魔法学園104
翌日。
ヴィヴィは学園を休んで、父と次兄のヴァレリオとレンツォの話し合いに同席することにした。
そしてレンツォは実験室で実証するとともに、全ての研究結果を説明すると、伯爵もヴァレリオも驚愕し、喜んだ。
ちなみに治癒樹脂に関しては、レンツォがナイフで親指に小さく傷をつけただけで、あとは口頭で説明しただけである。
しかし、二人の興奮はすぐに冷め、自分たちが一番に報告を受けたことの意味を悟って頭を抱えた。
「申し訳ありません、お父様、お兄様」
「いや、ヴィヴィが謝ることじゃないよ。これは素晴らしい発見なのだから」
「そうだよ、ヴィヴィ。これははっきり言って、世界が変わる発見だよ」
謝罪するヴィヴィに、二人は笑顔を浮かべて励ました。
だがそれで問題が解決するわけではない。
「これほどの発見をなかったことにするわけにはいかない。だからといって、オクト殿やサイル殿の発見だとするにも、無理があるだろう。この王宮内にも多くの密偵がいる。もちろん他国に通じているものだっているのだから、すぐにレンツォ殿の発見だと突き止められるだろうし、そうなればヴィヴィにも注意が向く」
「私もそのように思います」
「う~ん。だからといって、今から発見者を別の人間にするための情報操作に動いたとしても、実用化されるのが遅れるだけだからなあ。今現在も魔物被害や治癒師がいなくて苦しんでいる人のことを思えば、できるだけ早く流通させたいですねえ」
「おそらくレンツォ殿の言う通り、〝ウルの木〟に関しては隠ぺいされるだろう。今、情報公開しても、情報料としても多少上乗せされる程度だ。それならば切り札として、できる限り隠しておくべきだからな」
「せっかく防御性が高まるのに……」
三人の話し合いを黙って聞いていたヴィヴィだったが、父の言葉には思わずぼやかずにはいられなかった。
すると、ヴァレリオが慰めるようにヴィヴィの頭を撫でる。
もう何年もされていないことだ。
子ども扱いされているようで腹が立つが、実際子供なのだろう。
みんなだって本当は〝ウルの木〟を使いたいだろうに、大人の事情で我慢しなければならない。
その悔しい気持ちを口に出さないだけは、大人なのだ。
「とにかく、この大発見に関しては陛下のご意向の下に我々が対処するとして、やはり問題はヴィヴィだな」
「たぶん、各国からヴィヴィに求婚者が殺到するね。ヴィヴィが発見者だとは思っていなくても、レンツォの助手だったというだけでも評価が高くなるからね。どうする、ヴィヴィ? モテモテになるぞ?」
「ですが、私にはランデルト先輩がいるんです」
伯爵の言葉にヴァレリオが場を和まそうとしてか、冗談交じりにヴィヴィに問いかける。
だがヴィヴィはその冗談には乗れなかった。
そこに伯爵が重々しく口を開く。
「だからといって、ランデルト君との婚約を正式発表すれば、相手は強硬手段に出かねない。もちろん警備は万全にするが、やはりランデルト君との仲を認めるわけには――」
「お父様!」
「ヴィヴィ、落ち着いて。今はただ正式に発表できないというだけだよ。もうすぐランデルト君も王都に戻ってくる。その時に第一部隊配属になれば、逆に心強いだろう?」
「ですが、先輩の希望は第三部隊です。すぐには無理でもいつかはと……」
「では、ヴィヴィを諦めるか、夢を諦めるかだな」
「そんな……」
ヴィヴィは父の無情な言葉に青ざめた。
ランデルトにそんなことはさせられない。
みんなの役に立つ研究をしたいと考えてはいたが、まさかここまで大事になるとは思ってもいなかった。
そんなヴィヴィに追い打ちをかけるように、レンツォが発言する。
「ヴィヴィはこの国でも影響力の強い伯爵のご息女なんだよ。今まで他国からの求婚者がいなかったのは、社交界に出ることなく学園に守られていたからだけど、今回の研究の詳細を知っているとなると、呑気にはしていられないだろうね。相手は子供が欲しいのではなく、ヴィヴィの立場と知識が欲しいんだから」
「ふむ。ヴィヴィが攫われでもしたら、私兵を動かしてでも救出に向かうぞ」
「お父様、無茶なことをおっしゃらないでください」
「父上もレンツォも、ヴィヴィを脅すのはやめてください。ヴィヴィも大丈夫だよ。今のは最悪な想定であって、まずそんなことは起こらないから。この樹脂の実用化を急いだとしても、あと半年はかかるよね?」
「そうですね。〝ウルの木〟については、どうなるかわかりませんが、〝ジロの木〟については王宮の魔法使いや治癒師が総出で苗木から育てたうえで、どこかの商会と交渉する必要もありますし……」
「だとすれば、世間への発表も半年はかかる。その時にヴィヴィの名前をひとまず伏せておけば、学園を卒業するまではどうにか無事に過ごせるだろう。それからのことは、今度ランデルト君が王都に戻ってきた時に相談するしかないだろうな。もちろん今日からヴィヴィの警護はさらに増やすぞ。また、ミアの他にもう一人、侍女をつけよう」
「……わかりました」
父の言う侍女とは、おそらく伯爵家の私兵たちの中にいる女性兵のことだろう。
何人かいることはヴィヴィも知っていたが、すっかり変わってしまった状況に理解がついていかなくて、ただ頷くしかなかった。
みんなの役に立つ研究をしたいという夢が、まさかこんなに早く叶うとは思ってもいなかった。
ただこんな形は望んでおらず、全てレンツォの発見とされると思っていたのだ。
もちろん後悔はない。
きっとこのことを知れば、ランデルトも喜んでくれるだろう。
(だけど、先輩の夢は……)
ヴィヴィはまだ話し合いを続ける三人をぼんやり見つめながら、先ほどの父の言葉を思い出していた。
――ヴィヴィを諦めるか、夢を諦めるか。
この発見によって、もうヴィヴィに選択の余地はなくなってしまった。
あとはランデルトに選んでもらうしかないのだ。
ヴィヴィが地方に――ランデルトの配属先について行くと、警備が手薄になる。
(でも、前に誰かが言ってた単身赴任っていう手段だってある……わよね?)
ヴィヴィが王都から――伯爵家から離れなければいいのではないか。
離れて暮らすのは嫌だが、選択肢の一つとして入れてもいいのではないかと思えてくる。
そして、ほとぼりがさめた頃に一緒に住めばいいのだ。
そもそも本当にそこまで自分に危険があるのだろうかと疑問も湧いてきた。
確かにこの発見を世間に公表すれば大きな話題になるだろうが、前世でもよくあったようにすぐに世間の熱は冷める。
商会に情報を売り、世界中に〝ジロの木〟の樹脂が流通すれば、たかだか研究助手だったヴィヴィは必要ないだろう。
そう考えたヴィヴィは、三人の話し合いの区切りがいいところで発言した。




