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魔法学園121

 

「それで、僕の情けない片想いの話を聞いて、両想いなヴィヴィアナさんは、先輩のくだらないプライドを捨てるよう説得する気になった?」

「それは……無理よ」

「どうして?」

「だって……」


 ジェレミアの話は心に強く響いた。

 きっと両想いという奇跡を教えるために、誰にも秘密にしていたことを打ち明けてくれたのだろう。

 しかし、ヴィヴィが鬱々としていたのは、ランデルトに婚約を白紙にと言われたからだけではない。

 大きな負い目があるからだ。


「もう十八歳にもなるのに『だって』だなんて、子供みたいだね、ヴィヴィアナさんは」


 そう言われて、ヴィヴィはまたかちんときてしまった。

 鎮火しかけた怒りがまた大きく燃え上がってくる。


「だって、ランデルト先輩の怪我は私のせいなんだもの!」

「どこが? まさか、ヴィヴィアナさんが魔物をけしかけたの?」

「冗談なんかで茶化さないで! そうじゃなくて! そうじゃなくて、私は……ランデルト先輩を救うことができたのよ? それなのに何もしなかった。ただ先輩が帰ってきてくれるのを待っていただけ」


 説明しているうちに、また後悔が押し寄せてきて、ヴィヴィの声は勢いをなくしていった。

 そんなヴィヴィの話を聞いて、ジェレミアは眉を寄せた。


「ごめん。ちょっと本気でわからないんだけど、ヴィヴィアナさんがどうやってランデルト先輩を救えたんだ? 何かまた発見でもした?」

「い、いいえ、違うわ。でも私は、ランデルト先輩が王都を発つ前から、レンツォ様の最上級治癒魔法が保存されていた樹脂を持っていたの。防御樹脂も。それを先輩に渡していれば、先輩の怪我はもっとちゃんと治癒できたのに……」

「だけど、それは許されないことだよ。いくら発見者がヴィヴィアナさんとレンツォ殿でも、あの時にはもう国の管轄下に入っていたんだ」

「そもそも、それがおかしいのよ。だって……だって、今すぐにでも治癒魔法や防御魔法を必要としている人は大勢いるのよ? あんなふうに時間を置かなければ、この半年間でだって多くの人が助かったかもしれないのに」

「いや、無理だよ。それだけの数もなかったんだから。この半年間、王宮の治癒師や魔法使いが力を注いで、やっと各部隊に配布できるようになったぐらいだ。一般の人たちが手に入れるのはまだ大変で、この先も効果の高い治癒樹脂ほど、治癒師に最上級や上級の治癒を施してもらうよりは少し安価になる程度だろうね」


 ヴィヴィの正義ぶった言葉は、ジェレミアの現実的な言葉で意味を失ってしまった。

 治癒師や魔法使いが自分たちの魔力を注いだ樹脂を気安く手放すわけがないのだ。

 すっかり打ちのめされたヴィヴィを見て、ジェレミアは言い過ぎたと思ったのか、慰めを口にする。


「それでも、治癒師のいない地方ではかなり重宝するし、何も樹脂には上級以上の魔法しか保存できないわけじゃない。中級でも低級でも、今まで治癒師の治療を受けられなかった人たちが、受けられるようになるだけでもすごいよ。それに、これからはどれくらいの大きさの樹脂で、どの程度の病気や怪我を治癒できるかの研究だって進められるんだから」

「そう、よね……」


 もう樹脂に関しての研究はヴィヴィの手を離れてしまった。

 これからは、レンツォ主体で研究が進められていくのだ。

 ヴィヴィも卒業したら、また関わらないかとレンツォには誘われているが、今はそんな気分にもなれない。


「ヴィヴィアナさん、確かに樹脂を渡していれば、ランデルト先輩の怪我は完治していたかもしれない。だけど、発表を半年後にするとしたのは、陛下と政務官たちだ」

「それは……」

「実は僕も、最近は少しずつ政務に関わるようになっているから、ヴィヴィアナさんに話を聞いた後で、詳しく知ったんだ。だけど反対はしなかった。だから、今回のことに責任があるとすれば、利益を求めた僕たちだよ」

「ち、違うわ。私はそんなつもりで言ったんじゃないもの」

「どんなつもりでも事実だよ。そして、国の方針がそう決まっていた以上は、たとえヴィヴィアナさんが樹脂を渡そうとしても、先輩は受け取らなかったはすだ」


 冷静なジェレミアの言葉を聞くと、その通りだと思わずにはいられなかった。

 半年前にランデルトが出発する際、ヴィヴィが樹脂を渡したくても拒まれただろう。


「今回のことは、不運が重なった事故だよ。誰にもどうしようもなかった。現実は厳しく苦しいけれど、それだけじゃないはずだ。努力が全て報われるとは言わない。だけど、努力してみる価値はあるんじゃないかな」

「どうして……ジェレミア君はここまでしてくれるの?」

「授業をサボってまで?」


 ヴィヴィの問いかけに、ジェレミアは冗談めかして笑う。

 その笑顔は優しくて、ヴィヴィはなぜかまた泣きたくなってしまった。


「友達なんだから当然だよ。マリルさんもアルタさんも、フェランドだって、ヴィヴィアナさんのことを心配している。みんな何となくは察しているようだけど、僕が一番事情に詳しいから、こうしてお節介をしにきたんだ。まあ、怒らせてばかりだったけどね」

「いいえ、怒ったのは八つ当たりなの。それはわかっていたのに、止められなくて……ごめんなさい」

「謝るなら、僕もだよ。怒鳴ったりして、ごめん」


 ジェレミアまで謝罪する必要はないと言おうとして、ヴィヴィは口を開きかけ、また閉じた。

 今、言うべき言葉はそんなことではない。


「……ありがとう、ジェレミア君。いつも助けてもらってばかりね」

「うん。ごめんより、ありがとうのほうがいいね。では、僕はそろそろ失礼するよ。うっかり伯爵やヴァレリオ殿に鉢合わせでもしたら、まずいからね」

「どうして?」

「ヴィヴィアナさんを泣かせたって、叩き出されるよ。それに、二度とヴィヴィアナさんには近づかせてもらえなくなるからね」


 ジェレミアの口調は残念そうなのに、楽しそうに笑っている。

 そこでヴィヴィは自分の顔がかなり酷いことになっていると気付いた。


「……ジェレミア君は、本当に意地悪ね」

「そうだよ。だからヴィヴィアナさんは僕に怒っていいんだ」


 立ち上がったジェレミアに合わせてヴィヴィも立ち上がりながら文句を言うと、あっさり肯定されてしまった。

 しかも今度は、口調は楽しそうなのに、表情は真剣だった。

 ヴィヴィは一瞬言葉に詰まり、それから微笑んだ。


「それじゃ、これからも遠慮なく怒ることにするわ」

「……怖いな」


 にやりと笑って答えたジェレミアは、ふと立ち止まった。

 そして後に続こうとするヴィヴィに軽く手を振る。


「見送りはいいよ。僕の今の願いは、ヴィヴィアナさんができるだけ家の人に顔を見られず、部屋に戻ってくれることだから。でないと、今度は訪ねてきても取り次いでもらえないよ」

「……わかったわ。では気をつけて戻ってね、ジェレミア君。今からなら午後の授業には間に合うはずだから」

「勘弁してくれ」


 応接間の入口で話していると、すぐに執事とミアがやって来る。

 そのため、見送りは執事に任せることにして、ヴィヴィは笑いながらジェレミアとその場で別れ、ミアとともに部屋へ戻った。

 ミアはヴィヴィの腫れた目を見て心配そうにしていたが、何も言わずに処置をしてくれる。

 その間、目を閉じておとなしくしていたヴィヴィは、それでも頭の中で強く決意していたのだ。

 確かにこのままランデルトに会わずに終わらせることはできない。

 だから、先輩が落ち着いた頃を見計らって強引にでも会いに行こうと。




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