魔法学園18
「先輩! この人が僕や殿下を虐めるんです!」
「は? 何だって?」
「僕たちが遊んでいたら、いきなり怒鳴りつけてきて……僕、怖くて……」
天才子役かというくらい、取り巻きその二の演技は上手かった。
ランデルトは一瞬眉を寄せ、そしてヴィヴィを真っ直ぐに見つめた。
「ヴィヴィアナ君、どういうことだ?」
ジュストよりも面倒な存在がいたことにヴィヴィは辟易しながら、自分が見たことを正直に話すことにした。
下手な誤魔化しは余計な疑いを生むだけだ。
「私がこの場に来た時、倒れていたこの子を――アレン君をみんなで囲み、ジュスト君がアレン君を罵り踏みつけていました。それは明らかに遊びの範囲を超えており、いじめと判断した私は止めに入ったんです」
ヴィヴィはアレンを庇うように立ったまま、簡潔に説明した。
その後のやり取りは省いたが嘘も誤魔化しもない。
だが天才子役は目に涙をためて、ヴィヴィを力強く指さした。
「嘘です! こいつのほうが僕たちを罵り、脅したんです! そうですよね、殿下!?」
「え? あ、うん……」
その勢いに押されたかのようにジュストは頷き、アレンは俯いたまま何も言わない。
「アレン、黙ってないでちゃんと言えよ。お前が自分で転んだんだって。なあ、みんな。そうだよな?」
「う、うん……」
どうやらこのグループでリーダー格なのはジュストではなく、天才子役のほうだったらしい。
この年齢ですでに裏で糸を引くなどと末恐ろしい子だなと、ヴィヴィは感じていた。
弱者を装い周囲を味方につけていく強かで卑怯な人間は前世でも腐るほど見ている。
ただ状況的にはまずい。
ランデルトは困ったように大きく息を吐き出した。
「……アレン君は本当に転んだのかい?」
「転んだんです!」
「ダミアーノ君、君の言い分はもう聞いたよ。今はアレン君に聴いているんだ。どうなんだい、アレン君?」
「……こ、転んだんです」
天才子役――ダミアーノがギッとアレンを睨んだせいか、アレンはおどおどと答えた。
万事休す。
ヴィヴィの頭の中にそんな言葉が浮かぶ。
「……そうか。では、ジュスト君、君は転んだアレン君を踏みつけたのか?」
「僕は……アレンを踏みました」
「でもそれは、偶然です!」
「ダミアーノ君、黙っててくれないか? 君には聴いていないんだ」
わずかな苛立ちを含んだ様子のランデルトは、他の二人にも同様に事情を聴き、ダミアーノの意見が正しいことを立証した。
ダミアーノは得意満面の笑みを浮かべている。
状況的にそうなるだろうなと思っていたヴィヴィは、半ば諦めた気持ちだった。
しかし、次にランデルトは予想外のことを口にしたのだ。
「本来なら、君たち五人の話を聴いて、彼女の――ヴィヴィアナ君の誤解だったのではないかと思うだろう。だが、ヴィヴィアナ君はジュスト君がアレン君を罵る言葉を聞いている。これが聞き間違いとも思えない。そうなると、君たちの言い分も怪しくなるな」
「そんなのおかしいです! ランデルト先輩は僕たち五人を信じず、こいつを信じるんですか!?」
「はっきり言えば、そうだ」
「そんな!」
ランデルトの宣言に、子供たち以上にヴィヴィは驚いた。
ここまではっきり言い切って大丈夫なのだろうかとも思う。
アレンやジュストたちは動揺してそわそわしているが、その中でダミアーノだけが反抗的に見える。
「ダミアーノ君、先ほどから君はどれだけ失礼なことをしているのか、気付いているか? まず、彼女を――ヴィヴィアナ君をこいつと何度も呼び、指さしたことだ。ヴィヴィアナ君は君たちの先輩であり、素敵な女性だよ。そんな彼女に対して、礼儀がなっていないにもほどがある。そして、俺の質問の邪魔をしたのもそうだ。紳士なら、目上の者に対する礼儀を身につけなければならない」
「で、ですが、そんなの今の話には関係ないじゃないですか」
「関係はある。日頃の態度がいざという時のその人物の評価に関わってくるということだ。しかも、俺の目には、君がアレン君やジュスト君たちに嘘を言うよう、あきらかに追い詰めていると見て取れた。そして、君たちが入寮してからこの短い間で、何件もの苦情が寄せられている。中にはアレン君や他の生徒たちに暴力をふるっているところを見たというものもあるんだ」
「そんなの嘘だ! いったい誰がそんなこと――」
「誰かは関係ない。ただ一人でないことは確かだ。俺は――俺たちは君たちに対して、指導しなければと相談していたところだよ」
「俺たち……?」
「報告を受けた俺たち生徒会役員と生徒指導部の先生方だ」
そこまで聞いて、ダミアーノたち四人は青ざめた。
ヴィヴィはもはや自分の言い分が認められたことよりも、ここまでの苦情がでるほどジュストやダミアーノは何をしていたのかと呆れてしまっていた。
同時に、ジェレミアは知っているのだろうかとふと思う。
(ううん、きっと知らなかったわよね? だって、この子たち――ダミアーノ君はとても巧妙だもの)
おそらく生徒会役員などの力ある先輩にはばれないよう、ダミアーノたちは隠れてやっていたつもりなのだろう。
また他の生徒たちも、ジュストの兄であるジェレミアには言えなかったのかもしれない。
だが寮則では、問題があれば寮監や先生、先輩に相談するようにとあり、相談を受けたものは速やかに解決を図るよう努力するべし、とある。
もちろん匿名性は必ず守られるので、意外にもこの寮則はしっかり機能しているのだ。
(こういう規則ってたいていは形ばかりだけど、この学園では大原則があるからか、ちゃんと守られているのよね。まだ入寮、入学したばかりのダミアーノ君たちは知らなかったみたいだけど)
ヴィヴィも嫌がらせをよく受ける立場として、実感している。
ただヴィヴィの場合はたいてい自分で片付けているのだ。
「ヴィヴィアナ君、悪いがアレン君を医務室まで連れて行ってくれないか? 俺はこの子たちを寮まで連れて帰るから」
「あ、はい。わかりました」
「ありがとう、助かるよ。さあ、君たちは荷物を持って!」
ドア付近に放置されていた鞄を取りにいくようにと言うランデルトに、ヴィヴィは出る時に拾えばいいのになと、どうでもいいことを考えていた。
すると、ランデルトはヴィヴィに近付き小声でそっと問いかける。
「ひょっとしてだが、ここにいるのはスタンプラリーの関係で?」
「は、はい。あの、改修工事でここが立入禁止になると聞いたので、その前に見ておこうかと。特別棟もさっき見に行ったんですが……」
「そうだと思ったんだ。すまない、スタンプラリーに関しては俺が会長から一任されていたのに、うっかりしていて。慌てて俺も見にきたんだ。明日伝えるつもりだったが、先を越されてしまったな」
情けないなと苦笑するランデルトの顔を見て、ヴィヴィの胸はきゅんとした。
どちらかと言うと厳つい顔のランデルトがこうして笑うと、大型犬が尻尾を垂れたようで可愛い。可愛すぎる。
おそらく他の人が見れば「どこが?」と思うかもしれないが、恋心による色眼鏡をしっかりかけ直したヴィヴィには眼福ものだった。
わざわざ鞄を取りに行かせて子供たちに話を聞かれないようにしたことも、ヴィヴィにとっては高ポイントである。
歓迎交流会は新入生にとってわくわくイベントだ。
できればネタバレしたくない。――主催者側であるヴィヴィ的にも。
「じゃあ、医務室には後でアンジェロか誰か、生徒会の男子をやるから、申し訳ないがそれまでついていてくれるかな?」
「もちろんです」
「それと、後でまた詳しく事情を聴かせてもらうことになる。色々とすまないな」
「いいえ、気にしないでください。でも、あの……」
「大丈夫。悪いようにはしないよ。こういうのは会長が上手いんだ」
「そうですか……。では、よろしくお願いします」
「ああ」
嫌々な気持ちを表して、緩慢な動きで子供たちが戻ってきたので、二人とも話を切り上げた。
そしてヴィヴィはランデルトに軽く頭を下げると、未だにおどおどしているアレン君に手を差し出した。
「アレン君、怪我がないか、ちゃんと診てもらおう?」
「……はい」
「心配しなくても大丈夫よ。医務の先生はとっても優しいから。苦いお薬も痛い注射もないはずよ。……たぶん」
「え……」
安心させようとしているのか、不安がらせようとしているのか、微妙な言葉をかけながら、ヴィヴィは恐る恐る手を差し出したアレンの手をしっかり握り、舞踏室を出ていく。
そんな二人をランデルトは優しく見守り、それから厳しい表情でダミアーノたちを連れて寮へと戻ったのだった。




