魔法学園24
翌週のお昼休み――。
食堂でマリルとご飯を食べていると、目の前にジェレミアとフェランドが座った。
これまでもよくあることだったので、特に注目を浴びることもなく、四人で食事をしていたのだが、そこにふとジェレミアが何か思い出したようにヴィヴィに話しかけてきた。
「そういえばさ、ヴィヴィアナさん」
「何、ジェレミア君?」
「実はね、僕は今まで弟と――ジュストと挨拶以外の言葉を交わしたことがなかったんだ」
「そうなの?」
「うん。ところがね、今朝なぜか寮内の掃除をしていた弟に呼び止められて、質問をされたんだ。弟から声をかけてくるなんて初めてでびっくりしたよ」
「……どんな質問を?」
兄弟間で交流がほとんどないことは知っていたが、そのことを話題にするジェレミアにヴィヴィは驚きながらも興味を引かれて促した。
「ヴィヴィアナ先輩とは、本当に友達なんですか? って」
「ええ?」
「友達というのは、助け合い支え合うのだと聞きましたが、女性に支えてもらうのは情けないと思います。って言われたよ」
「え? それはあの、何と言えばいいか……」
「さらには――」
「まだあるの?」
先日のお説教で余計なことを言ってしまったかと後悔するヴィヴィに、ジェレミアはさらに言い募ろうとしている。
居たたまれなくて思わず遮ったが、ジェレミアはゆっくり頷いた。
「僕はヴィヴィアナ先輩を支えられるようになりたいです。とも言われたんだけど、どうする?」
「……はい?」
ジェレミアの顔にはいつもの笑みが浮かんでいる。
それが偽りの笑みだというのはわかるのだが、今の言葉――質問の意味がわからない。
ジェレミアの隣ではフェランドが危うく口の中のものを噴き出しそうになってむせ、マリルが慌ててハンカチを貸していた。
「どうするって……何が?」
「ヴィヴィアナさんに男として見てもらえるように頑張るらしいよ。僕は友達として、ヴィヴィアナさんが困るというなら助けるけど?」
フェランドはもはや呼吸困難に陥っているが、ジェレミアは気にした様子もない。
マリルはおろおろしながらとりあえず水を注いで渡している。
ヴィヴィはちらりとフェランドを見て、すぐに復活するだろうと判断すると、ジェレミアへ視線を戻した。
「ありがとう、ジェレミア君。でも大丈夫よ。ジュスト君がどういうつもりなのかわからないけど、きちんと自分で向き合うから」
「……わかった」
「おいおい、ヴィヴィ。相手はまだ一回生だぞ?」
「年齢は関係ないわよ。たとえ思い違いでも何でも、大切なことだもの。まあ、もし冗談だったら許さないけどね」
呼吸をようやく整えたフェランドの横やりに、ヴィヴィはむっとして答えた。
こと恋愛に関しては、肉食系を自称しているヴィヴィにもルールはある。
ヴィヴィは前世で五歳の頃に親戚のお兄さんにラブレターを書いたことがあった。
あの時は子供心に本気だったのに、親戚の集まりがあるたびに笑い話にされるのがすごく嫌だったのだ。
もちろんヴィヴィ自身も笑ってやり過ごしていたが。
また好きでもない相手から告白された時も、真摯に受け止めきちんと返事をしていた。
どんな恋でも冗談にしない。
これがヴィヴィなりの恋愛のルールである。
「じゃあ、ヴィヴィアナさんはジュストに告白されたらきちんと断るってこと?」
「今、されたらね」
「……今じゃなければ?」
「それはその時になってみないとわからないわ」
「へえ?」
ジェレミアが意外そうな顔をしたのは、ランデルトのことを知っているからだろう。
ひょっとして多情なやつだと思われたかもしれない。
それでもヴィヴィは、言い訳めいたことを口にすることはなかった。
確かに今のヴィヴィはランデルトのことが好きだと、はっきり言える。
だけど、魔力の相性というものはやはりまだよくわからない。
前世のヴィヴィは好きになって恋人になれても、いつも上手くいかなかった。
浮気をされたり、暴力を振るわれたり、お金を要求されたり。
周囲に諭され、説得されて、別れを切り出していたのはヴィヴィだったけれど、結局自分は都合のいい女だったのだと後で冷静になって悲しくなった。
もちろんまともな人もいたけれど、そういう場合はいつも彼から別れを切り出された。
(あれ? 思い出したら悲しくなってきた……。というか、私の男運も悪いけど、そもそも元カレが多すぎない?)
恋多き女と言えばかっこいいが、そうではない。
おそらく恋愛に依存していたのだろう。
「ヴィヴィ、大丈夫?」
「え?」
「なんだか、ぼうっとしているみたいだけど……」
「今日は少し暑いからのぼせたか?」
「ごめんね、ヴィヴィアナさん。変なこと言って困らせたよね?」
「い、いいえ。大丈夫よ。ジュスト君とどんな会話をしたか思い出していたの」
「そうなのね」
「で、何を言ったんだ?」
「フェランドお得意の博愛精神についてよ」
「俺のは女子限定だけどな」
「はいはい」
言いながら、ヴィヴィはトレーを持って立ち上がった。
マリルもフェランドの言葉に苦笑しながら一緒に立ち上がる。
「それじゃあ、私たちは先に行くわね。ジェレミア君、色々とありがとう」
「いや、僕は余計なことを言っただけだよ」
「ううん。困った時には助けてくれる友達がいるっていうだけで十分よ。フェランドは、その博愛精神でいつか怪我をしないようにね」
「俺もそうやって心配してくれる友達がいるってだけで十分だよ」
ヴィヴィの嫌味にフェランドはあっさり返し、マリルが二人に簡単な挨拶をして、二人でその場を去っていった。
憎まれ口を叩こうが何をしようが、ジェレミアもフェランドも友達だ。
マリルはいつもヴィヴィの心配をしてくれる。
「ありがとう、マリル。私、マリルが友達ですごく幸せだわ」
「私もよ、ヴィヴィ」
ヴィヴィとマリルは顔を見合わせて微笑み合った。
前世のヴィヴィには男運はなかったが、友達運はあった。
今世での男運――恋愛運はまだわからないけれど、友達には恵まれているとはっきり言える。
(そもそも、前世は恋をしなきゃって思い込んでたところがあるから……。うん、ランデルト先輩と上手くいけばもちろん幸せだけど、そのことにばかり囚われているのはもったいないわよね)
初恋に浮かれていたヴィヴィだが、この分析で冷静になれた気がする。
今はスタンプラリーの仕事も、他の生徒会の仕事もあるのだから、まずはそれからだろう。
ヴィヴィは何かふっきれたような気分で、マリルと一緒に教室に戻ったのだった。




