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魔法学園116

 

 舞踏会の翌日、翌々日と、やはりヴィヴィは多くの人にランデルトはどうしたのかと尋ねられた。

 どうやら、八回生になってもパートナーを決めず、前回と同じマライアを伴っていたジェレミアよりも話題をさらってしまったらしい。

 しかも、ヴィヴィは曖昧に微笑むだけだったので、様々な憶測が広がっていた。

 だがそれも、新しい発見が国王から発表されるまでだった。


 王宮で発表されたそれは、午後だったにもかかわらず、夕方にはもう学園に伝わってきたのだ。

 下級生はまだぴんときていないようだが、それがどれだけすごい発見かは、上級生になればなるほど理解できる。

 魔法科や魔法騎士科だけでなく、政経科や家政科の生徒までもが発見の内容と今後の見通しについて噂を始めた。


 魔法科の生徒はいったいどういう構造で魔法の保存などができるのか、と。

 魔法騎士科はこれで魔物退治の効率が上がる、と。

 政経科はこの発見によって及ぼす政治的、経済的影響について。

 家政科はいったい誰が発見したのか、ということに話題が集中していたようだ。

 それは学園だけでなく、国中が、世界中が同様の状態で、王都には続々と各国の外務官や魔法使い、商人たちが押し寄せていた。


 ただし、この騒動は予想されており、半年前から準備が進められていたので、大きな混乱にはなっていない。

 ヴィヴィはそんな騒ぎを、ある意味守られた学園内から見ていた。

 すでに実用化されたジロの樹脂は治癒、防御ともに各部隊にも配布されているらしい。

 そのことについて、ランデルトから何も言ってこないのが――正確には、ヴィヴィが舞踏会のことは気にしないでほしいと手紙を出してから返事がないことが、ヴィヴィを悩ませていた。


 舞踏会が終わってからもうひと月以上経つ。

 今までなら必ずひと月に一度は少なくとも手紙が届いていたのだ。

 本当ならヴィヴィから、いったいどうしたのかと、せめて日々の出来事を書いて送ればいいのだが、怖くてできなかった。


 ランデルトが自然消滅を狙っているはずはない。

 それだけは確信が持てるのだが、ヴィヴィには何が起こっているのかまったくわからなかった。


「困ったことになったね」

「え?」

「いや、世間の騒ぎのこと。今は、いったい誰が発見したのかって話題に移っているだろう?」

「あ、ええ。そうみたいね」


 生徒会室で仕事中だったヴィヴィは、いきなりジェレミアに話しかけられて驚いた。

 考えに耽るあまり、いつの間にか二人きりになっていることにも気付いていなかったのだ。

 そんなヴィヴィを、ジェレミアはじっと見つめ、小さくため息を吐いた。


「大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。発見者については、今のところ徹底的に隠していただいているし、最悪の場合でもレンツォ様が表に立ってくださるそうだから。私にたどり着くにしても、発表のほうが早いと思うわ」

「いや、今のはその心配じゃなくて、ヴィヴィアナさんの体調の心配だよ」

「体調?」

「気付いていないのなら言うけど、酷い顔だよ」

「え!?」

「ここのところずっと顔色も悪いし、目の下にクマもある。眠れていないのは確かだね。でも、今聞いた話によると、ヴィヴィアナさんを悩ませているのは、世間の騒ぎに関することじゃないらしい」

「それは……」


 いつも紳士的なジェレミアからの遠慮ない言葉に、ヴィヴィは焦った。

 そんなに言われるほどに顔色が悪いのかと思いつつ、そこでようやく周囲に心配をかけていることに気付いたのだ。

 最近のミアは何も言わないが、いつも以上にヴィヴィを気遣ってくれ、マリルやアルタもあえてランデルトの名前は出さない。

 その分、話題は発見のことになるが、余計なことを言わないようにしていたヴィヴィは普段よりも口数が少なくなっていた。


 このひと月の間、自分のことしか考えていなかったことが恥ずかしくなる。

 確かにヴィヴィだけの問題ではあるけれど、このままみんなに心配をかけ続け、一人で悶々としていても何もならない。

 もしヴィヴィがみんなの立場だったなら、何もできなくても相談くらいはしてほしいと思うだろう。


「……今、話しても大丈夫?」

「もちろん」


 ためらいがちなヴィヴィの言葉に、ジェレミアは心からの温かな笑みを見せた。

 それだけで心強くなる。


「もうわかっていると思うけど、ランデルト先輩から舞踏会の数日前に、王都に帰れないと――隊から離れられないと手紙が届いたの。理由は書いていなかったけれど、軍のことなら気安く手紙には書けないし、仕方ないことだと思って……気にしないでほしいと返事を書いたわ」

「……うん」

「でも、それ以来なんの音沙汰もないの。だけどもし何かあれば……正式な婚約者ではなくても、何らかの連絡がくるものではないかしら? それが無理でも、ご家族には連絡があるはずだし、父へ話が伝わると思うの。それなのに何もなくて……」

「伯爵は何て言っているの?」

「父も兄も軍部には関わっていないから、状況はわからないみたい。でも調べればわかることだから、調べるって言ってくれてるけれど……詮索するような気がして……怖くて……」


 一度口にしてしまうと、次から次へと不安が言葉になって溢れてくる。

 せめて泣くだけはすまいと我慢して、震える息を何度も吐いた。

 帰ったら、マリルやアルタにも打ち明けよう。

 ミアにも謝って、それから泣きつこう。

 そう考えると、少しだけ心が軽くなって、ふっともう一度息を吐いたヴィヴィはかすかな笑みを浮かべることができた。


「……僕には、何が起こっているのかはまだわからない。ただ、一つ確実に言えるのは、ヴィヴィアナさんは無理をしすぎだってことだよ」

「そ、そんなことは……」

「あるよ。僕たちは友達なんだ。僕には無理でもマリルさんやアルタさんには打ち明けてもよかったと思う。一人で抱えるほど、不安は大きくなるんだから。それと、ランデルト先輩には怒っていいんだよ。軍部の事情なんてこっちは知らないんだから」

「でも……」

「でも、じゃない。これから結婚しようっていうのに、どちらか一方の我慢で成り立つ関係なんておかしいよ。もちろんケンカだって必要だと思う。僕は、恋人には頼ってほしいし、たまには我が儘を言ってほしい。男の傲慢さかもしれないけど、それは友達相手でも同じだよ。ヴィヴィアナさんは今だって泣くのを我慢しているだろう?」

「わ、私は……」


 ジェレミアの言葉にうろたえてしまうのは、心当たりがあるからだ。

 みんなに心配をかけたくないと思い、逆に心配をかけていた。

 ランデルトには嫌われたくないと思い、自分の気持ちをいつも抑えていた。

 それがジェレミアにずばりと言われ、男性としての意見を聞いて、抑えていたものが込み上げてきそうになる。

 そんなヴィヴィを励ますように、ジェレミアはにっこり笑った。


「うん。まあ、ここでは泣けないっていうなら、部屋に帰ってからでいいんじゃないかな? 仕事は急がないから、もう帰っていいよ。きっと少しは楽になれるから」

「ジェレミア君は……まるで経験があるみたいね?」

「……僕は泣く代わりに、アントニー相手に模擬剣を思いっきり振り回すんだ。まあ、いつも返り討ちにされるけどね。馬鹿らしくて笑えてすっきりする。ヴィヴィアナさんもそっちのほうが効果がありそうなら、付き合うけど?」

「無茶を言わないで」


 ジェレミアの冗談に今度は本当におかしくなってヴィヴィはくすりと笑った。

 それからゆっくり立ち上がる。


「ありがとう、ジェレミア君。お言葉に甘えて、今日はもう帰らせてもらうわ」

「うん。気をつけてね」

「すぐそこよ?」

「油断大敵だよ。たとえ、護衛がたくさんいてもね」

「……そうね。では、また明日」

「また明日、ヴィヴィアナさん」


 荷物をまとめて鞄を持つと、ヴィヴィはジェレミアに手を振って生徒会室を出た。

 ジェレミアに話すことで前向きな気持ちになれている。

 寮に戻ったら、ひとまずはミアに泣きつこう。

 久しぶりに足取り軽く、ヴィヴィは寮へと帰っていったのだった。




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