魔法学園106
「ほら、素直に吐けよ。楽になるぜ?」
「……は?」
ヴィヴィが口を開きかけた時、ジェレミアがまったく似合わない口調で促した。
一瞬呆気に取られたヴィヴィだったが、顔を赤くして気まずそうにするジェレミアを見て、噴き出してしまった。
するとジェレミアも一緒になって笑う。
「酷いな、ヴィヴィアナさん。これでも少しは気を楽にしてもらおうと思って言ったのに。大失敗だよ」
「い、いいえ……大成功よ。すごく気持ちが、楽になったもの」
どうにか笑いを収めて答えたヴィヴィだったが、やはり声が震えてしまった。
ジェレミアは不満そうにしていたが、それもまた演技だとわかる。
ヴィヴィは何度か深呼吸を繰り返して落ち着くと、再び口を開いた。
「たぶん今頃、レンツォ様がお父様を伴って、陛下や筆頭薬師の方、筆頭魔法使いの方にお話しているはずなんだけど、それが気になっていたの」
そう言ってヴィヴィはちらりと時計を見た。
今日のこの時刻に決まったと、一昨日に父から簡単な伝言が届けられたのだ。
「ひょっとして、大発見をしてしまった?」
「そうなの」
「レンツォ殿が? ヴィヴィアナさんが?」
「きっかけは私だけど、実用化できるように研究を重ねてくださったのは、レンツォ様よ」
「内容を聞いてもいいかな?」
「それは……」
察しのいいジェレミアは、淡々と話を進めていく。
内容を尋ねられ、ヴィヴィはちょっとだけ躊躇したが、どうせすぐに知れ渡ることではあるし、何よりジェレミアは口が堅い。
また王位継承者でもある。
そう判断して、ヴィヴィは簡単に説明することにした。
「簡単に言えば、治癒魔法を保存できる方法が見つかったの」
「治癒魔法を……保存?」
「ええ。魔法ランプだって光魔法を光集石に保存しているわけでしょう? それをたいていの人は簡単な詠唱で扱える。同じように治癒魔法が保存できれば、治癒師がいなかったり、怪我人や病人が大勢いる時に助かると思ったの」
「まさか、そんなことが可能になった?」
「ええ」
「それはすごいな! 確かに世界が変わるほどの大発見だよ!」
「……まだあるの」
「まだ? 新たな発見が?」
「ええ」
驚くジェレミアにさらに打ち明けようとすると、珍しくジェレミアは大きく目を見開いた。
それでもヴィヴィは気付くことなく、息を吸ってから一気に言う。
「攻撃魔法に対する防御方法も見つけたの」
「……防御方法を?」
「ええ。正確には防御魔法を保存する方法。保存したものを楯や鎧に備えれば、保存した防御魔法によってかなりの効果が得られるの」
「……」
とても簡単な説明だったが、ジェレミアは意味を理解したらしく絶句した。
ヴィヴィがしばらく続く沈黙が耐えられなくなった時、ジェレミアが呼吸することをようやく思い出したかのように大きく息を吐いた。
だが急に立ち上がり、室内をうろうろし始める。
「……ジェレミア君?」
「大発見だよ。すごいよ。だけど大問題だ」
「……ごめんなさい」
「違う、ヴィヴィアナさんが謝る必要はないんだ。むしろ誇るべきだよ!」
どうやらジェレミアもヴィヴィの立場を理解したらしい。
ヴィヴィはこうしてみんなに迷惑かけてしまうことが申し訳なくて、また謝罪の言葉を口にしてしまった。
するとジェレミアがはっとして励ましの言葉を勢いよくかける。
ヴィヴィが曖昧に微笑んで応えると、ジェレミアは急ぎ戻ってきてヴィヴィの足下に跪いた。
「ジェレミア君、何を――!?」
着付けではない状況で、足下に誰かが跪くだけでも慣れないのに、それが王子であるジェレミアなのだ。
驚き慌てて立ち上がろうとしたヴィヴィの両手を握り、ジェレミアは安心させるように微笑んだ。
「ヴィヴィアナさんの前では、僕は跪かずにはいられない。今回の発見がどれだけ多くの人を救うか……。本当に頭の下がる思いだよ。ありがとう、ヴィヴィアナさん」
「わ、私は……」
「うん。レンツォ殿と協力したんだよね? ヴィヴィアナさんとレンツォ殿はすごいことを成し遂げたんだよ。だから何も負い目に感じる必要はないんだ。たとえ周囲がうるさくなってもヴィヴィアナさんはそのままでいい。何も気にしないで。この先は僕たちの仕事だよ」
「……ジェレミア君の?」
「僕はこの国の王子だ。投げ出したくなる時はしょっちゅうあるけど、それでもこんな素晴らしいことに力を発揮できることは嬉しい。多くの人が苦しまないように、諦めずにやりたいことができる。それだけの力があることを僕は誇りに思う。だからヴィヴィアナさんもやりたいようにやればいい。僕が、伯爵が、全てを助けるよ」
「ジェレミア君……」
「もちろん、ランデルト先輩もね」
悪戯っぽく最後に告げられた名前に、ヴィヴィは思わず赤面した。
すると、ジェレミアはくすくす笑う。
いつもの意地悪な笑い方なのに、なぜかヴィヴィは安心してしまった。
きっと父よりも兄よりもレンツォよりも、今まで一緒いた時間が長いからだろう。
しかもジェレミアはヴィヴィ以上に大変な立場にいるのだ。
そんなジェレミアの言葉はヴィヴィを勇気づけてくれた。
確かに今から悩んでも仕方ないのだ。
なるようにしかならない。
もちろんみんなに迷惑はかけられないが、それでもやりたいことをやろう。
研究を続けよう。
ヴィヴィはこれからのことや、ランデルトのことで重くなっていた心が軽くなるようだった。
「ありがとう、ジェレミア君」
「どういたしまして、ヴィヴィアナさん」
ランデルトに選択を迫るのは心苦しいが、選択肢は一つではない。
父の言うように二択ではなく、まだ他にあるのだ。
単身赴任もそうだが、ヴィヴィ自身が守られなくてもいいように強くなればいい。
せっかく魔法科に在籍しているのだから、防御魔法も、好きではない攻撃魔法も頑張ろう。
自分の努力次第で選択肢は大きく広がる。
ヴィヴィは生徒会の仕事を終わらせ校舎前でジェレミアと別れると、寮に戻ってさっそく防御魔法の教本を開いたのだった。




