魔法学園120
「……え?」
ジェレミアの爆弾発言に、ヴィヴィの思考は一時停止した。
しかし、部屋の隅に控えていたミアの鋭く息を呑む声を聞いて我に返る。
途端に様々な疑問が頭の中に渦巻く。
どうしてランデルト先輩が王都に戻ってきたのか。
ひょっとして除隊になったのか。怪我の療養のためなのか。
それになぜジェレミアがそのことを知っているのか。
どうしてわざわざ教えにくるのか。
そして――。
「ジェレミア君は……私にそれでどうしろというの? わざわざ先輩のことを教えにきてくれるくらいだもの。もう知っているんでしょう? 私と先輩が、破談になったって」
「らしいね」
「らしいねって、そんな言い方……」
「僕は意外だったんだよ。その話をヴィヴィアナさんが素直に受け入れているのが。もっと抵抗するかと思っていたのに」
ジェレミアの勝手な言い様に、ヴィヴィは腹が立ってきていた。
なぜ部外者にこんなことを言われなければいけないのだろう。
何も知らないくせに、と。
ヴィヴィアナの苦しみも、ランデルトの苦しみも、何も。
「いったい何なの、ジェレミア君。いきなり押しかけてきて、いきなりそんな……ジェレミア君?」
「何?」
「聞いているの? 私、怒っているのよ!」
「うん、聞いているよ」
ヴィヴィが怒りの言葉をぶつけているというのに、ジェレミアはよそ見をしていて、ヴィヴィの怒りはさらに増した。
だが、ジェレミアは視線だけでミアに出ていくようにと指示していたのだ。
ミアはためらったものの、ここ何日も感情を表に出さなかったヴィヴィの先ほどからの態度に驚き、ジェレミアに任せることにした。
二人はミアの知らない学園生活を、もう八年近く一緒に過ごしているのだからと。
もちろんドアは開け放したままで、大声を出せば聞こえる範囲の廊下の隅に控える。
そんなやり取りにも、ミアが出ていったことにも、ヴィヴィは気付いていなかった。
だた目の前に座って優雅にお茶を飲むジェレミアに苛立ち、ついに怒りが爆発した。
「どうして呑気にお茶なんて飲んでいるの!? いったい何をしに来たのか意味がわからない! サボってないで、さっさと学園に戻りなさいよ!」
「なら、ヴィヴィアナさんもサボってないで戻るんだね?」
「なっ――」
「さっきまでは顔色も悪かったけど、今はとても血色が良くなっているよ。もう学園を休む必要はないんじゃないかな?」
言葉に詰まったヴィヴィに、ジェレミアはさらに追い打ちをかける。
こうなるとヴィヴィも負けるものかと言い返した。
「これは怒っているからよ!」
「どうして? 僕はそんなに怒らせるようなことを言ったかな? 先輩が王都に帰ってきたんだから、これで会いに行けるだろう?」
「行けるわけないでしょう!? 私は先輩に振られたのよ!」
「だから、なぜそれを素直に受け入れるの? お互いまだ好きなのに? 馬鹿らしい。ヴィヴィアナさんはここで悲嘆に暮れていないで、先輩にプライドとかそんなくだらないものは捨てるよう説得するべきじゃないかな?」
「何がどうくだらないの!? 先輩はずっと私の父に反対されて、プレッシャーを感じながらでも、私のために夢を諦めて王都に戻ってくるって、第一部隊に転属願いを出してくれるはずだったの! それなのに今回の怪我で――」
「でも、今回のことで先輩は二階級昇進だよ。怪我の回復具合で第一部隊に配属されることだって可能だ。まあ、当分は第二部隊になるだろうけど。プライド以外に問題ないじゃないか」
「だから、どうしてわからないの!? そんなの先輩の望んでいることじゃないわ!」
あくまでも冷静なジェレミア対し、ヴィヴィは怒り心頭だった。
いったいジェレミアは何の権利があってこんなことを言うのだろうと悔しくて涙が出てくる。
だが突然ジェレミアは立ち上がり、すでに立ち上がっていたヴィヴィを睨みつけた。
「じゃあ、何が望みなんだよ! 好きな相手が奇跡的にも自分を好きでいてくれて、それなのに自分から別れようとするなんて! こうして好きな相手を泣かせていられるなんて、わかるわけないだろ!」
「ジェレミア君……」
今まで怒りに我を忘れていたヴィヴィだったが、初めて聞くジェレミアの怒声にびっくりして、怒りも急速に萎んでいく。
こんなジェレミアをヴィヴィは見たことがなかった。
「……ジェレミア君は、好きな人が……いるの?」
「いるよ。僕の片想いだけどね」
訊いておきながら、まさかこうして素直に答えてくれるとは思わず、ヴィヴィは驚いた。
しかも、答えはイエスだったのだ。
間抜けにも口をぽかんと開けたヴィヴィを目にしてか、ジェレミアは笑いながら再び腰を下ろした。
だが、ジェレミアの笑いはヴィヴィに対してというよりも、まるでジェレミア自身を笑っているように思える。
「酷い顔だよ、ヴィヴィアナさん」
「……わかっているわ」
「そうか。だけど僕も酷い顔をしているだろうな」
ジェレミアは笑いを収めて呟くと、深く息を吐いた。
そんなジェレミアに何を言えばいいのかわからない。
先ほどの怒りをまたぶつける気にはもうなれず、ヴィヴィもおとなしく座った。
「僕が婚約者を決めないのは、好きな相手がいないからじゃない。好きな相手が僕を好きじゃないからだよ」
「気持ちを……伝えたの?」
「彼女の気持ちはわかっているんだから、僕が気持ちを伝えたら困らせるだけだろ?」
「でも、もしかしたら――」
「無理だよ。僕はこの国の王子なんだ。僕の選択はこの国の未来にも関わってくる。彼女もきっとそのことを考えるだろうね。そりゃ、強引な手を使えば彼女を得られるかもしれない。だけどそれは僕の魅力ではなく、国王である父と、正妃である母の実家――カンパニーレ公爵家の力だよ。そして僕を好きでもない彼女は、子供を――後継者を生むこともできずに、周囲からの圧力と蔑みに苦しむんだ。そんなことをどうして好きな人に押しつけることができる?」
ヴィヴィの涙は止まっていたが、逆にジェレミアのほうが今にも泣きそうに見えた。
どうして恋とはこんなにも儘ならないのだろう。




