魔法学園137
「ジェレミア君の……婚約者が決まったの?」
「婚約なんてまどろっこしいことはしないみたいです。すぐに結婚するべきだって、お爺様はおっしゃっていたから……」
わかっていたことなのに、あまりにも大きな衝撃を受けている自分にヴィヴィは驚いていた。
そんなヴィヴィに気付くことなく、ジョアンナはまた興奮して話し続ける。
「これ以上は先延ばしにすることはできないって、お爺様がいつもより厳しい口調でおっしゃったら、お兄様が『では、ジゼラさんが了承してくれるのなら、申し込みます』ってはっきりおっしゃったの!」
「……ジゼラさん?」
予想外の名前を聞いて、ヴィヴィはさらに驚いた。
ジゼラは名門出身でありながら、ヴィヴィと同じように未だに婚約者がいない。
誰もがジェレミアを待っているのだと噂していたが、ヴィヴィにしてみれば不思議だった。
プライドの高いジゼラがそんな不確かな将来のために時間を無駄にするのだろうかと。
(ひょっとして、家同士の問題ですぐには結婚できないけど待っていてほしいとかって、ジェレミア君から言われていたとか……?)
だが、それなら以前ジェレミアが言っていた片想いの相手とは違う。
とはいえ、ヴィヴィがランデルトのことを思い出に変えられたように、ジェレミアも彼女のことを忘れて新しい恋をしたのかもしれない。
(新しい恋……)
そう思うと、ヴィヴィはズキンと胸が痛んだ。
この胸の痛みはよく覚えている。
前世で何度も経験し、それ以上に苦しい痛みを三年前に経験したのだから。
これは、失恋の痛みだ。
「でも私、ジゼラ先輩がジェレミアお兄様のお妃様になるなんて嫌です!」
ヴィヴィはジョアンナのひと際大きくなった声に我に返り、慌てて安心させるように笑みを浮かべた。
大人になると、こんなにも痛む心を隠すことができるようになる。
要するに、噓が上手くなるのだ。
「ジョアンナさん、今の言葉は聞かなかったことにするわね。噓を吐くのはよくないけれど、気持ちを隠すことは誰かを傷つけないために、時には必要になることなのよ。ジェレミア殿下がジゼラさんを好きなら、ジョアンナさんの今の言葉は殿下を傷つけてしまうと思うわ」
「……はい」
こんなに偉そうに言いながら、たった今、ヴィヴィは噓を吐いている。
気持ちを隠して――誤魔化して、誰かではなく自分が傷ついている。
なんて自分は馬鹿なのだろう。
今になって、自分の気持ちにはっきりと気付くなんて。
ヴィヴィはジョアンナが帰るまではどうにか平静を保っていたが、その後は疲れたからと仮眠室に籠もった。
そしてベッドに横になり、込み上げてくる涙を堪えた。
ヴィヴィには泣く資格さえない。
ずっと自分に噓を吐き続けていたのだから。
(でも、いったいいつから……?)
自分でもジェレミアを好きになったのがいつなのかわからない。
学生時代は間違いなく友達としか思っていなかった。
ランデルトのことが大好きで、ランデルトしか見えていなかったのだ。
失恋した時のジェレミアの言葉には本当に腹が立った。
もちろん今は、あの時のジェレミアの態度も言葉も、ヴィヴィのためだったとわかる。
(そのことに気付いてから……?)
考えてみたものの、よくわからない。
卒業してから三年、一方的に見かけることは何度もあったが、実際に会話したのは数回。
(失って初めて気付くとか、何とかっていうやつかな……?)
そう言葉にすると、何だか自分の気持ちが陳腐なものに思えてくる。
ひょっとしてこれはただの嫉妬ではないのかと。
学生時代に何かとライバル視されていたジゼラに、友達を取られてしまうという子供っぽい嫉妬。
ジェレミアに置いて行かれるような焦燥感。
そこまで考えて、ヴィヴィははっとした。
自分の気持ちに何かしらの理由をつけて今まで誤魔化してきたのに、今度もまた逃げようとしている。
一年前のマリルたちの結婚式の時にはもう、ランデルトのことは思い出に変わっていた。
その頃からジェレミアとの距離に寂しさも感じていた。
だがずっと、その気持ちは楽しかった学生時代への執着のようなものだと思っていたのだ。
思い出せば、マリルやフェランドに対してはそこまで感じることはなかったのに。
(馬鹿だわ、私……)
いつから好きになったのかはわからないが、一年前にはもうジェレミアに惹かれていたのだ。
しかし、今さら自覚したところでどうなるのだろう。
もしヴィヴィが動けば、父から聞いた話でもあったように、カンパニーレ公は喜んで受け入れてくれるはずだ。
ジェレミアも友達として好意は感じてくれているはずなので、無下にされることはないと思う。
ただ、そこで二人の友情は終わる。
それからヴィヴィの人生は苦しみが始まるのではないだろうか。
あれほどに大好きだったランデルトに振られ、苦しんだヴィヴィだったが、会わないうちに時間が傷ついた心を癒してくれた。
だがもしジェレミアと結婚することができたとしても、ジゼラというもう一人の妻がいて、さらに他にも妻を娶るかもしれないのだ。
そうなれば、ヴィヴィはいったいいつまで苦しむことになるのだろう。
このまま自分の気持ちを隠して友情を続けていれば、いつかはまた純粋に友人として付き合えるようになるかもしれない。
それまで少し距離を置けばいい。
いっそのこと、諸外国からの招待を受けて旅に出ることだってできる。
(……それは、やっぱり難しいかしら?)
レンツォにしてもそうだが、国としてはやはり優秀な人材を外には出したがらないかもしれない。
自分を優秀とは思わないが、実際にヴィヴィには実績があるのだ。
また逃げることを考えているとは気付かず、ヴィヴィは仮眠室から出ると屋敷へ戻った。
その後も王宮に行く気にはなれず、まるで引きこもりのように社交の場に出ることもなく、何日も屋敷でぼうっと過ごすことになったのだった。




