魔法学園108
その後は、これからの予定について教えてもらった。
王宮の魔法使いや治癒師に緘口令が布かれ、〝ジロの木〟の苗木を育てていくらしい。
ただし、詳しい説明は機密漏洩を防ぐために省くとか。
また水面下で商会と交渉を進めながら、早急に自生している〝ウルの木〟がないか調べることになったそうだ。
当然〝ジロの木〟も同様に調査は行われるが、〝ジロの木〟の価値は苗木から魔力を与えて育てることにあるため、確保することより今年の種子の採取を優先することになる。
一度苗木が流通してしまえば、来年からは各自で種子も採取できるからだ。
その他に細々としたことも決まったらしいが、そこはもう政治の世界で、ヴィヴィには少々難しかった。
それでも一生懸命に耳を傾ける。
先日、ジェレミアと話したことで、今のままではダメだと気付いたのだ。
女性だからといって、自分が巻き起こしたことに知らないではすまされない。
そうして見方を変えれば、いっさい口を挟まない母も、内容をしっかり理解しているように見える。
これが賢い淑女のあり方なのだと、ヴィヴィはつくづく感じた。
普段はおっとりしているが、たまに屋敷で催されるお茶会での母は、一癖も二癖もある招待客の相手を上手くしているのだ。
そのうえで必要な情報を得て、また情報を流す。
そうして世情を見極め、さらにはコントロールしていると思える時さえあった。
ヴィヴィは正式な夜会に出席したことはまだないが、昼間のお茶会には何度か出席したことがある。
そして気付いたのは、女主人としても招待客としても母が一番に如才なく立ち回っていたことだ。
バンフィールド伯爵家が王宮内で盤石の地位を保っていられるのも、父だけでなく母の力も大きいのだろう。
二人は深い愛情とともに、固い信頼関係によって結ばれている。
(やっぱり、お父様とお母様が私の理想の夫婦像だわ……)
父が母以外に妻を娶らないのは、それだけ母が女性としても、パートナーとしても魅力的だからだ。
ヴィヴィも夫に――ランデルトに誠実さを求めるなら努力しなければならない。
(なのに、結婚前――ううん、婚約前から負担をかけてしまう……)
話し合いが終わり、自室に戻ってベッドに入ってから、ヴィヴィはついランデルトのことを考えてしまっていた。
あとひと月足らずでランデルトは王都に戻ってくる。
手紙のやり取りの中で日程も教えてもらっており、叙任式前に会う約束もしていた。
しかし、ヴィヴィの両親に会いたいという一文がランデルトの手紙になかったことを思えば、ため息が出てしまう。
(それでも、叙任式の前にはお父様に状況説明をしてもらわないと……)
ヴィヴィが一人で説明できればいいのだが、国の施策に関することなのでランデルトにどこまで打ち明ければいいのかわからない。
数日前にランデルトに宛てて出した手紙には、父に会ってほしいとお願いしている。
まだ返事は届いていないが、ヴィヴィは正直なところ心苦しかった。
(これって、彼氏に両親に会ってほしいと言うようなものよね……)
もちろんランデルトは結婚前提でヴィヴィと付き合っている。
むしろ正式な婚約を認めないのはヴィヴィの父なのだが、どうしても前世にトラウマがあり、返事がくるまで心配だった。
前世での二十代半ば、二年以上付き合っていた彼氏に「そろそろ両親が会いたいって言ってるんだけど……」と言った時、彼氏の「何で?」が忘れられない。
さらには「結婚するわけでもないのに、会う必要なんてないだろ」と続いたのだ。
あの時の彼氏は、怒っているわけでも馬鹿にしているわけでもなく、ただ本気で意味がわからないといった様子だったのがショックだった。
(あの彼……ギャンブルはしないし暴力も振るわなかったし、浮気もしなかったから……本気で結婚を望んでたのに……)
きっと今はまだ結婚を考えられないのだろうと、それから辛抱強く二年間付き合って、あっさり別の子を好きになったと捨てられたことを思い出す。
要するにヴィヴィは二十代半ばの四年以上を未来のない関係に費やしてしまったのだ。
(まあ、無駄だったとまでは思わないけど……)
ランデルトに手紙を出してから、あの時のことを何度か夢に見てしまっていた。
どうやら気持ちを切り替えて、ランデルトの選択に任せると決めたものの、やはり深層心理では怖いのだろう。
そんなことを考えながら眠ったせいか夢見が悪く、朝になってヴィヴィが目覚めた時には汗をかいていた。
それでも家族の前では明るく振る舞い、お昼を過ぎて寮へと戻る。
ヴィヴィの扱いとしては、学園を卒業するまでは現状のまま、卒業後はレンツォのように王宮に部屋を賜ることが決まったらしい。
しかもレンツォは今より大きな部屋に移るらしく、ヴィヴィはその隣になったそうだ。
これは昨日決まったばかりらしいが、ヴィヴィにとってはプレッシャーでもあった。
そのため、休みが明けてから授業を受けていてもなかなか頭に入らない。
自分が気負いすぎていることもわかっているのに、上手くいかないのだ。
そしてまたジェレミアに指摘されることになった。
「ひょっとして、もうすぐランデルト先輩が帰還されるから落ち着かないの?」
「私って、そんなにわかりやすい?」
「まあ、僕は色々と事情を知っているからね。それに、ヴィヴィアナさんをつい見てしまうから」
「そっか……。心配かけてしまってごめんね。それから、ありがとう。ジェレミア君も生徒会長になったばかりで大変なのに」
「……今はどうにか落ち着いたよ。先輩方の卒業パーティーも無事に終えられて、ほっとしてる」
にっこり笑うジェレミアは、確かに余裕そうに見える。
ジェレミアのカリスマ性は絶対的なものになりつつあり、会長になってまだ日は浅いがとても頼もしいのだ。
やはり上に立つ者の――王の風格だろう。
「次は新入生歓迎交流会ね。今年はジェレミア君の妹さんが――ジョアンナ王女殿下がご入学されるのよね」
「そうなんだけどね……」
「何か問題でも?」
「いや、ジョアンナに問題はないよ。あの王宮にいながら、素直に育っていると思う」
気乗りしないジェレミアの言葉に、ヴィヴィは引っかかった。
自分もそうだが、最近のジェレミアだって元気がない。
そこで今度はヴィヴィが力になる番だと思い、できるだけ安心させるような笑みを浮かべた。
「ジェレミア君、何かあるなら私に話すだけでも話してね。楽になれるかもしれないし、ひょっとして力になれるかもしれないわ」
「そうだね……」
「まあ、確かに私は頼りないけど、たまにはジェレミア君の役に立てればと思ってるの」
「……ありがとう、ヴィヴィアナさん。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
少し考えてから答えたジェレミアは笑顔になった。
その表情はまるで悪戯を考えた子供のようだったが、ヴィヴィはもう後には引けなかった。




