魔法学園96
翌日の午後。
ヴィヴィとレンツォは学園に許可を取って、闘技場前広場に来ていた。
レンツォは卒業生ではあるが今は部外者なうえに、長期休暇中は寮に残っている生徒以外、許可がないと入れなくなるのだ。
そのため、レンツォが午前中に許可申請してくれていた。
「ああ、本当だ。確かに意識して見れば、治癒魔法を何度も受けている木と、まったく傷ついていない木とあるんだな。しかも、条件はそこまで違うように思えないが、同種でも成長速度がはっきり違う。植樹の時期が違ったなんてこともないだろうしねえ」
レンツォは治癒魔法を受けた痕の残る幹を労わるように撫でながら呟いた。
治癒魔法も治癒師の能力の差で、治癒しても傷痕が残ることがある。
残念ながら、学園の生徒たちは未熟なため、たいていの木には傷痕が残っていた。
「それで、その木がヴィヴィの言っていた〝ジロの木〟かい?」
「はい、そうです。ですが、もうそれほどには成長していないみたいですね。仕掛けた攻撃魔法が弱かったからか、ただ単にこれが限界なのかはわかりませんが……」
ヴィヴィは数日前に攻撃魔法を仕掛けた枝の太さや長さを巻き尺で測り、葉の枚数を数えてノートに追加記録していた。
レンツォはその姿を見てヴィヴィの隣に並ぶと、しげしげと木を眺める。
「ちょっと他の木も見てくるよ」
「あ、はい」
レンツォが広場をぐるりと一周している間、ヴィヴィは傷ついたままになっていた木に治癒魔法を施した。
この休暇の間に学園の治癒師が全ての木を治癒するらしいのだが、まだ取りかかっていないのだろう。
そして戻ってきたレンツォは渋い顔をしていた。
「……レンツォ様?」
「ヴィヴィ……」
「は、はい」
「すごいよ、これは」
「はい?」
「すごい発見だよ! おそらくこの発見は世界を変える!」
「ええ!?」
不安になって問いかけたヴィヴィに答えたレンツォの言葉は予想外のもの。
機嫌が悪そうに見えたレンツォの顔は、今は興奮に輝いている。
「ヴィヴィの言う通り〝ジロの木〟と〝ウルの木〟には、攻撃魔法による傷がまったくついていない。しかも私も軽く試してみたが、〝ウルの木〟は攻撃魔法を弾いて消失させているようだった。さらに〝ジロの木〟は攻撃魔法を――魔力を吸収しているように思える。経過観察はもっと必要だが、ヴィヴィの仮定は当たっているかもしれない。〝ジロの木〟は魔力を吸収し、それを養分として成長しているんだよ。だとすれば、ここにある木々の成長速度の違いもわかる。もっともっと実験を重ねていけば、魔力を保存することも可能かもしれない。それどころか、これは強力な武器にもなり得るんだ!」
「強力な……武器?」
ヴィヴィもレンツォの言葉に興奮してきていたが、武器と聞いた途端、すっと気持ちが冷えた。
研究開発したいのは、守るためのものであって、傷つけるためのものではない。
そんなヴィヴィのためらいを察してか、レンツォは慌てて続けた。
「ヴィヴィ、武器といっても攻撃するためのものではない。守るためのものだ。正確には防具と言ったほうがいいだろうか。要するに、盾や鎧に利用できるのではないかということだよ」
「あ、そういうことですね」
ヴィヴィはほっと胸を撫で下ろした。
確かに魔法を弾き消失させるのなら、防具として使えるだろう。
そこで、ふと肝心なことを思い出す。
「ですが、どちらの木も物理的な攻撃には弱いのではないですか? 確認したわけではありませんが、ここでは模擬剣を使っていますし、どの木も魔法による傷ばかりで物理的に傷つけられた痕は少ないようです。おそらく騎士科の生徒もわざわざ木を傷つけるつもりはないでしょうから、たまたまぶつかっただけか、ついつい八つ当たりして殴ったり蹴ったりしてしまったか……」
魔法学室から覗いていた時、授業の後などに広場にいる騎士科の生徒たちのそういう光景を、たまに目にしたことがあるのだ。
しかし、それぐらいでは騎士科の生徒たちの無体に長年耐えてきた木々たちは傷つかない。
ただ模擬剣が弾き飛ばされたりした時には、勢いで傷ついてしまう。
だから植えられた並びの順で、二種類の木にはたまたま物理的な傷がつかなかっただけかもしれない。
「ふむ。確かに剣などでも傷つけることができないのなら、そもそも伐採もできないからな。それならばもっと早くに注目されたはずだ。しかも防具として加工もできない……」
ヴィヴィの考えにレンツォも同意し、笑い始めた。
つられてヴィヴィも笑う。
ちょっとだけ矛盾の話に似ているなと思って、おかしくなったのだ。
「だが、惜しいな。魔法が効かないのなら、魔法に対しての防具としては最高のものになっただろうに。残念ながら魔物は魔法だけでなく、鋭い爪や牙でも攻撃してくるからな。木材なら軽くて動きやすいが、物理的に弱いと意味がない」
「そうですね……」
「まあ、まだどこまで物理的に弱いかはわからないから、これもまた実験するべきだな」
その後は見るべきものは見たので、あれこれ話し合いながらヴィヴィとレンツォは馬車へと戻った。
馬車ではミアに待っていてくれたのでお礼を言う。
謝罪よりはお礼のほうがずっといいからだ。
ミアはそんなヴィヴィに慣れているので、にっこり笑って応えた。
ちなみに学園内では、男女は二人きりになってはいけないという面倒な社交界のルールは適用されないので楽である。
もちろん節度は大切だが、そこは生徒たちの自主性に任されているのだ。
そもそも細かいことを言っていると、結婚相手が見つからない。
ただ、ヴィヴィの次兄やレンツォのように、わざわざ見つける気もない男子はたまにいる。
(男子はいいよね。タイムリミットが違うんだから……)
この世界でも男女の婚期の差は大きい。
特に男性は決まっていなくても、嫡子でない限り生涯独身でもあれこれ言われないのに、女性は肩身の狭い思いをするのだ。
最低でも二十歳くらいまでには婚約者がいないと、周囲がうるさい。
それでも仕事に生きる女性も少ないがいることにはいる。
ヴィヴィも当初は独身でもかまわないと思っていたので、ランデルトと出会わなければ未だに相手はいなかっただろう。
かっこいいと思う男子はジェレミアにしろ、ジュリオにしろ多くいるが、やはり胸が苦しくなるような、ときめく相手はランデルト以外にいない。
(あ、やばい。せっかく我慢できてたのに、すごく会いたくなってきた……)
王宮へと戻る馬車の中で、ヴィヴィは泣きそうになってしまった。
レンツォが静かなのは、もう研究についてあれこれ考えているからだろう。
ミアも邪魔をしないように遠慮して口を閉ざしている。
それなのにヴィヴィは、研究とはまったく関係ないことを考えて、痛む胸をそっと押さえていた。




