと、ありがとう」
「何が?」
「私たちのことを考えてくれて」
「当然だよ」
めったにない柔らかなジェレミアの微笑みに、ヴィヴィのイケメンセンサーが反応して、胸がきゅっとなってしまった。
ずいぶんイケメンには慣れてきたが、こういう不意打ちには弱い。
「えっと、それじゃあ……私、生徒会だから。あの、楽しみにしてるわね」
「うん、僕もすごく楽しみだよ」
ヴィヴィはどうにか微笑み返して手を振ると、生徒会室へと急いだ。
早くランデルトに会いたくなったのだ。
その背を見送ったジェレミアは、笑みを消して考えを巡らせた。
ヴィヴィアナとマリルを怖がらせないために、今まで以上の万全の警備体制を整えなければならない。
帰ってそのことを告げたら、アントニーに絶対にくどいほど文句を言われるだろう。
それでも楽しみにしてしまっている自分は本当に被虐趣味があるのではと思いつつ、ジェレミアは寮へと帰っていった。




