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魔法学園107

 

 翌日からヴィヴィは今まで以上に授業に真剣に取り組んだ。

 攻撃魔法も及第点でしかなかったものを、せめて中級攻撃くらいはできるようになりたかった。

 相手に当てるつもりはなくても脅しくらいにはなるはずだからだ。

 もちろん防御魔法については上級を目指している。


 そして次の休みの前日。

 ヴィヴィは緊張しながら実家へと帰った。

 王宮での話し合いがどうなったのか、手紙で教えてもらうことはできないからだ。

 だが授業が終わり、どきどきしながら屋敷に帰ると母が迎えてくれ、父と兄はまだ王宮だと伝えられた。

 それでも夕食は四人揃う予定で、その後に話し合いの場が設けられるらしい。


 ヴィヴィの母は大まかな説明を聞いているらしく、心配して顔色が悪かった。

 そのためヴィヴィは夕食までの間、母の傍にいて色々な話をした。

 母は、ヴィヴィが今すぐ学園を辞めて伯爵家で過ごすことを望んでいたが、学園も安全だからと自分を納得させているようだ。

 たとえヴィヴィを欲する相手がいても、白昼堂々と攫うなど他国であれば戦争の引き金になりかねず、せいぜい夜会の場で誘惑してくる程度のはずだからと。

 もちろん一人で行動することは禁じられ、警備が手薄になる地方に行かせるわけにはいかないとも言われたが。


「いっそのこと、ランデルトさんが婿入りして、この家に住んでくれればいいのだけれど……」

「お母様、それは先輩には言わないでくださいね。先輩自身に全てを選んでほしいの。だから私は先輩がご自身で出した答えに従うつもり」

「……あなたがそれでいいなら」

「ええ。ありがとう、お母様」


 ランデルトは責任感が強く真面目なために、きっと先に選択肢を出してしまったら、その中から選んでしまう。

 だがランデルトにとっては、別の選択肢があるかもしれないのだ。

 さらには、ヴィヴィと別れるという選択肢は、先に提示されてしまうと選ばないだろう。


 だからヴィヴィは父にもお願いして、ランデルトが王都に戻ってきたら、状況だけ説明してもらうつもりだった。

 父が言うように卒業まで時間があるのなら、それまでにランデルトに答えを出してもらえばいい。

 それが、ヴィヴィがこの期間で出した答えだった。


 やがて父と兄が帰ってくると、ヴィヴィは玄関で出迎え、しばらくしてみんなで食事をとった。

 食事の間はヴィヴィの学園での出来事などの他愛ない話題に終始していたが、食後のお茶は居間でということになり、皆で移動する。

 父も兄も今夜はお酒を控えるようだ。


「さて、ではヴィヴィとレンツォ殿の素晴らしい発見についての話に移ろうか」

「――はい」


 執事が運んできたお茶を母が淹れ、ヴィヴィが全員に配り、皆がそれぞれカップを口へと運び落ち着いたところで、父が切り出した。

 ヴィヴィは改めて姿勢を正して頷く。


「詳細は後で話すとして、まず先日の話し合いよりも大きく変わったことを話そう」

「お願いします」

「今回の話し合いの結果、〝ウルの木〟に関しても情報を売ることになった」

「本当ですか!?」

「ああ。レンツォ殿が頑張ってくれてね。実際、宰相殿や筆頭魔法使いのオクト殿などは渋っておられたが、レンツォ殿の実験室に〝ジロの木〟と同時に〝ウルの木〟が運び込まれている時点で、レンツォ殿は隠ぺいするのは無理だと主張したんだ。もちろん、できないこともないが、手間がかなりかかる。それくらいなら、最初から情報を高額で売るべきだと」

「レンツォ様が……」


 ヴィヴィは父の言葉に安堵すると、じわじわと喜びが湧いてきた。

 もっと強力な防御手段があるというのに、国益のために使わないなんて納得できなかったのだ。

 その気持ちをレンツォも同じように抱き、訴えてくれたのだと思うと嬉しくなる。

 次に会った時にはこの感謝の気持ちをどう伝えればいいだろうと考え始めたヴィヴィだったが、続いたヴァレリオの言葉にはっとした。


「秘密はなければないほうがいい。秘密なんてものはあっても争いの元にしかならないからね。これだけでヴィヴィの安全性はかなり上がる」

「安全性……」

「そうだよ。秘密を抱えていると、どうしても疚しい気持ちから言動がぎこちなくなってしまう。そうすれば、相手は何かあると思って探ろうとするだろう? 疑心ほど人を醜く残酷に変えてしまうものはないからね」

「まあ、ヴァレリオ。何だか意味深な言葉ね。私はあなたが心配になってきたわ」

「何もないよ、母さん。一般論だから」


 もっともなヴァレリオの言葉に内心で同意したヴィヴィと違って、母は娘の安全性が上がったことで逆に息子が心配になったらしい。

 ただヴァレリオはもう二十五歳も過ぎており、色々な経験をしてきたのだろうとヴィヴィは思った。

 しかも王宮なんて場所は魑魅魍魎の巣窟というイメージなのだ。

 それでも焦って否定するヴァレリオがおかしくてヴィヴィは笑い、その場の空気がわずかに和んだ。

 しかし、父が一度咳払いすると、再び室内は緊張に包まれる。


「話を戻すがね、先ほども言った通り、宰相殿やオクト殿は〝ウルの木〟に関しては隠ぺいすべきだと主張した。かなり頑なにね。そこでレンツォ殿は隠ぺいできないというだけでなく、我が国にとって有益性のある理論を展開したんだよ」

「どういったものですか?」

「〝ジロの木〟もそうだが、〝ウルの木〟はこのインタルア王国でもこの辺りでしか生育していないということだよ。二種類ともインタルアの固有種だとね。ただし〝ジロの木〟は苗から魔力を与えれば数ヶ月で成長することから、おそらく他国でも生育することができるだろう。しかし〝ウルの木〟は魔力をはねつけてしまう。要するに自然でしか育てられない。ということは、この国の特産になるとね。もちろん他にも適応する土地だってあるかもしれず、年月をかければ品種改良することも可能かもしれないが、少なくとも数年前はかかる」

「なるほど……。ですが、自生しているものを盗採されませんか?」


 以前研究室でヴィヴィが伐採されすぎて枯渇することを心配していた時、レンツォは植物図鑑のようなものを開いて二本の木についての特性を調べてくれた。

 あれからさらに詳しく調べてくれていたのだろう。

 それならヴィヴィにもできたことなのに、ちっとも考え付かなかったことを反省した。

 場当たり的なだけでなく、もっと先を見据えて考えなければいけないのだ。

 その気持ちは、思い浮かんだ質問に父が答えてくれたことでさらに強くなった。


「レンツォ殿はそのことについても――自生地域についてもすでに調べてくれていたようだよ」

「それは……すごいです」

「そうだね。まあ、レンツォ殿もそれほど時間があったわけではないから、そこはサイル殿に相談していたようだ」

「サイル様……筆頭薬師の?」

「ああ。彼は薬師としてだけでなく、植物学の権威だからね。彼が言うには〝ジロの木〟は自生しているものも多いようだが、〝ウルの木〟に関してはどうやら種間競争に弱いらしく、今は植樹されたものしか残っていないらしい。まあ、もっと詳しく調べる必要はあるけど、それはこれからの仕事だ」

「そんなに貴重な木だったんですか?」

「そうなんだよ。ほら、学園ではよく見かけるから特に気にしたことはなかったよね。しかも王宮でも魔法鍛錬所の近くに多く植えられているんだよ。昔の庭師たちは無意識のうちに気付いていたのかもしれないね。〝ウルの木〟が魔法に強いって」


 改めて知らされた〝ウルの木〟について、ヴィヴィは驚くことしかできなかった。

 そして最後にヴァレリオが告げた言葉が胸を突く。

 やはり、先人の知恵に勝るものはない、と。





この度、ジェレミアやレンツォの実家の名前を間違えていることに気付き、いくつか修正をいたしました。

まだ修正できていない部分もあるかと思いますが、発見でき次第修正していきます。

というわけで、正確には『ジェレミアの実家→カンパニーレ公爵家』『ジュスト、レンツォの実家→ボンガスト侯爵家』です。




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