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魔法学園36

 

 いつもは温和なクラーラが、なぜか迫力ある笑みを浮かべて会議の終了を告げると、執行部員たちは驚くほど早くその場から消えた。

 ヴィヴィが鞄に筆記具や資料を仕舞って顔を上げると、すでにランデルト以外の姿がない。


「――え?」

「どうした?」


 思わず驚きの声を上げたヴィヴィに、ランデルトが心配したように問いかける。


「あの、皆さんがいらっしゃらないので……」

「ああ、あいつらはいつも行動が早いが、今日は特に早いな。だが、この後何かあるとは聞いていないが……」


 ヴィヴィが恥ずかしさも忘れてその理由を口にすると、ランデルトも納得して不思議そうに呟く。

 そこでようやくヴィヴィは二人きりになっていることに気付いた。

 これはチャンスである。

 ヴィヴィはぎゅっと両手を握り締め、ランデルトを見つめた。


「あの、ランデルト先輩!」

「何だ?」

「えっと、舞踏会のパートナーのことですが……」

「あ、ああ。迷惑をかけるつもりはなかったんだ。もちろん断ってくれてかまわない」

「え……?」


 予想外の言葉に、ヴィヴィは間抜けな声を出してしまった。

 そのまま告げるはずの言葉はどこかへ吹き飛び、顔を逸らしたままのランデルトを呆然と見つめる。


 ランデルトにとってこの一週間は気が気ではなかった。

 今年は自分が交流会で踊ったせいで、ジェレミア以外の男子からも申し込まれるだろうことは予想がついていたからだ。

 だからこそ、期限を守らず卑怯にも先に申し込んだのだが、ヴィヴィは好意的な返事をくれた。

 そこでランデルトは「待つ」と言ってしまったばかりに、苦悩することになってしまったのだ。


(何をかっこつけてたんだ俺……)


 演習中は考える暇がないほどに過酷だったのだが、夜になると疲れているはずなのにヴィヴィのことを考えて頭を抱えた。

 ヴィヴィの気持ちは待てる。

 むしろ自分に振り向いてもらえるとは思ってもいない。

 だが、せっかく舞踏会でパートナーになれるチャンスをふいにしてしまったのではないかと、他の男にチャンスを与えてしまったことを後悔していた。


 自分はきっとどうかしてしまったのだと、平常心を取り戻すために昼間の演習に集中しても夜はどうにもならない。

 いつもと様子の違うランデルトに、親友のダニエレが心配したため、打ち明けると笑われてしまったので殴っておいた。


 そして今日、ようやく一週間ぶりに会えたというのに、ヴィヴィは目が合うたびにすぐに逸らしてしまう。

 ついには顔も見たくないというように俯いてしまったのだ。

 これはもう答えが出たようなものだと、ランデルトは覚悟を決めた。


 先ほどは不思議に思ったが、生徒会の皆はおそらくこの空気を察してさっさといなくなってしまったのだろう。

 そう思ったランデルトは、これ以上は困らせたくなくて言いにくそうにするヴィヴィの言葉を先に補ったつもりだった。


 しかし、いつも振られる覚悟で告白をしていたヴィヴィは、めげなかった。

 ここで怯んでなるものかと気力を取り戻し、すうっと息を吸うと一気に言いたかったことを口にした。


「迷惑なんかじゃありません! 断ったりなんて……。わ、私はランデルト先輩のパートナーになりたいです! どうか私のパートナーになってください!」

「……え?」


 直角に腰を曲げ、なぜか自分を選んでくれと言わんばかりに片手を差し出すヴィヴィを見て、今度はランデルトが間抜けな声を出してしまった。

 だがすぐに我に返り、差し出された手を取る。

 女性の手に触れたのはダンス以外では初めてで、声がかすかに上擦ってしまう。


「本当に、俺でいいのか?」

「先輩がいいんです。先輩が申し込んでくださった時、すごく嬉しかったです。でもすぐに返事をすることができなくて、こんなにお待たせすることになって、もし先輩が心変わりをしてしまっていたらなんて考えて――」

「そんなわけないだろ! 俺は本気で申し込んだんだ」


 言いかけたヴィヴィの言葉は、強く否定するランデルトに遮られてしまった。

 触れられていただけの手が強く握られる。

 それでも痛いほどでないのは、きっとランデルトが気を使ってくれているからだろう。

 その優しさにヴィヴィは勇気を得て、全てを打ち明けることにした。


「もちろん、先輩はそんな人ではないとすぐに思い直しました。ですが時間が不安を煽ってしまって、先輩に何て返事をすればいいかわからなくなってしまったんです。そして悩んだ結果、私からきちんと申し込もうと決意しました。私は私の意思で先輩にパートナーになってほしいんです」

「ヴィヴィアナ君……」


 手を握ったまま顔を赤くして見つめ合う二人の姿を誰か見たなら、何をやってるんだと突っ込みが入っただろう。

 しかし、本人たちは青春真っ最中である。


「ヴィヴィアナ君、俺は君とパートナーを組めてとても嬉しい。正直なところ、窓から飛び出して叫びたいほどだ」

「はい?」

「ついでにダニエレを殴りたくもある」

「あの?」


 この会議室は三階にあり、叫ぶのはともかく飛び出すのはまずいのではないかとヴィヴィが思っているうちに、誰かを殴る発言。

 確かランデルトといつも一緒にいる魔法騎士科の先輩だったなと思い出しつつ、なぜ殴るのだろうとまた疑問が浮かぶ。

 それなのに、ランデルトの話は続いた。


「だがそれは後にするとして、ジェレミア君が困ったことにはならないか、心配だが大丈夫なのか?」

「あ、ええ、はい。今年はジゼラさんと組むそうです。お家の関係で私も心配したのですが、ジェレミア君は大丈夫だと言って……」

「そうか。それはひと悶着ありそうな組み合わせではあるが、両家ともに学園には口出しできないからな。ジェレミア君もそこを狙っているのかもしれない。とにかく、彼は彼なりの考えがあるのだろうし、ジェレミア君なら大丈夫だろう」

「……そうですね」


 ジェレミアの話題になると、かすかに表情を曇らせたヴィヴィを見て、ランデルトは安心させるように告げた。

 その言葉にヴィヴィがほっとして微笑むと、ランデルトはさらに赤くなった顔を片手で覆った。


「やはり、今すぐ飛び出したい」

「せ、先輩、まさか窓からですか?」

「ああ」

「先輩は宙を飛べる魔法か何か扱えるんですか?」

「いや。だが今なら空も飛べる気がする」

「だ、ダメです! 気がするだけじゃ、どうにもなりません! 怪我をしてしまいます!」

「大丈夫だ。体は鍛えてあるし、この演習でも死ぬような思いは何度もした。要は気合だから、今ならいける」

「いけません!」


 窓へと向かおうとするランデルトを、ヴィヴィは繋いだままだった手にもう一方の手を加えて、力の限り引っ張った。

 しかし、ずりずりと引きずられていく。

 このまま手を離さなければひとまず無茶はしないはずと、焦る頭の中であれこれ考えているうちに、会議室の入り口からかなり冷めた声がした。


「――何してるの、二人で?」

「いちゃついてるんじゃない?」

「脳筋は死ねばいいのに」


 ぴたりと動きを止めたランデルトとともにヴィヴィが振り返れば、呆れたような笑みを浮かべたクラーラと、楽しそうな会長、そして面倒そうな表情のアンジェロが立っていたのだった。




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