魔法学園102
魔法祭が終わると、学園は穏やかな日常に戻っていた。
しばらくはヴィヴィもランデルトのことを想っては落ち込んだが、徐々に元気を取り戻していき、勉強や研究に励んだ。
くよくよしても仕方なく、お互いやるべきことをやれば、時間は過ぎてまた会える。
その時に堂々と会えるようにと頑張った結果、成績はかなり上がり、ランデルトに手紙で嬉しい報告ができた。
またランデルトも部隊での生活にも慣れ、魔物退治に際しても戦力として考えてもらえるようになったと嬉しそうな返事が届いた。
日々の生活は順調で、あとひと月でやってくる長期休暇をヴィヴィが楽しみにしていた頃。
レンツォから次の休みに研究室に来てほしいとの連絡がきたのだ。
それまでもお互い手紙でやり取りしながら研究は続けていたのだが、わざわざ呼び出されたということは余程のことだろう。
すぐに了承の返事を出し、いったい何だろうかとわくわくしながら、ヴィヴィは王宮に向かった。
「やあ、ヴィヴィ。ミアも久しぶりだね。予定が何もなかったのならいいが、わざわざ足を運ばせてすまないね」
「何をおっしゃるのですか。レンツォ様からのお呼び出しに応じないわけがありません。何か新しい発見があったのですか?」
「そうなんだよ。それも素晴らしい発見がね」
研究室に入って挨拶をすると、レンツォからは謝罪されてしまった。
ヴィヴィはすぐに謝罪の必要がないことを伝え、我慢できずに問いかける。
すると、普段は慎重なレンツォから驚くべき言葉が返ってきた。
「防具に関することですか? それとも治癒魔法の保存ですか? ああ、早く教えてください」
「落ち着いて、ヴィヴィ。まあ、私も発見したときは興奮してしまったけどね。だから落ち着くためにもすぐには伝えず、ヴィヴィに直接会って話そうと思ったんだ」
「そうだったんですね」
レンツォを急かしてしまったヴィヴィは、落ち着くためにもゆっくりと呼吸を繰り返した。
どうしても胸は期待に鼓動を早くしているが、頭は酸素をしっかり取り込んだからか、はっきりしている。
そんなヴィヴィを見て、レンツォは実験室のほうへと手招きした。
「〝ウルの木〟の効果はもうわかっているよね? それに〝ジロの木〟は、攻撃魔法を吸収して消失させてしまう効果があることと、治癒魔法を保存できることも?」
「はい」
「それで、苗木を取り寄せて毎日それぞれ魔法を与えていた〝ジロの木〟だけどね……」
復習のように改めてヴィヴィに確認しながら、レンツォは研究室に入り、ヴィヴィも答えて続いた。
そしてヴィヴィははっと息を呑んだ。
レンツォは魔法をまるで水と栄養を与えていたかのように言ったが、それどころではないほどに〝ジロの木〟の苗木は成長していたのだ。
ヴィヴィが前回の長期休暇が終わる前、研究室を離れる時にはまだ腰にも及ばないほどの幼木――それでも十分に成長は早かったが、それらがもう天井に届くかというほどの大きさになっていた。
「ちょっと……いや、かなり狭いけど我慢してくれるかな」
「もちろんです……」
レンツォは一言断りながら、特に成長の著しい二本の〝ジロの木〟に近づいた。
他の〝ジロの木〟よりもヴィヴィの体半分以上は背が高い。
ちなみに、魔法を与えなかった苗木はまだほとんど成長していなかった。
「この二本はね、攻撃魔法を与えたものだよ。治癒魔法や防御魔法に比べて成長が著しいのは、どうやら他の魔法を――魔力を吸収し蓄えるのではなく、消失させるため――要するに全てを養分に変えているからじゃないかと思うんだ」
「そういえば……学園の闘技場前広場の〝ジロの木〟も、周囲の木々に傷が多いものほど大きかったと思います」
「うん、それは私も先日学園に行って確認したよ」
「いらしてたのですか? でしたら、お声をかけてくださればよかったのに」
「いやいや、それはまあ、授業中だったしね」
「そうでしたか……」
大きな発見よりも、ヴィヴィはレンツォが学園に来ていたということのほうに反応してしまった。
レンツォは笑いながら答え、そして続ける。
「正直なところ、攻撃魔法を与えた〝ジロの木〟は今のところは普通の〝ジロの木〟と成長速度以外には変わらないという見解なんだけどね、問題は防御魔法と治癒魔法だ。この二つはただ普通に育った成木から取り出した樹脂に魔力を含ませるよりも、やはり苗木から魔力を与え続けて育てた樹脂のほうが効果が高いことがわかった」
「それはすごいですね!」
「ああ。それでだね……実は先日、風邪をひいてしまったんだが――」
「大丈夫なんですか?」
「うん。今はこの通り回復しているよ。というよりも、風邪気味だったから、無理矢理悪化させたんだ」
「え? まさか……」
「そのまさかだよ。熱も咳も酷い状態で、治癒魔法を与えた〝ジロの木〟の樹脂を細かく砕いて飲んでみたら、あっという間に治ってしまったんだ」
その言葉に呆気に取られたヴィヴィを見て、レンツォは笑う。
「他の病気にも試してみたいところだけれど、ひとまずは飲んでも体に害がないどころか、治癒魔法と同等の効果があることはわかった」
「ご自分を被検体にされるなんて……」
「自分以外に誰を試すの? もし何かあっては大変じゃないか」
「それはそうですけど、せめて治癒師を待機なされ……てはいなかったようですね?」
「あー、それはあまり考えていなかったな。そもそも薬師や魔法使いも自分の実験については内密にしているし、公言しないから協力し合うっていう概念がなかったよ」
「ですが、私は治癒魔法を扱えます。せめて私をお呼びになってからにしてください」
「じゃあ……さっそく試していいかな?」
「……何をですか?」
なかには動物を実験に使ってから自分で試す魔法使いや薬師もいるとは聞いていた。
そのことに嫌悪しないわけではないが、やはりレンツォに危険な実験はやめてほしい。
どうしてもと言うならば、せめて何かあった時に対処できるように、傍に誰かを――中級治癒魔法を扱えるようになった自分に立ち会わせてほしかった。
その気持ちから少々きつい言い方になってしまったが、レンツォはここぞとばかりに目を輝かせる。
これはもう嫌な予感しかしない。
レンツォは棚から陶器でできた器を取り出し、ヴィヴィに見せた。
それはどうやら樹脂を溶かして柔らかくしたもののようだ。
「これはね、普通の〝ジロの木〟の樹脂の欠片に熱魔法を施して、治癒魔法を与えて育てた樹脂と混ぜ合わせたものなんだ。これだと再凝固に一日近くかかるんだよ。同じ樹脂だから反発することもないし、熱魔法はミアも扱える簡単な魔法で、一般の人たちでも十人に一人くらいは扱えるよね? だから、一般に普及させることもできる」
「……病気の場合は細かく砕いて飲むとして、その溶かした樹脂……治癒樹脂はどうするのですか?」
「もちろん傷口に塗るんだよ」
「ですよね」
わかっていて訊いたヴィヴィだったが、やはり予想通りの答えが返ってくる。
ただ次のレンツォの行動は予想しておらず、止める間もなかった。
レンツォはいきなりナイフで自分の腕を深く切りつけたのだ。
「レンツォ様!」
「――っ、落ち着いて、ヴィヴィ。この傷口にそのまま樹脂を塗ってくれないか?」
「ああ、もう! 何てことを!」
「レンツォ様!?」
動揺したヴィヴィの声にミアが飛んできて、左腕から大量に血を流すレンツォを見て悲鳴を上げた。
それでもヴィヴィはミアの相手をする暇もなく、震える手で木べらを持ち、樹脂をすくって傷口に塗る。
途端に、治癒魔法を施した時と同等の現象――傷口がかすかに光り、みるみる塞いでいくのだ。
その様子をヴィヴィもミアも呆然として見守った。
「ほら、すごいだろう? こんなにも治癒能力が高いんだ。うん。治癒樹脂って名前はいいね」
ヴィヴィやミアの動揺にもかまわず、レンツォは浮かれた様子で言う。
考える間もなかった。
ただ怒りに任せて、ヴィヴィはレンツォの顔を思いっきり叩いたのだった。




