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魔法学園135

 

 結果から言うと、ヴィヴィの発案は上手くいった。

 〝ウルの木〟の木材で作った箱に氷結魔法で作り出した氷を閉じ込めておくと、少なくとも十日は溶けることなく、そのままの状態を保っていたのだ。

 その後、他にも魚や肉をレンツォに協力してもらい、冷凍して箱へと閉じ込めて数日間放置することにした。


 また、一応は危険がないか確かめるために、箱へ攻撃魔法を閉じ込めようとしてみたが、やはり蓋を――どんなに小さくした蓋でも、威力は逃げ出してしまうことがわかり、武器として使えることはできないとわかった。

 ただ極々小さな穴を開け、そこに最上級の攻撃魔法を仕掛けて蓋をすると、ほんの少しだけ力が残ってしまうらしい。

 蓋を開けると、チリリとした痛みがあったのだ。


「これは、びっくり箱にも使えるかもしれませんね」

「びっくり箱?」


 ヴィヴィが思わず呟くと、レンツォが不思議そうに首を傾げた。

 この世界にはそういった玩具はなかったかと、ヴィヴィが説明するとレンツォは楽しげに微笑んだ。

 何か悪戯でも考えついたようだ。


「レンツォ様、最上級魔法を使っての玩具はもったいないですよ。それに、危険なことはなさらないでくださいね」

「まあ、危険はないよう気をつけるよ」

「……それをいつか武器に応用されるのは嫌です」

「うーん。まあ、そうは言っても、難しいよね。だからといって、人のためになるものの発明を諦めることはできない」

「そうですね……」


 結局、どこの世界でも平和利用しようとしたものが悪用されてしまうことは仕方ないのかもしれない。

 だが、レンツォの言う通り、マイナス面ばかり考えて前へ進まないのは間違っている。

 ヴィヴィが気付いたということは、いつか誰かも気付くということだ。


「それで、これらはいったいどうするつもりなんだい?」

「これからお料理しようと思いまして」

「は? 料理?」


 研究室に持ち込まれた調理器具を不思議そうに見ながら問いかけてきたレンツォに、ヴィヴィはにっこり笑って答えた。

 すると、レンツォは料理という言葉さえ初めて聞いたと言わんばかりの顔になる。

 このヴィヴィの言葉には、調理器具の手配をしてくれた侍女でさえ、ぽかんと口を開けた。


 生まれてから二十年。

 伯爵令嬢であるヴィヴィに料理などできるわけがない――というよりするわけがない。

 しかし、前世のヴィヴィはそれなりにできた。

 もちろん勝手は違うが、正直に言えば料理らしい料理をするわけでなく、これからするのはただ焼くだけなので大丈夫だろう。


 調理器具といっても、用意したのはフライパンと包丁とトングだけ。

 あとは調味料――塩と胡椒とオリーブオイルのようなものと食器類だ。


(菜箸はまあ、焼くだけだしいいか。本当は野菜の付け合わせもほしいけど、今回はただの実験だしね)


 レンツォたちが不思議そうに見守るなか、ヴィヴィ製冷凍庫を開けて、氷結していた一枚の豚肉を取り出した。

 豚肉と他にもある魚の切り身は、十日前に調理場で分けてもらったものだ。

 冷凍庫は〝ウルの木〟の木材に、さらに樹脂を裏表に塗って強化し、蓋と重なる部分には樹脂に少し手を加えてゴムのように柔らかくして、密閉性を上げている。


 ヴィヴィはフライパンを持つと、炎魔法でまず熱し、凍ったままの豚肉を投入した。

 そのまま炎魔法をフライパンの下に当て、かなりおおざっぱに焼く。

 調理場でならもっときちんと料理できるが、研究室内なので仕方ない。

 ただフライパンをずっと左手で持ったままはつらく、一度分厚い布の上に下ろすと、お肉をトングでひっくり返し、右手に持ち替えて炎魔法でまた下から熱する。

 その間、レンツォたちはただただ驚いて見ていたが、ヴィヴィはそこで塩、胡椒をしていないことに気付いた。


「レンツォ様、少し代わってもらえませんか?」

「え? あ、ああ……」


 一度フライパンを置くと、レンツォが見よう見まねで同じように豚肉を焼き始めた。

 ヴィヴィは適当に塩、胡椒をふりかけ、トングでひっくり返すとオイルで香りづける。

 はっきり言って、適当料理だ。――いや、料理とも言えない代物ではあるが、問題は味ではないので気にしない。


「レンツォ様、ありがとうございました。もうフライパンを置いてくださって大丈夫です」

「わかった」


 レンツォが指示通りにフライパンを置くと、ヴィヴィはトングでお肉を取り出し、お皿に載せた。

 そして、立ったままナイフとフォークで切り分ける。


「……普通に焼いた肉に見えるな」

「そのはずです。氷結することによって腐敗を防ぎ、火を通して解凍しそのまま焼いたので。おそらく味もそれほど劣化していないとは思うのですが……」

「――えっ?」


 ヴィヴィが言いながら一切れ口に入れると、レンツォが驚きの声を上げた。

 侍女たちも同様に息を呑む。


「だ、大丈夫なのか?」

「……味は大丈夫みたいですね。あとは食中毒……体調が悪くならないかの問題ですが、食後しばらく様子を見てみないとわかりません。おそらく数刻も経てば結果は出るでしょう」

「私も食べてみたいんだが、いいだろうか?」

「それはまたの機会に――明日にでもしてもらっていいですか? 万が一、私の体調が悪くなった時に治癒していただかないと」

「それなら、この王宮には治癒師が大勢いるんだから問題ないだろう。もし何かあれば、助けを呼びに行ってもらえばいいんじゃないか?」

「……では、そうしましょうか。もし私たちの様子がおかしくなったら、治癒師をすぐに呼んでね? 傷んだものを食べたせいだって伝えてくれればいいから」

「――はい、かしこまりました」


 恐る恐る問いかけてきたレンツォにヴィヴィが答えると、レンツォも興味津々でお皿へと視線を向けた。

 もしあたってしまった時のために、レンツォには待機していてほしかったのだが、ヴィヴィの味覚も勘も大丈夫だと告げているので、レンツォにも食べてもらうことする。

 それから数刻後、二人とも体調の変化もなく、氷結した魚でも同じ結果が得られた。


「すごいよ、ヴィヴィ。また大発見――大発明だよ。これで遠くでしか獲れない魚などを氷結して運べば、この王都でも食べられるようになる」

「ですが、まだまだ実験は必要ですよ。野菜でも冷凍に――氷結して保存できるものと、できないものもありますし、これからそれらを実験していかなければいけません。それに、私がこの箱――冷凍庫を作ろうと思ったのは〝トニロ草〟などの薬草を夏場でも得られるようにするためですから。氷室に保存してもらっている氷結した〝トニロ草〟をこの冷凍庫に入れて、夏場も保存できるか試したいですし……。何より、氷結魔法が扱える魔法使いの協力が必要になるので、この冷凍庫も使用できるのは限られた人になります」

「確かにヴィヴィの言う通りだが、陛下に上申して薬師には全て行き渡るように手配してもらえばいいだろう。そうして問題点は一つ一つ解決していこう。とにかく、ヴィヴィは素直に誇るべきだよ」

「……ありがとうございます」


 数日にわたり何度も実験した結果、手放しで褒めたたえてくれるレンツォに、ヴィヴィは曖昧に微笑んで問題点を上げた。

 すると、レンツォが穏やかに励ましてくれる。

 ヴィヴィは素直にその言葉を受け入れ、お礼を言った。

 こうしてヴィヴィは、また新しい発見を――発明品を作ることに成功したのだった。




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