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魔法学園110

 

 いよいよ長期休暇が始まると、ヴィヴィは屋敷でおとなしくしていた。

 最高学年を前にして勉強が忙しいという理由である。

 もちろんそれは建前で、半年後に発表を控えた新しい発見について、当分の間、ヴィヴィは関わらないためであった。

 とはいえ、ヴィヴィも屋敷でできることはやっている。

 二本の小さめの成木をこっそり持ち込んでもらっているのだ。


 また〝ウルの木〟の調査報告も、途中ではあるが教えてもらった。

 花が咲くわけではなく、葉や幹の形が美しいわけでもない〝ウルの木〟は、庭木での利用は今のところないらしい。

 ただ、十数本ほど自生しているものは見つけ、その場から王宮と筆頭薬師であるサイルの屋敷の庭に移植されたそうだ。

 本来なら全て王宮のほうが都合はいいのだが、あまり派手に動くと密偵に怪しまれるということで、植物学の権威でもあるサイルが新たに研究を始めたという形にしており、他に自生しているものがないかは、引き続き調査が行われる。


 そしてついに、ランデルトとの約束の日がやってきた。

 ランデルトからはヴィヴィと会うのに、ご両親への挨拶は当然であり、最初からそのつもりだったので気にする必要はないとの返事が届いたのだ。

 むしろ伯爵に時間を取らせてしまうことを、ランデルトは気にしていた。

 思い出してみれば、ランデルトはヴィヴィを屋敷へ迎えにきてくれる時に、必ずきちんと母に挨拶をしてくれていたのだから、心配の必要などなかったのである。


(そうよね、前世と一緒に考えるほうが間違っていたのよ。先輩に対しても失礼だったな……)


 そう反省したのはつい先日だ。

 ヴィヴィにとって前世の記憶は役に立つこともあれば、足を引っ張ることもある。

 要するに男性に対するトラウマ的なものを忘れられればいいのだが、なかなか上手くいかない。


「お嬢様」

「はい!」

「……緊張なさるのはわかりますが、もう少しお気持ちを解してくださらないと、お顔の色があまりよろしくありません」

「え、ええ。そうね、気をつけるわ」

「……」


 せっかく久しぶりに会えるというのに、期待よりも緊張してしまっているのは、やはり発見のことを打ち明けなければいけないからだろう。

 説明は父に任せるが、その後は二人で話し合わなければならない。

 心配してくれるミアへ鏡越しに笑ってみせたが、自分でも笑顔がぎこちないことはわかった。


「今日はちょっとだけ頬紅を濃くしてくれる?」

「かしこまりました」


 ミアにお願いして化粧を施し、髪型を整えたところで、ランデルトの到着を告げられた。

 いつもより支度に時間がかかったのも仕方ないだろう。


「お、お待たせいたしました……」


 緊張して喉をつかえさせながら応接間に入ったヴィヴィは、立ち上がったランデルトの姿を見た途端に色々なことを忘れた。

 あれだけこわばっていた顔に、自然と笑みが浮かぶ。


「こんにちは、ヴィヴィ。久しぶりだね」

「お久しぶりです、ランデルト先輩」


 たったそれだけの挨拶を交わして、しばらく見つめ合う。

 そこで父のわざとらしい咳払いが聞こえ、二人とも我に返った。


「二人とも、いい加減に座ってくれないか? 話をしたいんだがね」

「申し訳ございません」

「す、すみません」


 呆れたような、笑いを含んだような父の言葉に、ランデルトは頭を下げ、ヴィヴィももごもごと謝罪しながらソファに座った。

 母はくすくす笑いながら、用意されたお茶を淹れてくれる。

 そして母がヴィヴィの隣に腰を下ろすと、父が重々しく口を開いた。


 口外しないようにとの前置きに、ランデルトは当然だとばかりに了承する。

 それからの父の説明はとても簡潔なものだった。

 ヴィヴィがレンツォとともに大きな発見をしたこと。

 その素材には触れなかったが、その発見によって防御魔法、治癒魔法が保存できるようになったことに言及すると、ランデルトは興奮のあまり腰を浮かせた。


「まさか、そんなことが本当に……?」


 信じられないといった表情でヴィヴィを見つめる。

 ヴィヴィは恥ずかしいのか、気まずいのかよくわからず、真っ赤になって頷いた。


「はい。偶然なのですが……。レンツォ様が実用化の方法まで発見してくださいました」

「すごい……。これで我々も、一般の人たちも、どれだけ救われるか……」


 ソファに座り直したランデルトは、呆然としたように呟いた。

 しかし、その表情は輝いている。


「うむ。ランデルト君はこの一年、間近で魔物被害を見てきただろうから、特にこの発見の重要性がわかるだろう。だが、これによってヴィヴィに及ぼす影響もわかるね?」


 そんなランデルトに告げた父の言葉は、労いを含みながらもきっぱりとしていた。

 ランデルトもすぐに飲み込んだようだ。

 夢から覚めたようにはっとして、真剣な表情でヴィヴィを窺い、父へと視線を移す。


「ヴィヴィが――お嬢さんが今回、レンツォ殿の許へ通われない理由はわかりました。それで、今後はどういった方策が取られるのでしょうか?」

「正式な発表は半年後だ。その時にはまだ発見者の名前は伏せておく。それでも、レンツォ殿の名前はすぐに知られてしまうだろう。同時にヴィヴィへも注目が集まるようになるだろうが、幸いにして今の学園は王宮内よりも安全だ。このままヴィヴィは学園へ通い、卒業してからレンツォ殿とヴィヴィの名を正式に発表する」

「……一年後ですね。では、その後は?」

「今現在、水面下でとある商会と交渉を始めたので、ヴィヴィがこの件に関して秘密を抱えることはない。だが、これほどの発見をしたヴィヴィを各国が放っておくとも考え難く、わが国でも当然手放したくはない。よって、ヴィヴィは卒業後、王宮の一角に研究室を賜ることになった」

「王宮の……」


 ランデルトはかすかに目を見開き呟いた。

 魔法科の卒業生が研究所に入所したり、王宮勤めの魔法使いの下で修業をすることはよくあるが、いきなり王宮の一室を与えられることはさすがにない。

 レンツォでさえも、かなり優秀で実家の力がありながらも、卒業後は研究所に入り、実績を積んだのだ。

 五年後にその功績を認められて王宮に一室を与えられはしたが、それでも当時は最短で、ボンガスト侯爵の後ろ盾があったからだと、中傷されることもあった。


「というわけで、ヴィヴィの安全を配慮すると、国としても私たち夫婦としても、ヴィヴィを地方へやるわけにはいかない。もちろん警備の数を先日から増やしてはいるが、発表後はさらに増やすつもりだ。君には今まで以上に、ヴィヴィの安全に配慮してもらいたい」

「――はい、当然です」


 厳しい口調の父にも怯むことなく、ランデルトははっきり答えた。

 それでもヴィヴィは不安になってしまっていた。

 今はよくても、そのうち息苦しく感じてしまうのではないかと。

 その不安をまるで煽るかのように、父は続ける。


「君がとても優秀な魔法騎士になるであろうことは報告を受けているよ」

「……ありがとうございます」

「そこで君に問いたい。このままヴィヴィのために王都に残るかね? それとも、魔法騎士として魔物被害に苦しむ人たちのために地方へ赴くかね?」

「お父様!」


 ヴィヴィは悲鳴に近い抗議の声を上げた。

 あれほどに、ランデルトに選択を迫らないでほしいとお願いしていたのに。

 この状況にヴィヴィは泣きたい気分だった。




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