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「さっき言ってた許可の下りだが。
あれば別に干渉しないって事か?」
軽々放たれた彼の言葉に、震えた。
「そんな…何でそんな平然とっ!?
おかしいじゃないっ!」
つい、怒りに叫ぶ。
発言に対する返答は無いが、彼の不安定な床を叩く踵は、僅かに後方に引かれた。
「死ぬな、起きてくれ、頼む。
そう願ってはみても、いざ起きられたら怖い。
そうなったら結局困るのか。
でも、生前の良い時の姿を見たいからと言って、薬品だの金属管だの使って、遺体の維持を実行したりもする。
高次な存在になろうだ、永遠の命を得ようだ何だで、人間の思考は進み、今や人工知能頼りになりつつある。
その先には何があるんだろうなぁ?」
彼は姿勢を前屈みにし、左に拳を作ると、もう片方でそれを強く覆い隠し始めた。
湧き出る思考や疑問を、適当に彼女に投げては、流す様に横目を向ける。
こんなやり取りにキリが無いと知りながら、この久方振りの感情は、口を勝手に動かしていた。
「こっちからすりゃあ、大昔からされてる人体解剖や、近年の防腐処理技術を例に派生させ、進化した人間様の誕生を実現させる実験をしてるだけだ。
あくまで論理で、試さないに留めておけばセーフで、良い子ってか。
思考が生まれた時点で、未来の開拓のスタートは切ってる様なもんだと思うがな。
長生きしてぇんならとっとと試さねぇと、命終わっちまうぜ。
この先どうせ、機械突っ込んでく可能性だってあんだ。
それを生きた状態でやるか、死んでからやるかだけの違いだろう?」
床を叩いていた踵は、止まった。
しかし未だ、握り合う手は解かれず、震えている。
そんな彼の様子など、ターシャには見える訳が無かった。
「自分が何言ってるか分かってる!?
何で今この流れで、解剖だの遺体だのって言葉が出て来るの!?
永遠の命!?訳分かんない事ばっかっ!
有り得ないでしょ!
自分達がしてる事が犯罪である、それを理解するのがそんなに難しい!?
どう考えても非常識でしょ!
罪を犯してる事に開き直って!
一体どんな生き方すりゃそんな風になんのよ!」
実に腹立たしく、焦燥は止まらない。
彼から流れる発言の内容に、整理をつける事なんてできず、パニックを起こす。
それでも、目前の犯罪者に自分の考えを貫こうとした。
それに必死なあまり、ターシャは気付いていない。
端でヘンリーが、イーサンの方へ静かに移動し始めていた。
徐々に鋭利な目に変わるイーサンに負けるものかと、ターシャは拳を握る。
後方に下がっていた彼の足に、力が入り、止まった。
それはどうも、故意に止めている様である。
「変人扱いすんならお互い様だぜ…
別にそちらも、健全で良い人間ばかりじゃねぇだろうがよ…」
先程の淡々とした口調から、低く、掠れた声に変化した。
それに合わさる眼差しは、終わりには光を失くし、ジリジリと彼女を睨め上げ、怒りを滲ませる。
「何なのっ…それっ…!
あんた達なんかよりずっと真面目に生きてるわ!
こっちが怒ってるのに!
何でそんな目を向けられなきゃいけないの!?
勘違いも甚だしい、異常だわ!」
事態は一変した。
最後の発言に被さる様に、イーサンの目から突如、正気が飛んだ。
椅子から激しく前方に飛び出し、彼女に掴みかかろうと右手を伸ばすが―
その体は即、既に端に立っていたヘンリーの左腕により上体から抑えられ、再び椅子に強引に叩きつけられた。
伸びた右手は数回宙を掻き、左手は、制御するヘンリーの左腕を剥がそうと乱暴に引っ掻き、叩く。
しかし、彼の胴に巻き付くその黒い腕は、微動だにしない。
荒ぶる息は言葉になる事なく、ただ、宙に汗と唾液として散り、消えていく。
怒りに満ちた目で暴れる彼はまるで、我を忘れた猛獣の様だった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




