魔法学園26
ヴィヴィたちが会場に入ると、ダンスはまだ始まっていなかった。
ただ会場の両サイドに用意された食事には、もうすでに皆が手をつけている。
もちろんなくなれば補充されるので焦る必要はないのだが、毎年の楽しみであるビュッフェに今年はすぐに向かえないのがつらかった。
まずは生徒会本部席に顔を出さなければならない。
それでもランデルトとひょっとすると食事ができるかもしれないと思うと、期待は高まる。
「ヴィヴィアナ先輩!」
「マリル先輩!」
とにかく本部に向かおうとしたヴィヴィとマリルの許に、小さな人だかりをかき分けて、ジュストとアレンたちが駆けて来る。
どうやらジュストだけでなく、アレンも他の二人も一回生では人気者らしい。
(アレン君は確かに将来のイケメン候補だし、ランデルト先輩から聞いた話では、今年の新入生で一番の成績らしいものね)
たとえ平民でも、将来の出世株である。
それに、以前少し垣間見えた性格は明るく元気よかったので、人気が出るのも当然だろう。
ジュストもそのことに嫉妬したのかもしれないが、今は仲良くなったようなのだから男の子はよくわからない。
「ジュスト君、アレン君、楽しんでる?」
「はい」
「先輩、こんな素敵な会をありがとうございます」
「どういたしまして。とは言っても、全て生徒会のお力なのよ。私はちょっと手伝っただけ。それじゃ私たちこれから報告に行かないといけないから、またあとでね」
「あ、先輩!」
ヴィヴィアナがジュストとアレンに挨拶をして本部席へ向かおうとすると、ジュストに呼び止められた。
どうしたのかと足を止めると、ジュストはほんのり頬を染めて続ける。
「ファーストダンスはヴィヴィアナ先輩にお願いしたいです」
「――ええ、もちろん。光栄だわ」
ちらりとアレンを見るとにこにこ笑っていたので、ヴィヴィはジュストの申し出を受けた。
するとジュストの顔がぱあっと明るくなる。
先ほど約束したのだから踊るのは当然だが、そこまで喜んでくれるとヴィヴィまで嬉しくなった。
そもそも制服とはいえ、この学園で最初に踊るダンスなのだ。
「ヴィヴィアナ先輩、ジュストの後は僕とお願いします」
「ええ。誘ってくれて、ありがとう。アレン君」
「いえ……実は僕、入学前に領主様のお館でレッスンは受けましたが、ちゃんと踊ったことがないんです。だから足を踏んでしまうかも……」
「あら、それくらい大丈夫よ。気にしないで楽しみましょうね」
「はい!」
ファーストダンスの約束をしたのだから早く報告をしなければと、他の二人と話をしていたマリルと一緒に本部席へと向かう。
マリルは毎年同級生や上級生からダンスの申し込みをよくされているが、今年は一回生と踊るという体験にわくわくしているようだ。
「なんだか、こちらまで緊張してくるわ。すごく新鮮な気分」
「そうね。でもあの子たちの学園での最初のダンスだから。ミスしないように踊って、あの子たちに自信をつけてあげないと」
「本当にそうね」
特にアレンにはさり気なく自分のほうがリードしてあげなければと思うと、ヴィヴィは本当に緊張してきてしまった。
その時、視線を感じて振り向けば、女生徒たちの人だかりの中で頭半分高いジェレミアと目が合った。
近くには同じようにフェランドも女生徒に囲まれている。
ヴィヴィはすぐに目を逸らし、ため息を吐いた。
「あの二人は相変わらずね」
「……そうね」
以前は女生徒に囲まれるとよくわからなかったのに、本当に二人とも背が伸びたなと思いながらマリルに話しかけると、マリルも誰のことかすぐにわかったようだ。
マリルはどこか諦めた口調で同意する。
そういえば、マリルとフェランドは一度も踊ったことがなかったなと思い、ふと気付いた。
基本的にフェランドは自分からダンスを誘ったことがない。
気が向けば、食事しながらぼんやり会場を見ているヴィヴィに声をかけてくるくらいだ。
明らかにお互い眼中にないからこそ、フェランドは休息がてらに誘うのだろう。
(フェランドもやっぱりマリルの気持ちに気付いているのかな……)
フェランドの実家、バレッツ侯爵家はどの世代でもいつも重職に就いている。
むしろバレッツ侯爵の忠誠を得られれば、その王の御代は繁栄するとまで言われているくらいだ。
そのため、女生徒たちの本気度は高い。
(あれ? ということは、次代のバレッツ侯爵であるフェランドの親友――というより悪友であるジェレミア君は、次の王様に一番近いのかしらね……)
入学した当時のヴィヴィの言葉がいよいよ現実味を帯びてきたようだ。
王様になるのならみんなに好かれたほうがいいに決まっていると言ったが、今現在のジェレミアは女子生徒だけでなく男子生徒からも慕われている。
(うん。それがジェレミア君の選んだ道なら応援しよう)
そう考えながら、人ごみを避けて会場の一番奥にある本部席へとヴィヴィは近づいた。
本来ならジェレミアたちと人気を二分するはずの二人――生徒会長とアンジェロが席に座っている。
「会長、私たち――ヴィヴィアナとマリル班の校舎内の見回りは終わりました」
「ご苦労様。ヴィヴィアナ君、マリル君、ありがとう。スタンプラリーも大成功だったね。あとはもう大丈夫だから、パーティーを楽しんでおいで」
「ありがとうございます」
「先輩たちはどうされるのですか? よろしければ交代しますけど」
会長の言葉にヴィヴィとマリルはお礼を言ったが、ヴィヴィは役員たちのことが気になった。
このままクラーラも加えた人気の三人がここにいては、他の生徒たちががっかりするだろう。
しかし、会長はにっこり笑って答える。
「全報告が揃ったら、僕たちもここを離れるから大丈夫だよ。ありがとう」
「そうですか。では、失礼します」
軽く淑女の礼をして、マリルと踵を返した時、人ごみをかき分けてランデルトが向かってくるのが見えた。
もちろん目標は本部席だが、途端にヴィヴィの胸は高鳴る。
「やあ、ヴィヴィアナ君、マリル君、お疲れ。異常はなかったか?」
「はい。校舎内は何も問題はありませんでした。先輩たちは?」
「迷子グループが一組と悪ガキグループが一組だな」
「大変でしたね」
「いや、まあ、追いかけるのも楽しいからな。じゃあ、報告に行ってくるよ」
「お疲れ様です」
すれ違い様に交わしたちょっとした会話。
それだけでヴィヴィは嬉しいのに、ダンスに誘われなかったことでがっかりもしていた。
「私って、欲張りだわ……」
「誰でもそうだと思うわ」
二人の会話を黙って聞いていたマリルが優しく微笑んで言った。
きっとマリルも色々と抑えているのだろう。
ヴィヴィはマリルに微笑み返し、楽団が演奏を止めたことに気付くと、さらに笑みを深めた。
会長が席を立ち、魔法拡声器の準備をしているのが見える。
いよいよダンスが始まるのだ。
「さあ、もうすぐ会長の挨拶よ。私たちのパートナーはどこかしら?」
「素敵な紳士のお迎えを待たなきゃね」
マリルとくすくす笑いながら、ヴィヴィは見つけやすい位置に立った。
新入生歓迎交流会では、会長の挨拶を皮切りに、まずは一回生とそのパートナーだけがダンスを踊る。
そして二曲目からは、皆が好き好きに踊るのだ。
ヴィヴィは自分が一回生の時にジェレミアとファーストダンスを踊ったきり、交流会では踊ったことがなかったので、ちょっとした緊張と興奮とでどきどきしていた。
そこへ、皆の注目を浴びながらジュストがやって来る。
今年の新入生の中では一番の有名人だからだろう。
いったい第二王子は誰と踊るのかと皆が気にしているのだ。
(そういえば私、ちょっとすごくない? 王子様二人の学園でのファーストダンスのお相手を務めることになるんだわ)
完全にモブだった前世では考えられないことだった。
そう思うとどこかおかしくなって、ヴィヴィの体からほどよく力が抜ける。
「ヴィヴィアナ嬢、どうか僕と踊ってくれませんか?」
「喜んで」
差し出された小さな手をヴィヴィが取ると、周囲からざわめきが起こる。
だがヴィヴィは気にすることなくジュストにエスコートされてフロアへと出た。
近くにはマリルもいる。
そして会長の挨拶が終わり、皆が注目する中で、流れ出した音楽とともに緊張した一回生たちは踊り始めたのだった。




