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魔法学園38

 

「休憩していてくれてよかったのに、一人で仕事をさせてしまったな。すまない」

「いいえ、こちらこそ足を運ばせてしまって申し訳ありません。ありがとうございます。えっと、お金を――」

「いや、いい! ここは払わせてくれ」

「ですが……」

「先ほど、迷惑をかけてしまったし、それに先輩の顔を立てると思って気にしないでくれ」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」


 カップに入った飲み物を持って帰ってきたランデルトは、いつもの調子に戻っていた。

 そこでヴィヴィは鞄からお財布を取り出そうとしたのだが拒まれてしまい、結局は甘えることにした。

 引き際は大切である。


「それで、先ほどのヴィヴィアナ君の質問なのだが……」

「っ!?」


 二人で作業机とは別の場所に移り、今度こそ休憩をしていたヴィヴィは、ランデルトの言葉に紅茶を噴き出すところだった。

 どうにか抑えることができたのは奇跡だ。

 しかし、慌てるヴィヴィの様子に、ランデルトは珍しく気付くこともなく、真っ赤になった顔を逸らしたまま、一度咳払いをして続けた。


「今まで考えたことがなくてな……」

「そうですよね」

「結婚そのものを」

「あ……」

「先にも言った通り、俺は四男だから家の心配はいらない。それに騎士団に所属すればどこに配属されるかわからないからな。何より……怪我も多い。だから魔法騎士科の者はほとんど考えていないんじゃないか? 中には女子と仲良くしたいとかってほざいているやつもいるが」

「……わかりました。あの、本当にすみませんでした」

「いや、謝罪の必要はないよ」


 ランデルトの言葉を聞いたヴィヴィは落ち込んだ。

 結婚を考えていないことにではなく、魔法騎士は危険な職業でもあるからだ。

 王都は安全ですっかり平和ボケしていたが、地方では時々魔物が出没して被害が出ている。

 それだけでなく、今は友好的でも、諸外国と摩擦が起きれば戦争ということだってあり得るのだ。

 ランデルトは怪我と言葉を濁してはいたが、命を落としてしまうことだってあるだろう。


 ヴィヴィはランデルトに恋をして夢ばかり見ていた自分が恥ずかしかった。

 将来についても、ヴィヴィは何となくで考えていたが、魔法騎士科の生徒はそこまで覚悟を持っている者がほとんどのようだ。

 ヴィヴィは改めて自分の甘さに気付いて反省した。


「実は、その、ヴィヴィアナ君に問われて、考えてみたんだ」

「余計な質問をしたばかりに、先輩を煩わせてしまって――」

「いや、本当に気にしないでくれ。何と言うか……新たな発見があったというか、将来について改めて考え直す機会になったよ」

「新たな発見?」

「ああ。だがまあ、まだきちんと答えは出ていないが……。ひとつだけはっきりしていることはある。たとえ結婚する機会があっても、妻は一人でいい。いや、一人がいい。俺はあまり器用な人間じゃないからな。……これで、質問の答えになっただろうか?」

「は、はい。あの、変な質問でしたのに、ありがとうございました」

「いや……うん。では、仕事を再開しようか」

「はい」


 二人ともぎこちなく会話を終わらせ、空になったカップを潰してゴミ箱へと捨てた。

 そして作業机に戻る。

 そこからは残りも少なく、それほどに時間をかけることなく仕事は終わった。


「いよいよ、魔法祭も明後日かー」

「そうですね。毎年楽しみにしているんですよ」

「今年は片付けもしっかりあるぞー」

「ああ……」


 背伸びをしながら言うランデルトに、ヴィヴィが嬉しそうに答えると、意地悪な笑みが返ってきた。

 もちろん片づけは全生徒で行われるが、指揮を執るのは生徒会であり、責任も重い。

 ヴィヴィがわざとらしく嘆くと、ランデルトが今度は楽しそうに笑う。

 そこへクラーラが顔を出した。


「終わったの?」

「ああ、どうにかな」

「ご苦労様。ランデルトはそれを生徒会室に移してくれるかしら?」

「俺一人かよ」

「どうせ体力が有り余ってるんだからいいじゃない。さてと、ヴィヴィアナさん、一緒に帰りましょう?」

「は、はい」


 ぶつぶつ文句を言いながらも結局は大きな箱に入れたプログラムを、ランデルトは一人で簡単に持ち上げた。

 ヴィヴィは手伝うほうが邪魔かなと思いつつ、クラーラに誘われて頷いた。

 そして窓を閉めると、ランデルトの鞄を持って生徒会室へとついていく。

 クラーラは会議室の戸締りをしてから生徒会室へと戻ってきた。


「じゃあ、帰りましょう。みんな、また明日ね」

「……失礼いたします」

「おお、気をつけて帰れよ」

「クラーラ、ヴィヴィアナさん、また明日ね」

「……」


 生徒会室に残っていたのは、会長とアンジェロで、どうやらランデルトはまだ仕事を続けるらしい。

 校舎の外では太陽は沈んだが、残照でまだかすかに明るい。

 それでもすぐに暗くなるだろう。

 そのため、女子は先に帰らせてくれるのだ。


 ここは素直に甘えて、クラーラと一緒に生徒会室を出た。

 二人で帰るのももう何度目かである。

 普段は何気ない話――授業や生徒会の話をするのだが、今日のヴィヴィは失敗ついでに、クラーラにも思い切ってずっと気になっていたことを訊くことにした。


「あの、差し出がましい質問だとは思うのですが、先輩と会長は……」

「ええ、何かしら?」

「こ、婚約はされているんですか?」

「しているわよ」

「え……?」


 周囲を気にしつつの質問に、クラーラはあっさりと答えてくれた。

 その軽さに思わずヴィヴィは驚いたほどだ。

 呆気に取られたヴィヴィを見て、クラーラがくすくす笑う。


「でもまだ秘密ね。まあ、もうそろそろ発表してもいい頃だとは思っているんだけど」

「はい。もちろん誰にも言いません。教えていただいて、ありがとうございます」

「それで、今日はランデルトと何かあったの?」

「え?」

「そうでなければ、ヴィヴィアナさんが今のような質問をしたりはしないでしょう? もしランデルトが失礼なことをしたんだったら、代わりにジュリオが殴っておくわよ?」

「い、いいえ。そうではなくて……」


 何かされたのではなく、したのだが、どう言えばいいのかわからない。

 ジュリオほどの人なら何人も妻を娶ってもおかしくはないだろうが、そのことをさすがにクラーラに訊くことはできなかった。

 そのため、どうしようかと迷ったあげく、端的に伝える。


「私がいきなり変な質問をしてしまったんです。その、ランデルト先輩は結婚をどのように考えていらっしゃるのかと」

「まあ! ランデルトにその質問をするなんて、素晴らしいわ。それでランデルトは何と答えたの?」


 ヴィヴィの告白に、クラーラは嬉しそうな声を上げた。

 そして、わくわくしながら答えを待っている。


「……それが、今まで結婚を考えたことがないと」

「ああ、ランデルトらしいわね。やっぱり殴っておいてもらおうかしら」


 不満そうに言うクラーラの言葉に、ヴィヴィは焦った。

 これ以上、ランデルトを被害者にはできない。


「で、ですがランデルト先輩は魔法騎士になると大変だからと。それでも後で将来について改めて考え直すつもりだとおっしゃっていました」

「そうなの!? でかしたわ、ヴィヴィアナさん。まあ、色々と面倒くさい人だけど、どうかよろしくね?」


 慌ててヴィヴィが話を続けると、クラーラは満足したのか、なぜか褒められ、ランデルトを託されてしまった。


「え? あの……?」

「私ね、ヴィヴィアナさんが生徒会に入ってくるまでは、もっと打ち解け難い人だと思ってたわ。でもこうして一緒に仕事をするうちに、とっても素敵な人だと知ったの。むしろ、もう少し自信を持ってもいいと思うくらい謙虚よね?」

「いえ、そんな――」

「ほら、そこよ。だけどまあ、学園では自由とはいえ、家同士のしがらみとかあって何かと難しいわよね。それでも、この学園で培ったものは社交界に出た時に絶対に無駄にはならないわ。だからお互い、頑張りましょうね」

「――はい」


 戸惑うヴィヴィに、クラーラは先入観でヴィヴィを見ていたことを謝罪し、そして励ましてくれた。

 結局、ヴィヴィは賛同して頷いたが、やはりクラーラもジュリオとの将来に多少なりとも不安があるのではないかと感じた。

 それからの二人は、明後日に迫った魔法祭の話題に移り、あれこれと話しあったのだった。




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