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魔法学園125

 

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。大声を出せば、すぐに護衛が飛んでくるから」

「じゃあ、どうしてそんな悪趣味な冗談を言うの?」

「冗談ですむからだよ」


 そう言われてみればそうだなと納得したヴィヴィを見て、ジェレミアは噴き出した。


「単純すぎるよ、ヴィヴィアナさん。そんなんじゃ、王宮に入っても大変だよ? なかには人の研究を横取りしようとする研究者もいるし、利用しようとする政務官たちもいるからね」

「ご忠告ありがとう、ジェレミア君。それで、私は以前のジェレミア君のお言葉に甘えて、怒ればいいのかしら?」

「……お手柔らかにね。でないと、僕の護衛が飛んでくるよ」

「あら、大声を出すつもりなの?」

「場合によっては」


 ヴィヴィが怒りを漲らせながらじりじり近づいていくと、ジェレミアは後退した。

 しかし、書架に阻まれて両手を前に突き出し、わざと怯えたふりをする。

 そこでヴィヴィは堪えきれず笑いだし、今度はジェレミアも一緒に笑った。


 久しぶりに本当に笑ったなと思ったヴィヴィは、前回もジェレミアに笑わせてもらったことに気付いた。

 ジェレミアは本気でヴィヴィを怒らせるし、笑わせてくれる。


「……ありがとう、ジェレミア君」

「何が?」

「笑わせてくれて。少しすっきりしたわ」

「じゃあ、次は泣いてみたら?」

「何を言ってるの?」

「先日、ランデルト先輩にお会いしたんだろう? 最近のヴィヴィアナさんは無理をして明るく振る舞っているようだけど、時々酷い顔になっているって、みんな心配しているんだよ」

「みんなって、アルタやマリルのこと? アルタたちが酷い顔って言ったの?」

「いや、正確には『今にも泣きそうな顔』だったかな?」


 ヴィヴィがお礼を言うと、ジェレミアは驚きの提案してきた。

 しかも、さらに信じられないことを言う。

 本当にアルタたちがそんなことを言ったのかと訊けば、あっさり否定されてしまった。


「ジェレミア君、いい加減にしてよ」

「だけど、先輩に会うようにってけしかけたのは僕だし、玉砕したのなら責任を感じてるんだよ」

「……本当に、ジェレミア君は酷いわね。私の顔なんて問題じゃないわ」


 今さら怒る気持ちにもなれなくて、ヴィヴィは文句を言いながらも笑った。

 ジェレミアはいつも腹の立つこと――ヴィヴィの痛いところを突いて怒りを煽る。

 意地悪で本当に優しい人だなと思うと、ヴィヴィはなぜか急に涙が込み上げてきた。


「私……先輩のことがまだ好きなの」

「うん」

「大好きなの」

「知ってるよ」


 ヴィヴィの告白に、ジェレミアは穏やかに微笑んで答えた。

 たったそれだけなのに、ヴィヴィは我慢できなくなって涙があふれてくる。

 アルタやマリルに事情を打ち明けた時だって、淡々と語ることができたのに、なぜ今になって泣けてくるのかわからず、ヴィヴィは困ったように微笑んで続けた。


「だから、別れたくないって言ったけど、無理だって断られたの。本当に見事玉砕してしまったわ」

「……ごめん」

「どうしてジェレミア君が謝るの? あの時は確かに腹が立ったし、八つ当たりしてしまったけど、正論だったもの」

「だけど、正論を振りかざすのは簡単でも、世の中はそんなに簡単じゃないだろう? それなのに僕は、僕の正義をヴィヴィアナさんに押しつけて、結局は傷つけてしまった」

「違うわよ。私を傷つけたのはランデルト先輩で、ジェレミア君じゃないわ」


 きっぱり言い切ったヴィヴィの言葉に、ジェレミアは鋭く息を呑んだ。

 ヴィヴィは涙に濡れた酷い顔を、ジェレミアに真っ直ぐ向ける。


「先輩は今でも私のことが好きなんですって」

「それなら――」

「でも、私が傍にいるとつらいって。劣等感や焦燥感に苛まれるって。私は先輩の……重荷なの」


 あの時のことを――あの言葉をランデルトに言わせてしまったことを思い出して、ヴィヴィはまた涙を溢れさせた。

 途端に今まで自分を支えていたプライドが、ヴィヴィのくだらないプライドが折れてしまって、体さえも支えることができずに、そのまま床に座り込んだ。


「ヴィヴィアナさん!」


 今は本当に酷い顔をしている。

 だから急ぎ駆け寄ってきたジェレミアに見られないように、ヴィヴィは両手で顔を覆って隠した。


「大丈夫。本当に大丈夫。ただちょっと、一気に疲れが出たみたい」

「……そうか」


 静かに答えたジェレミアの声がすぐ向かいから聞こえる。

 ジェレミアも同じように床に座り込んだのが、気配で伝わってきた。


「先輩は……自分のことだけじゃなくて、ヴィヴィアナさんのこれからのことを考えて、身を引いたんだと思うよ。わざと傷つけるようなことを言って」

「……うん」


 ジェレミアの慰めの言葉に、ヴィヴィは小さく笑って答えた。

 ヴィヴィの足手まといになるのが嫌だといったランデルトは、自分のためよりもヴィヴィのためだと思っていることは伝わっていたのだ。

 ヴィヴィはランデルトを気にして、何度も立ち止まり振り返るだろうから。


「先輩がもし自己憐憫に浸っているだけなら、私……あの場で押し倒して既成事実を作ったわ。だって、今ならいけたと思うの」

「……怖いな」

「そうよ。本気の女子は怖いのよ。ジェレミア君も気をつけて」

「肝に銘じておくよ」


 あの時の気持ちを冗談で紛らわしたヴィヴィに、ジェレミアも乗ってくれる。

 二人でくすくす笑いながらも、ジェレミアはハンカチを差し出した。

 床に座り込んだヴィヴィを囲むように、ジェレミアは膝を立ててすぐ向かいに座っているのに、触れそうで触れない。

 その気遣いの全てが優しくて胸が熱くなる。


「ありがとう、ジェレミア君。……私、本当に今度のことでは、ジェレミア君に感謝しているの。あの日、会いにきて背中を押してくれなかったら、今もくすぶったまま、うじうじ鬱々していたと思うわ。だから、はっきり振られて、きちんとお別れできてよかった。今はまだつらいけれど、後悔はしていないから、また前に進めるわ。それに……」

「それに?」

「先輩に宣言したの。今はまだ先輩のことが大好きだけど、いつか他の人を好きになって幸せになるって。これから研究だって頑張るって」

「……かっこいいな」

「ありがとう。ジェレミア君にそう言ってもらえると、誇らしいわね。でも……まだまだ先輩を忘れることはできそうにないから、研究を頑張るわ」

「……それでいいと思うよ。さて、そろそろ戻らないと、さすがにみんなに怪しまれるな」


 そう言ってジェレミアは立ち上がると、ヴィヴィに手を差し出す。

 ヴィヴィは素直に手を借りて立ち上がったものの、自分の目が赤くなっているだろうことは想像がついた。

 そこで制服のポケットから鏡を取り出し、自分で自分に治癒魔法をかける。


「今のは、中級? さすがだね」

「よく言うわ。ジェレミア君は最上級を扱えるようになったって聞いたわよ。攻撃も防御も。さすがだわ」

「それほどでもあるよ」


 謙虚さのかけらもないジェレミアの言葉に、ヴィヴィはまた笑った。

 それから書架に近づいて、適当に面白そうな本を二冊手に取る。


「これで言い訳はできるかしら?」

「大丈夫。とても物分かりのいい後輩たちだからね」


 ヴィヴィの問いかけに、にやりと笑って答えたジェレミアは、今度は先に立ってドアを開けようとした。

 そこで、ヴィヴィはまだきちんと伝えられていないことを思い出して足を止めた。




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